ヴァルコアピラのアリス
時計屋
第0章「シロツメクサの少女と銀狼」
第1話「燃えさかる村の竜とゴブリン・1」
季節は夏。時間は夜明けまであと数時間という頃。
ファルゼア城から南、辺境にあるアンファと呼ばれる村は、そこに佇む巨大な災厄、特級魔族であるドラゴンの手によって火の海と化していた。
建物や家畜、少数ではあるがそこに住む人々の何人かがそのドラゴンによって薙ぎ払われ、生き残った住民はどうにか避難しようとしている最中だ。
そんなドラゴン相手に、たまたまこの村に訪れていた冒険者達が対峙していた。
彼らは目の前の巨大な魔族を相手に、身体が震えるのをどうにか抑え込んで、武器を構えた。
しかし、そんな彼らを、ドラゴンはどうでもいいと言うように欠伸をする。
「つまらん……、食おうにも逆に腹が減りそうなほど、弱い相手だ……。」
「な、舐めた口聞いてんじゃねえぞ!!おい、マーク!王国軍への救援はどうなってる!」
「駄目だ!到着はどう頑張っても夜明け、とてもじゃねえが皆殺しにされちまう!!」
焦ったように叫ぶマークの言葉を聞いて、リーダーであるクリスは舌打ちした。
現在、仲間のシルヴァとアンナは無事な村人達を村の外に誘導しているが、仮に彼らがいたとしても、この目の前のドラゴンをどうにか出来るとは思えない。
本気を出せば、この魔族は今すぐにでも村ごと焼き払う事だって出来るはず。
(何でもいい……!何か、コイツの意識を逸らせるものは……!)
思考が堂々巡りする中、事態が動いた。
それも考えうる限り、最悪な方向にだ。
がたりと瓦礫が動き、そちらを見て彼らは大きく目を見開いた。
そこには、逃げ遅れた親子が震えてこちらを見ていたからだ。
それを見て、目の前のドラゴンが愉快そうに目を細める。
「ほう……。いかに虫のように小さくとも、これだけいれば腹の足しにもなろう?」
竜の言葉が辺りに響き、それを聞いた親子の顔が白くなった。
(王国軍が来るまで………、無理だ。もう1秒たりとも時間が無い………、なら、ば………。)
「待て!クリスっ!!」
「行け!俺が食い止めている間に!!」
マークが静止するのも聞かず、クリスが剣を構えて走り出す。
自分が1秒でも長く持ちこたえれば、彼らの生存確率は上がる。
ならば、その時間を少しでも長く……!
「………ふん。」
だが、そんな勇敢な冒険者を嘲笑うように、悪竜は拘束魔法で動きを止めた後、踏み潰そうと前脚を上げる。
迫りくる足裏を見て、クリスはそれを恨みを込めて睨む。
何故、こんな目に遭わなければならないのか。
何故、この村の人々は死ななければならなかった!!
何故、俺はこんな奴を1秒でも止めることが出来ないのだ!と。
せめて一撃……、クリスが再び剣を無理矢理にでも構え直そうとした時だ。
「
「……ん?」
自分の仲間ではない複数の者達の声が同時に響き、クリスに迫っていた前脚が暴風によって浮き上がり、ドラゴンの体勢が一時的に崩れる。
ドラゴンは体勢を直しながら、忌々しげに乱入者を睨んだ。
「虫けら風情が………、人間どもの味方をするか!」
(人間どもの味方?)
ドラゴンの言葉に違和感を覚え、背後を振り返り困惑する。
そこには上級魔族であるゾルダート・ゴブリンの群れが武器や盾を構えて立っていた。
普段であればこの状況に絶望するところだが、そうはならなかった。
ゴブリンの群れは逃げ遅れた親子を庇うように前に立ち、マークを守るように盾を構えていた。
「立てるか?」
「あ、ああ……、すまな………!?」
自分を起こそうとしてくれたゴブリンに礼を言おうとして、手を伸ばした瞬間、そのゴブリンが目の前で吹き飛ばされ、マークの後ろに落下する。
「………貴様ぁぁぁぁっ!!!」
誰がやったかなど、確認するまでもない。恐怖など消え去り、怒りで煮えたぎる思考で背後のドラゴンに振り返り、クリスは走った。
しかし、そんなクリスの身体にもろに
激痛に顔を歪めながら周りを見ると、先程吹き飛ばされたゴブリンやクリスだけではなく、逃げ遅れた親子やマークを守っていたゴブリン達の大半が被害に遭っていた。
無事なのはマークや親子、ゴブリン数匹だけだった。
「くそ、くそぉ……っ!!!」
何とか動く右手で
「せめて、あいつらだけでも………っ」
攻撃は効かない。だから持てる魔力の全てを練って、マーク達に結界を張る。自分はこれで助からないのは確定だが、構わない。
だが、無事なマークや助けてくれた恩人であるゴブリン達が上手くやってくれる事を祈って、クリスは再び目の前のドラゴンを睨む。
「最後に何か……このトイフェルに言い残す事はあるか、羽虫よ?」
何処までも見下した言動のトイフェルと名乗るドラゴンに、クリスも馬鹿にする様な笑みを浮かべて毒を吐く。
「ああ……、死ねよ。殺す事と壊す事しか取り柄のねえ羽根トカゲ野郎が。」
「………では死ぬがよい。」
声に若干の苛立ちを乗せた悪竜が、口に溜めた息吹を解き放つ。
あと数秒で死ぬ。
それでもクリスは笑った。ここで恐怖を顔に張り付かせれば、それこそ目の前のくそ忌々しいトカゲ野郎の思うツボになると知っているから。
死んでしまえ、と呪いを込めて再び睨んだ時だった。
光の暴風が降り注いで、竜の息吹を呑み込み消し去り、無数の光の帯となって夜闇に消えていったのだ。
「なに………!?」
息吹を消された竜がそこで初めて、本気の動揺を孕んだ声を上げた。あれだけ傲慢な態度だった、あの竜がだ。
(誰がやった!いや、あんな物を止めるなんて、どうやって!?)
突然の事で混乱するクリス。そんな自分達の前に美しい金色の髪の少女が立ち、大きな焦げ茶の瞳でこちらを見ながら、鈴を転がす様な声を響かせた。
「もう大丈夫ですよ、皆さん。」
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