第19話

 暫くして、それぞれの料理が完成する。


「佳苗先生、料理が完成いたしましたわよ」


 桜は先生の前に煌びやかな料理をたくさん並べた。


「あの……。本当に勝てるんですか?」


 唯は声を震わせた聞いてくる。

 

「多分……。大丈夫だと思うよ」


 心配をかけまいと冷静にそう答えるが、亮も内心はほぼ負けを確信をしていた。


 一流シェフに、机の上へ並んだ煌びやかなたくさんのキャビア料理、そんなのに勝てるはずはない。


「先生、瑞希さんのサロンの料理です」

「……あーん」


 佳苗は麻奈美に差し出された料理をぱくりと食べる。


「おいしい……」


 おいしそうに食べていく姿を見て、瑞希は勝利を確信したような顔をした。


「ほ、本当に大丈夫ですよね……」

「た、多分……」


 次は亮達のサロンが作ったキャビア料理3品とデザートを並べる。


「たったそれだけですの? しかも質素な料理ですこと……」

「まさか、それで勝てると思ったんですのー?」


 周りから馬鹿にされるように笑われるが、恵梨香はまったく気にしていないようだった。


「先生、次は杏奈のサロンの料理です。あーん」

「あーん……」


 こちらも、おいしそうに佳苗は食べていく。


「ご馳走様」


 両方の料理を食べて回復した佳苗は、満足気な顔をする。


「で、私のサロンと杏奈さんのサロンの料理どちらが美味しかったですか?」


 そう問われた佳苗は、迷わずに亮のサロンの料理に軍配を上げた。


「は、はい!? な、なんですか!?」


 敗北した瑞希のメンバーは、信じられないと言った様子でざわつく。


 一方、勝利した亮らも驚きを隠せない様子だった。


「う、嘘!? 勝ったー!?」

「やったー。やったー! やったよー! 杏奈~!」

「う、うん……」


 恵梨香も至極当然といった表情で笑う。


「納得できません!! 理由を教えてください!!」


 机を叩きながら抗議する瑞希だったが、佳苗は涼しい顔で水を飲む。


「理由は、ただ金にモノを言わせたキャビア料理だったからかな?」

「え……」


 そう言われて、瑞希はぽかんとする。


「それに比べて、村上さんのキャビア料理は質素だったけど、その代わり食べる人のことをちゃんと考えられていて、とてもおいしかった」


 確かに、瑞希のサロンの料理は高級品で、しかも一流料理人が調理したので美味しい事は保証されている。


 だが1人では食べきれない量を作り過ぎてしまったので、食べる人の事を考えられていないと思われても仕方ないだろう。


「ぐぬぬ……。今回は負けを認めるわ……行きますよ」

「絶対リベンジして見せますわ! 覚えてなさーい!!」


 心底悔しそうな顔をしながら、瑞希達は家庭科室を後にする。


「「本当に勝てて、良かった~」」


 瑞希達がいなくなって、安心しきったのか、力が抜けた麻奈美と唯はその場にペタンと座り込んだ。


 その後ろでは、恵梨香が食べ終わったお皿を片付け始める。


「いや~食べた~食べた~」

「ありがとうございます。私の方を選んでくれて」


 改めて亮は頭を佳苗に向かって下げた。


「いや、普通においしかったし、頭下げなくていいよ」


 笑顔で口元拭きながらそう言う。


「あ、そうそうお礼も兼ねて、景品を渡さないと……」


 ポケットから可愛らしい財布を取り出して、中を探り始める。


 すぐに何かを見つけると、それを渡してきた。


「これって……」


 どうやら近くのファミレスの割引券のようだ。


「どっかでもらったんだけど、使う機会がなくてねーこんなのしかないけどそれで良い?」

「いえ、気持ちだけでも嬉しいです」


 亮は満面の笑みでまた頭を下げた。


「さて……。私ももう一仕事しますか~。じゃあ後はよろしくねー」


 そう言って、佳苗も家庭科室を後にする。


「さて、私達も晩御飯食べますか~」

「杏奈様、それなのですが……」

 

 申し訳なさそうに野菜スープが入っていた鍋を見せると、中に空っぽだった。


「う、嘘!? なんで!?」

「実は、佳苗先生が先ほど全部食べてしまって……」


(い、いつの間に……、どれだけ腹が減ってたんだ……佳苗先生……)


「も、もう1回作ろうよ……」

「先ほどの勝負で使い果たしてしまいました」

「えぇ……」


 唖然とする亮の元に麻奈美と唯が近づいてくる。


「もうファミレス行こ? せっかく割引券もらったんだし」

「私も行きたいです! ファミレス!」

「どうする? 恵梨香?」

「私も賛成です」


 丁度洗い物が終わった恵梨香も賛成し、4人でファミレスに行こうという事が決まる。


 麻奈美や彩香は、るんるん気分で家庭科室を出ていく。


「ねぇ、恵梨香」

「何ですか? 杏奈様?」


 教室から出て行こうとする恵梨香を呼び止める。


「ありがとうね」

「……はい」


 お礼を言われて嬉しかったのか、分からないが、恵梨香は少し微笑みながら返事をして、家庭科室から出ていくのだった。

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