廿七 ソコニベ



 備前国びぜんのくに岡山に、ソコニベという魚がいる。

 他の国には滅多にいない、珍しい魚である。


 芸州げいしゅう(広島県)の小早川こばやかわ隆景たかかげ備中びっちゅう笠岡かさおかの城にいらっしゃったとき、備前びぜん太守の浮田直家(宇喜多うきた直家)から、このソコニベが贈られてきた。


 隆景たかかげは侍を呼んだ。

備前びぜんからソコニベがきたから、明朝ふるまうと家老の衆に伝えよ」


 そこで悴者かせもの(武家の奉公人)が家老たちの家を回り、

備前びぜんより、今夜ソコニベ殿がお越しになりそうろう。明朝ふるまいがありますゆえ、ご出仕あれ」

 と伝えていった。


 さて翌朝。

 家老たちは備前びぜんから客人が来たのだと思い込み、慇懃いんぎんに衣服を整えて出仕した。

 しかし、客などどこにもいない。


 出されたぜんを見てみると、ソコニベの汁である。


「あ、魚のソコニベであったか! 『ソコニベ殿』などと、人が来たみたいに言いおって!」

 と、皆で大笑いしたのだった。

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