第46話 獣人の国の姫


――――新年行事も落ち着いた、ある日のこと。リファにお茶をもらっていれば、侍女が慌てて飛び込んできた。何だ、お前たちの愛読書の新刊でも届いたのか?


「その、クロムさまにお会いしたいと言う方が」

うむ……?誰だろう。

兄貴は……ククルが身重だし、若夫婦のためにフォレスティアをより一層切り盛りしているはずだから、違うよな……?


「その……その者は冒険者を名乗っておりまして」

冒険者……?古い客の中には冒険者もいるにはいるが……。しかし侍女の様子はただの冒険者を相手にしているようには見えない。


「獣人の国の、姫です」

獣人の国の姫……その上、竜皇妃になった俺に、アポ無しで堂々と会いに来る冒険者などひとりしか知らん……!


「まさか……キャシーか?」

「そう名乗っておりますが……本名は」

「みなまで言うな。冒険者としての彼女は、姫としての名は嫌がる」

冒険者の身分証を調べれば、彼女が姫であることはすぐに分かるが、冒険者として来たのなら、彼女はキャシーである。


「すぐに通してくれ」

「よろしいので?」

「彼女なら……リファを見た途端かわいいといい猫かわいがりするタイプだ」

「ガッテムッ!」

竜皇妃にその返しはいいとこの貴人のお嬢さまとしてどうなんだとも思うが、そこは彼女の重要なところなので、不問である。


そうして部屋に通された彼女……キャシーは、少し見ないうちにまた大人っぽくなったようだ。


特徴的なウサギ耳は王家のものではないが、しかしウサギ獣人には珍しい金色の瞳は、確かに王家の色である。


「お久しぶり、クロム」

「あぁ。久しぶりだな。しかしどうしてこんなところにまで……?」

「決まってる!剣のメンテだ」

キャシーは自身の自慢の愛剣を俺に差し出す。


「この剣のメンテはクロムにしか出来ないのだから、たとえクロムが竜皇妃になろうと、私は来るぞ」

しかも冒険者として。獣人の姫として来ることを選ばないのは、やはり冒険者として生きる彼女らしい。まぁ、冒険者の身分証ですぐに姫だとバレるがな。


そして彼女から剣を受け取り、メンテにかかる素材の計算に入ろうとすればだ。


「ところでクロム、そこのかわいいコは君の侍従かな?」

「侍従兼息子」

「むす……っ、いつの間に生んでたんだ!?」

「キャシーに関係ある?」

「あるっ!こんなにかわいいんだから!!」

そして案の定リファに飛び付いた彼女を見て、侍女たちが深く頷く。またリファファンが増えたらしい。


「ちょ……っ、誰ですかこの女は……!俺の弟に何を……っ!」

そして現れたスオウが素早くリファからキャシーを剥がそうとする。そしてその後ろからしれっとリューイが現れる。


「どうした、リューイ」

「クロムに客が来たと聞いた。それに……獣人の姫だとか」

リューイの言葉に、キャシーの腕からリファを奪還しやうとしていたスオウがパッと手を放す。


「……は……っ、そう言えば!」

忘れてたのかお前、護衛なのに。いや、リファが関わっていれば、この兄弟は普通に暴走するから、それも無理はないか。


「まさか、この女が」

「確かにそうだが、今は冒険者としてここにいる。姫扱いは不要だ」

キャシーがピリリとした空気でそう告げる。


「……そうか……ならばリファを返してもらおうか……!」

「アンタのその思いきりのよさ、なかなか嫌いじゃないよ!でもリファちゃんをもっと愛でたい!」

「させるかぁっ!!」

キャシーもキャシーだが、スオウもスオウだな。今まで彼女が姫扱いは不要と説いて、その言葉通りにしたのは、かつて容赦なく彼女の頭をぶっ叩いた兄貴以来だな。


「あと、お前らそれくらいにするように!スオウ!お前には3日間の遠征任務を出し、キャシーは迷惑料を取るぞ!」


『ごめんなさい、勘弁してください』

謝罪まで息ピッタリとは……。お前らは。


ようやく解放されたリファがホッと一息つきつつ、俺の側にちょこんと寄ってくれる。これぞ漁夫の利だな。

悔しそうにしつつもイイコにしてるふたりには、罰は無しにしてやった。


「素材はこんくらい」

「おっけー、ちゃんと揃えてきたわ」

素材内訳を見せれば、キャシーがすかさずマジックバッグから取り出していく。

彼女はメンテの時、大抵自分で素材を調達してくるのだ。一流の冒険者だからこそだな。


「しかし、ここ数年ほとんど来なかったのに、どうした?」

「……うーん……それが……」

錬成釜をかき混ぜつつ、問えばキャシーの様子が変である。

メンテだって、それほど必要なほどはこぼれもない。少しくらいなら素材を使って、彼女手ずから日々の手入れはできるのだ。

錬金術を使うのは、よはどひどいはこぼれか、剣が傷を負った場合である。


「宝剣をクロムにメンテに出しているのが、国にバレたんだ……」

「宝剣……獣人の国の宝剣と言うことか……?確かに、それならば獣人の国でメンテナンスすればすむのに、何故クロムさまに……?」

スオウが問う。まぁ、普通そうである。自国の宝を、外のものに頼むのは少ない。しかし例外と言うのもある。


「その剣は、クロムが直してくれなければ、一生朽ちた剣だった。国でもその剣は朽ちたもの。宝剣であったのは神話時代。今では宝とは昔のこと。価値もなにもないから、冒険者の私が持って諸国を旅していても問題はなかったんだ。だが……神話通りに直ったと言うことが、久々に祖国で剣を振るったらバレてしまってね。私が持っている剣が、神話時代にそっくりだと」


「祖国に……お前、長らく離れていたんじゃ……」

それは剣のためでもあったし、彼女は王位争いに巻き込まれたくなかったからこそ、争いの火種にならぬよう、祖国に寄り付かなかった。


「それでも、いよいよ後継者を決める段階に来てしまってね……私も帰らざるを得なかった。そこで魔物退治に巻き込まれてねぇ……。それも私をライバル視する異母兄弟のひとりが仕組んだこと。朽ちた剣しか与えられなかったはずの私が冒険者になったから、危機感を抱いたのかね。早めに潰しておきたいと思ってたのだろうね。今も異母兄弟のひとりが狙っている」


そして彼女の言葉通り、城に新たな訪問者が来たと報せが飛び込む。


「今度は獣人の王子だそうだ」

リューイが苦笑する。

彼女がここにいることを嗅ぎ付け、堂々とやってくる度胸だけは認めてやる。


――――しかしだな。


「そんなにこの剣が欲しいのか」

錬成の終わった剣を釜から取り出す。


「そのようだ」


「ならどちらが正当な持ち主かをはかればいい。竜皇の御前、王子も妙なことはできまい。そして竜皇がその目で確かに確認するのなら、何よりもの証明になろう」

「えぇ、協力しますよ」

リューイが快諾してくれる。


そして獣人のの王子が部屋に通されれば、まずさきにキャシーを視界に捉え、カッと目を見開き向かってくる。


「貴様……!カトレイア!」

キャシーの本名だな。キャシーはカトレイア姫であることを捨て去りたいと言うのに、権力に執着するものはそんなことお構いも無しに勝手な嫉妬を向けてくる。


王子が迫ったところで、キャシーなら片手で転がせるだろうが……しかしふたりの間に入ったのは……スオウである。


「控えよ。竜皇陛下の御前で不敬であるぞ!」

スオウは剣を抜き、王子に切っ先を向けて覇気を露にする。


「貴様こそ……!私は獣人の国の王子で、カトレイアは我が国の宝剣を盗んだ重罪人だ!」

そんな事実はどこにもない。なぜなら獣人の国もまた、キャシーを盗っ人として手配はしていないし、本当にそうならば、冒険者ギルドに手配されているから、身分証を出した際に手配がバレ、拘束されている。


「スオウは我が腹心だ。お前がどこの誰であろうが、竜皇である我の前で不相応な行いをするのなら、切り捨てる権利がある」

つまりは竜皇に刃を向けたものがいればそっこく切り捨てることもできるという権利だ。ま、竜皇が最強だから、竜皇に刃を向けたとしても、傷ひとつつけられないだろうが。

――――と言うか、竜皇であるリューイに挨拶もせず、竜皇妃である俺の客に手を出そうとし、そっこく切り捨てされなかっただけましだと思わないかねぇ。


「そして竜皇の前で嘘を並べればどうなるか……分かるだろう?」

獣人の国の王子を名乗り、嘘を並べる。それは竜皇国から獣人の国に非難をすることになり、竜皇を敵に回した獣人の国が他国にそっぽを向かれるのだ。

しかしキャシーは祖国に寄り付かないとは言え、自分をその血税で育ててくれた民に愛着がないわけじゃない。積極的に寄り付かないと言うだけで、王族貴族の目につかぬよう、縛られないように、こっそりと庶民を助けていることを知っているから。この阿呆のために、キャシーの大事なものたちが苦しむのは勘弁だ。


「お前はそんなにかの剣が欲しいのか」

俺は剣を両手に乗せ、告げる。


「寄越せっ!」

王子が俺に迫る。俺……一応竜皇妃なんだがなぁ……?


「クロム!」

リューイが慌てて間に立とうとする。


「寄せ」

俺の言葉に、リューイが足を止める。それもそうだ。王子が俺に近付こうとした瞬間、剣から電流のような光が漏れ、王子を弾き飛ばしたのだ。


「キャシー、受け取れ」

「……分かった」

そしてキャシーがゆっくりと俺に近付き、剣に手を伸ばせば、剣は元通りキャシーの腕の中に収まった。


「さ、細工をしているんだ!その混ざりものが、汚い手を使ってカトレイアに有利に向くように……!」

まだ言うか。そして混ざりもの……混ざりものね。そう見ていたからこそ、俺が剣を持っていれば、平気で奪い取ろうとしたと……?

混ざりものだろうが、なかろうが、そのものの本質を見ようとするキャシーとは雲泥の差だろう。キャシーなら、力ない民が魔物に襲われれば、真っ先に自らその場に飛び込み相対するだろう。

多分この王子……男なら、自分が真っ先に助かり、逃げ延びられる方法を取るだろう。例えば……民を犠牲にして、その隙に自分が逃げる……などと言うことだ。


「いい加減にしないか!」

リューイが一喝する。


「自分に都合が悪くなればそうやって、他者のせいにする!そのようなものが、国の宝を手にするだと……?宝にだって選ぶ権利がある。お前のようなものに使われるのは、剣だって嫌だろう」

リューイには見えぬはずなのに……剣だって嫌か……。核心をつくリューイの言葉に、そっと笑みが漏れる。


「そしてお前は我が妃を侮辱し、いきなり飛びかかろうともした。その身柄は拘束し、獣人の国の王に抗議させてもらう!」

「そんな……っ」

そうなれば、この王子の失墜は間違いない。王には決してなれないし、させるべきじゃない。


暴れる王子だが、スオウとその部下たちに呆気なく連れられていく。


「さて……剣も相変わらずキャシーが好きらしい。あの男の失墜は決まったようなものだが……これからお前はどうすんだ?」


「私は冒険者を続けるさ。なぁに。獣人は多産だからね。まだまだ兄弟姉妹はたくさんいる。私よりも次代の王に相応しいものもな。アレは、それらにかなわないからこそ、あわよくば宝剣を手にしようと考えたのだろう」

「なるほどな。でもその望みは、最初からかなうはずがない」

「おや、お前はまた、私に見えないもの見ているようだ」


「……そなたも知っていたのか」

リューイが驚く。

「獣の勘と言うかね。獣人ってのは、より生存本能やら野生の勘が鋭いんだ」


「まぁこんな感じで、彼女は鋭い」

「ふふっ。冒険者としても役立ってるしね。それで、今度はお前は何を見ていたんだ?」


「……そうだな。懐かしい思い出だ。獣人の王が王子や姫たちに宝を託した。その宝で将来大きなことを成し遂げるように。身体が小さい末の姫は、兄弟姉妹たちに遅れを取り、優れた宝を手にできなかった。残ったのは朽ちた剣だ。兄弟のひとりは、『お前みたいなよわっちぃやつにはそれで充分だ』と嗤ったが、末の姫はそれをカッコいい、私だけの宝剣だと言った」


「……ずいぶんと懐かしい思い出だね。今では背も伸びて、弱いだなんて言わせないほど、冒険者として鍛え上げたが」


「そいつは、お前と旅して冒険できることを、何より喜び、誇りに思っている。だからこそ、俺はお前を客に取ったんだ」

剣が求めていたから。朽ちた剣でも大切に持ち歩く彼女と共にあるために、剣も元の輝きを取り戻したいと願った。


そして彼女は、俺を混ざりものなどと中傷しなかった。朽ちた剣を直せる錬金術師を、とても尊敬してくれたから。


「嬉しいもんだねぇ」

キャシーはしみじみと剣を見下ろす。


「それじゃ……私はまた旅に出るよ」

そう言い、彼女は元気に城を飛び出していった。全く……どこまでも自由だな。


「あれにも精霊が宿っていたんですね」

彼女の背中を見送りながら、リューイが呟く。

「……いや、あれは……精霊と言うよりも、神に近いよ」

「……えっ」


「……とは言え、竜神じゃない。長い間大事にされたことで、神気を帯びたもの。宝剣と言うよりも、神剣だ」

「……それはまた、どえらいものを」

「ははは」

そんな剣と巡りあったのだ。やはり彼女には、自由に世界を渡り歩く冒険者であって欲しいと願う。

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