第11話 竜と踊り子


俺よりも背の高くなったリューイが、そっと俺の両腕を掴みながら、見下ろしてくる。


いつしか夕焼けが射せば、辺りを静寂が包み込んで来る。


「クロムは私の番だ」

番……竜人や獣人はおのれの伴侶のことを番と言う。とりわけ自分の運命の番ならば、竜人やじ自身がそれを分かると言う。


たとえ既に伴侶がいようといまいと、運命の番に出会えば愛し合う。

そこに置き去りにされた伴侶の気も知らず。


リューイは……このバカ弟子は俺にそんなものであると言う。


「は……?俺はエルフたの混ざりものだぞ。竜皇の伴侶は人間のはずだ」

竜人ならば、人間以外の番もいよう。

混ざりものであろうと、番は番。愛し合わなくてはならないから、時に混ざりものも生まれてしまう。


だが純血を重んじる竜人は、大抵の場合は混ざりものを忌み嫌う。

それは竜皇の血に人間側の特徴が出ただけで、追い出されたリューイが証明しているだろう。


番がいなくては狂うから、他種族や混ざりものの番は側に置いておくが、それ以外は不要とばかりに竜人の輪から追い出される。


――――俺は何度もそれを見てきた。気の遠くなるような時間を繰り返し、繰り返し……。


だからこそ俺は、そんなものにはなりたくない。


「……だが、クロムには人間の血も入っています」

「混ざりものなのに……か」

だからなんだと言うのか。人間の血

入っているからと、そんな竜人や竜皇の呪いみたいなもんに、何故俺も加わらなければならないのか。

何故、混ざりものを永きに渡り迫害してきた世界が、世界の頂点の竜皇にそんなものを求めるのか。


「それは私も同じです。混ざりものの竜皇に、混ざりものの竜妃。お似合いの番ではないですか」

初めて会った時から感じていた感覚は、もしやと思い返せども、今までの長い生で染み付いた懐疑の念は晴れることはない。


「そして、混ざりもの……それを侮蔑の対象ではなく、複数の種族の血を継ぐ、種族を越えた愛の結晶だと、誇れる世界を目指すために、何よりも私の心の支えとなる。それはあなたしか……クロムしかいないのです」


「バカな……俺は薄情な男だぞ」

出会った時から、リューイの好意を感じ取っていながら、名を呼ばせず師弟として線引きをした。去ったのはリューイなのに、リューイが戻ってくるかもしれない場所を放り出して……逃げた。


「俺はまた、逃げるかもしれない」

「それでもクロムを愛しています。クロムが逃げたとしても、私はクロムをどこまでも迎えに行きます。あなたがいる場所は、番であるがゆえ、いつでも分かります」

それでお前はいつでも、俺の居場所が分かるように出迎えてくれたのか。

そして今も、こうして旅の空の下に、迎えに来た。


「何故……あなたが森を去ってしまったのかは分かりません。その事実に、不安でたまりませんでした」

そんなことも分からないとは……俺の複雑な心境も、錬金術として教えておくべきであったか。

本当に、竜皇を始め、番を抱える種族と言うのは勝手だ。相手の都合も気持ちも考えずに番ならばと執着するのだから。


「ずっとずっと、あなたを迎えに行きたかった。かなうことなら、すぐにでも。だが、竜皇と言う立場がそれを許さなかった。私の竜皇継承の手続きを終えるまで、こんなにかかってしまった。だけど……あなたが本当は優しく、愛情深いひとだと、私は知っていますから。だから私は、あなたにどれだけ逃げられても、嫌われても……愛しています」

「……っ」

ぶわりと、感涙が溢れそうになるのを、必死に抑えるが、抑えきれない涙が目尻から溢れ落ちる。

俺だって……本当は……。


――――嫌いなわけ、ないじゃないか。


「私の番に……つまになってください。クロム」

リューイが俺を抱き締める。その熱は、凍えるような心の寒さを唯一温めることのできるものだと……本当は分かっていたのだ。


こんな男に惚れるリューイも大概だが、絆される俺も俺だ。だからこそ。


「分かったよ、リューイ」

本当は俺も、ずっとずっと、その言葉を待っていた。リューイはそれすらも見透かしているように、ただただ俺を愛おしそうに抱き締めてくれた。


陽が沈み、夜の冷たい空気が降りてきてもなお、リューイに抱き締められたその身体は、じんわりと熱を保っていた……。


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