第39話 建国祭


前夜祭を楽しんだ俺たちは、今日からが本番!建国祭の当日である。


「ふふふっ、楽しみだな」

リューイは既に俺の舞を楽しみにしている。昨日も見ただろうに……いや、隠れ家にいた時は毎朝見に来てたか。それから……今もな。


「ほーら、ちゃんと竜皇の顔をしろ。これから式典だぞ?」

天下の竜皇がそんな蕩けた顔でどうするよ。


「うぅ……もう少し浸っても……」

「……時間だ」

ほら、仕事の鬼が呼びに来ただろうが。


「最初は神事だ。お前は着替えが多いが」

アルダが心配するように俺の祭服を見やる。

俺の祭服は、代々妃が着てきた祭服の……受け男子もの。何代か前には受け男子の妃もいたようで、当時の資料を引っ張り出しつつ、錬金術でおおよその衣を錬成した後、城のお針子たちが拵えたものである。

錬金術はレシピや型紙などを釜に記憶させることで、釜の精が形作ってくれるのだ。


しかし細かいところはひとの手でやらないといけない。刺繍などは特にそうだし、錬金術師の銘を刻むのも、そう言うことだ。

踊り子の衣装も仕上げにはそう言ったひとてまが必要なのだ。

リサイクルならば、そのまま追加素材を入れれば再び同じものができるがな。


「問題ない。久々に旅時代を思い出したよ」

一曲目と二曲目で、ガラリと衣装や装飾品が変わることだってある。中継ぎで仲間が演芸を披露してくれることもあるが、それでも大急ぎではや着替えである。


「クロムは大変だが……いろんなクロムが見られるのは……何だか楽しみです」

「衣装合わせで見ただろう?リューイ」

「それでもですよ。何度見ても、あなたは美しく、魅力的ですから」

「……っ、お前はすぐそう、浮わつくようなことを……」

言うんだから。一体どう育てたらそうなる。言っとくが、ユリーカのせいでも俺のせいでもないはずだが……!?

後は……後は――――……

番大好きな男と、末子溺愛男が頭に思い浮かぶ。


「クロム、何を想像している」

「びくっ」

何故アルダにバレる!


「別にいいだろ?ほら、時間が迫ってる」

主役の竜皇が遅れたらしゃれにならない。

俺はリューイの手首を取って、式典の間へと引っ張る。


「く、クロムっ!?」

慌てるリューイだが、式典の間に足を踏み入れれば、ガラリと雰囲気が変わる。

ちゃんと、竜皇の顔だ。

ならば俺も、竜皇妃の顔を見せにゃぁな。


事前に打ち合わせした通り式典をこなせば、周囲からは自然と感嘆したような声が漏れ出る。これくらいは長く生きてりゃぁなぁ……。


そして竜神への祝詞をリューイと共に述べ、竜神への祭具を捧げる。


ひとに近付きたかった、子孫をひととして生かしたかった竜神は、今の俺たちをどう思うだろうか。俺とリューイの夢をどう思っているだろうか。神の声など一度も聞いたことはないが……ユグドラシルの言葉を信じようと思える。

それだけ俺も、丸く生ったんだから。


儀式と式典を無事に終えれば、建国祭が始まる。民も貴人たちも楽しみにしていた祭の始まり。俺とリューイは建国祭の行事で手一杯だが。


前夜祭で触れ合った民たちのために、この国を……世界を動かしていく。

そのために一心不乱に向き合うのも悪くないと思えるから。

世界は少しずつであれど、俺たちの夢を受け入れ出してくれていると、思うから……。


「クロム、次は宴だ」

「そうだな」

建国祭の一大行事は、竜神の名代・竜皇を讃えること。


宴の始まりを告げるのは、竜皇に捧げる舞。

それを舞うのは、俺と、共に舞を練習したものたちだ。その中にはリファもおり、今日は女将かんも共に出席したアルダ一家も、何だか涙ぐんでいるなぁ。本当にリファは、よい家族を得た。そして俺も……な。


竜皇へ捧げられる舞は、その治世の繁栄と豊穣を。

それは竜神への祈りともなる。


そして舞を終えれば、踊り子たちと共に礼をする。


そうすれば、パチパチととめどない拍手が溢れてくる。

素顔で踊ることで、こんなにも拍手喝采を得るだなんて、想像したことがあろうか……?


リューイの迎えで、俺はリューイの手を取り、上座に上がる。踊り子たちはそれぞれ、家族と合流するもの、番と合流するもの、休憩後は給仕など他の仕事に移るものと様々だが。

俺は妃としてリューイと共に、客をもてなす係である。


「クロムが築いてきたものが、ここにはたくさんある。あの最後の拍手がそれを証明しています」

「その……それが定例行事だからかもしれないし……」

竜皇へ、竜神へ向けて踊る舞である。だから拍手するのは、立場上仕方がなく……かもしれない。


「いいえ、そんなことはありません。みなの顔は、心から満足し、素晴らしいと思える顔でした。そして心から溢れる拍手。それはクロムが錬金術なり、公務に取り組む姿勢なり、竜皇国に確かな足跡を残しているからに他ならない。城に出入りするものたちも、仕えるものたちも……それに民衆も、クロムを深く歓迎し、認めているのです」

確かに……昨日民衆たちから聞いた竜皇と妃の話は……悪いものじゃないと言うか。ラブラブとか、すてきとか……褒め言葉だった。


「クロムはちゃんと、この国の竜皇妃です。みなから憧れられる、とても素晴らしい私の番なのですから」

「……う、ん」

リューイの言葉がまっすぐすぎて、照れ隠しに否定などできまい。その言葉は、俺の中に確かに響き、そして熱を帯び、違う何かに変わっていく。


これは多分……愛おしいと、好きだと、思う心だ。


「さぁ、クロム。客人をもてなすのも、私たちの重要な仕事ですよ」

リューイが俺の頬に掌を当て、優しく囁く。うぅ……それは俺のポジションだったのに。いつの間にかリューイも、大人として、夫として、成長している。それは嬉しいことではあるが、やはり……。何だか悔しいなぁ。俺の方が姉さん女房なのにな。


「分かった」

リューイにこくんと頷けば、早速挨拶に来た客人たちを出迎える。

最初は宰相のアルダ。今さらだが、しかし畏まった場所での挨拶はいつもとは違う。

今日は女将さんと、臣下として心からの忠誠と祝辞を贈ってくれる。

それから、後継者のラシャとリファ。リファは舞が終わった後は、ラシャと回れるよう、侍従の仕事は休みを出している。

侍女たちもたまには……と言ってくれたので、リファも気兼ねなくラシャと回ることができるな。

まぁスオウはリューイの側で近衛を務めているがな。


そして貴人たちを迎えつつも、不意に声をかけられる。


「いつも娘がお世話になっております」

「息子のこと、弟子として迎えていただき感謝しております」

そう、彼女ら彼らの両親や家族からそう礼を言われるのだ。


「妃殿下のお陰で、娘が毎日楽しそうで」


「妃殿下が錬金術を教えてくださったお陰で、息子が壊れてしまった椅子を錬金術で作り直してくれたのです。あれは長く愛用し、お気に入りだったので本当に嬉しくて……!」

こんな風に感謝される日が来るなんてな。


「ほら、みなクロムに感謝しています」

「……確かに」

そしてそれも……悪くはないな。


そして宴の食事をいただきつつも、貴人たちの声が聞こえてくる。


「そう言えば昨夜、青髪のエルフ耳の踊り子が、城下町でとても素晴らしい踊りを披露したのだとか」

「何でも飛び入りで、旅芸人たちの一団ではなかったようだ」

「エルフ耳の踊り子だなんて、まるで妃殿下のようだな。是非とも見たかったのだが……」

うぐ……それは明らかに……いや、俺しかいないだろう。


「おや、大人気ですね」

「茶化すなよ」

しかし、がっかりしている彼らも、先ほど俺の舞を見られたのだから、いいじゃないか。

まぁ種明かしは……来年以降のお忍びのために、黙っておこう……。


そしてお祭りはさらに3日間続く。国内だけではなく、国外からも客人が来る。その中には、かつての東国からの代表団もいた。そして俺たちの前に傅いた代表は、陳謝を述べる。


「先日は大変な失礼をいたしました」

「……よい。此度の代表団の一行は、しっかりと教育が行き届いているようだ」

リューイが告げる。

誰も俺たちを見て、混ざりものと蔑む目はしていない。ひょっとしたら隠しているだけかもしれないが、それならそれで、彼らの外交に懸けるプロ意識ととろうじゃないか。

そして代表団の面々はもう一度深く頭を下げ、俺たちの前を後にした。


そしてその後は、フォレスティアからロイドがやって来た。


「ククルは今回、シュルヴェスターさまと国内の祭を取り仕切っておりますので、私が参りました」

「そうかそうか、ごくろう。んで……?兄貴はまだ独身なのか」

「残念ながら……あの方も強情で」

ロイドとふたり、クツクツと笑い合う。年齢差のことは、兄貴が一番に理解している。後は……兄貴が親友の忘れ形見との結婚を、本人が認めるかどうかだ。


しかし不意にリューイを見れば、何だか不服そうにしている。俺がロイドとばかり話していたからか……?

全く……仕方がない番だこと。

だが、そんなところもかわいいので、俺は愛しの番に、こっそりとお詫びの口付けをあげるのだった。

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