第41話 竜泉郷の秘密
――――さて、錬金装置を直して、再び竜泉が引けるようになればだ。
「わぁ、何だか懐かしいですね。子どものころに来たきりですから」
竜皇御用達のお宿にて、リューイが目を輝かせる。俺と出会う前、ユリーカが心を患う前……とくりゃ、結構小さい時だったのでは……?それでも、家族との大切な思い出だから、覚えているのか。
無事に問題を解決した俺とリューイは、アルダの厚意に甘え、お宿の女将さんらに歓迎されながら、今夜ふたりで過ごす部屋へと通される。
「広いな」
「VIPルームですので」
そりゃぁそうなるか。竜皇御用達の宿に、竜皇夫夫なのだもの。
「靴を脱ぐのか。東国のようだな」
「そうですね。どうしてか、そうなのです」
竜皇国では普通に靴を履いて生活する。東国の血を引く母さんも、世界樹の森では靴を履く。それは錬金術に携わる場合、重たい素材を運ぶこともあるから、足を保護するため。それから森で生活するならば、何か会った時のためにすぐに靴を履けるようにしないといけないからだ。
ユグドラシルの守る森の奥地なら、危険はそうそうないだろうがな。しかし母さんの教え通り、俺も太古の森では靴を履いていた。
「何だか新鮮だ」
靴を脱いで上がるのは、旅の時に体験はしているが、それもしょっちゅうじゃないから、毎度緊張してしまうのだ。
「ここは竜皇夫婦の常宿ですから、妃の元々の習慣も取り入れたのかもしれません。より、リラックスして滞在できるようにと」
「そうかもしれないな」
部屋はベッドスペースと、居間に分かれている。東国では敷布団だが……ここではさすがにベッドのようだ。……とは言え、ベッドと敷布団の中間のようなもので、通常のベッドよりも低いものである。
「クロム、見てください!こちらには畳がありますよ」
「本当だ……!」
いつの間に東国の畳を仕入れたのか。他国のものは取り入れないスタンスでも、竜皇は番のために……と思い、秘密裏に取り入れたのかもしれない。
まぁ今後は堂々と仕入れられるが。
「ひょっとしてこの宿も、食事は部屋食か?」
東国ではひとが多ければ宴会場だが、部屋食もあった。
「その通りです」
「やっぱりそこも東国風だな」
警備的な面もあるだろうが。
「東国や竜皇国以外では……どうなんでしょうか」
そうか……フォレスティアや旅の道中も宿泊はしたが……庶民の事情は知らないか。
弟子時代は、旅行などなかったからなぁ。
「東国以外では宿に備え付けの食事処や、宿の外で食べることが多い。フォレスティアでは宿に備え付けの飯屋でとる。他種族は少ないが、エルフ同士で旅行なんてのもあるし、国家間のやり取りで、例外として他国から貴賓を招く時は招いた側が食事の場を用意するのが通例だ。城なら城、貴族なら貴族の屋敷。うちの実家も、俺らのほかに供のものたちが来た時は、父さんたちが泊まる場所と食事の場を用意してくれたろ?」
「なるほど……王城だけではなく、庶民もなのですね」
「エルフはな。無駄に長生きも多いし、客を招くなら家に招いてゆっくりってのが多い」
「興味深いです」
「確かに、異国の文化や習慣と言うのは興味深い。それに……俺にとっては……外の人間にとってら竜皇国も謎が多い。俺が滞在した時は、飯はアルダの屋敷で、そこまでの途中の宿では外で買い食いだった。竜人たちが集う飯屋に入るのは、当時は気がひけたのだ。今後は変わっていく……いや、もう既に変わり始めているが」
「それも……そうですね。私も全てを知っているわけではないですが、これからは竜皇国も拓かれた国になります」
「うん。庶民たちの宿屋や飯事情は……侍女や騎士たちを当たれば分かるだろうか」
「騎士たちの中には庶民出身のものたちもいますし、侍女たちの実家にも庶民出身のものたちがいますから」
「そうだな」
この国の未来を語り始めると、止まらなくなりそうだが……。
「クロム、ここで立ち話も何ですし、夕飯の時間には早いので、先に竜泉はいかがですか?」
「うん……それもいいな」
精霊が頑張って復活させてくれた竜泉だもの。
竜泉への浸かりかたは東国の作法と同じで、頭を洗い、身体を洗って、かけゆを行う。
「子どもの時は疑問だったのですが。かけゆはどういう意味の込められた儀式なんでしょうか」
「……ぶほっ」
竜泉でのマナーをしっかりと覚えているリューイはたいしたものだが……儀式……儀式ね。そりゃぁ禊と言うものもあるにはあるが……この場合は。
「身体の温度を、湯の温度に慣れさせるためだよ。これをやらないと、湯上がりに立ち眩みやら、苦しくなったりやらと言う症状が出る」
「そうだったのですか……!それなら……だ、大事ですね!」
「そうそう。先人たちが受け継いできた暮らしの知恵だ。お前もしっかりとかけゆしな」
「はい!クロム!」
そう言ってリューイもしっかりと身体に湯をかけていく。しかしなぁ……。
「その……クロム?かけゆはこのくらいで……」
「あぁ、まぁいいけど」
「……どうしたのですか?」
「いや……その、お前……色白だし肌きれいだなって」
しかも何だ。普段は服で隠れているが、わりとしっかりと腹筋が割れている。
「く、クロムだってキレイですよ!」
「いや……俺まう200歳超えてるし……腹だって割れてるし」
一般に受け男子と言うのは、華奢な見た目の方がモテるだろう。しかし踊り子ならではだろうか。踊り子は踊り子で、武官とは異なるほどよい筋肉がつくのである。
「クロムは世界一美しくて、ステキなんですよ?その腹筋だって……その、腹を出す踊り子の衣装もあるでしょう?」
「うん……?」
「その、クロムのお腹が躍りで妖艶に動くたび、私はドキドキします。ほかの男も、釘付けになってやしないかと、不安になります……!」
「ほーかいほーかい……お前がそんな熱視線を俺の腹に送ってりゃ、みんな遠慮して向けねぇから安心しな」
そう言って湯に足を踏み入れる。
「ちょ……っ、クロムったら、私は真剣に……っ」
「早く入らないと、風邪引くぞ」
「うぅ……っ、はい」
そうして素直に入るところもリューイだな。
「クロム、私は本気なのですよ」
「なら腹だけじゃなくて、ちゃんと俺を見な。俺の全てを好きだと豪語できるのは、この世界でお前だけだろう?」
「それは……その……はいっ」
リューイが嬉しそうに微笑む。
「だから迷うなよ。俺は迷ってない。俺が生涯愛するのは、好きにるのはお前だけなのだから」
リューイと向かい合い、手をその頬に添えてやれば。
「わ、私もです……!」
リューイが俺の手を取り、もう片方の腕で俺の背を抱き寄せると、優しく口付けを重ねた。
※※※
湯上がりの浴衣に袖を通せば、リューイが気付けは任せてと袷を整え、帯を結んでくれる。
「夕飯の用意かできているはずです」
「うん……そうだな」
「クロム……頬が赤くありませんか?」
「温泉のせいだ」
先ほどいい雰囲気になったのは……関係ない……よな……?
そうして居間に戻れば、豪華な部屋食が用意されていた。
「さぁ、食べましょうか」
「……そうだな」
たまにはこう言うのも悪くはないか。
「はい、クロム。あーんを」
そして平然とあーんしてくるリューイに吹きそうになりつつも。
「と、特別だからな」
「ふふっ、照れるクロムもかわいいです」
かわいいのは……お前の方なはずだったのに。しかしリューイからもらうその味もまた……旨いな。
こうして、久々にふたりでのんびりと食事をした俺たちは、夫夫でひとつのベッドに横になる。
「そうだ……クロム。竜泉には効能があるのです」
「ふぅん?温泉だからなぁ」
東国の温泉にも、温泉郷によって美肌や疲労回復、腰痛などの効能があったっけ。
「ここはどんな効能なんだ?」
「それは……疲労回復」
「ふぅん?日々の公務の疲れにもいいな」
「……それから、子作り」
「へぁっ!?」
今……何て……。
「長命種は子孫ができにくいので、こう言った子孫繁栄に繋がる効能はとても好まれるんですよ」
リューイがにこりと笑う。それは……その、だからって……っ。
「楽しみですね」
そう、リューイはにこやかに笑う。
「ば……バカ……っ」
そんなこと言われたら、寝にくいじゃないか。今日寝不足になったら……リューイのせいだからな!?
照れる顔を隠したくてリューイの胸元に顔を埋めれば、リューイが上機嫌で俺の髪を撫でてくる。うぅ……年上の余裕も何もかも、吹っ飛んだ~~っ!
しかしその晩は、何故かぐっすりと寝入ってしまった。竜泉で温まったからか……それとも……。
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