わのおと

水円 岳

第1章 エルフランドのベル

第一話 消失

(1)

「マザー」

「なんだい?」

「これって、なんだか分かる?」


 僕がマザーに差し出した一枚のぺらぺらのもの。それには、模様らしいものが四つ並んで付いていた。


『わ』 『の』 『お』 『と』


 僕からそのぺらぺらを受け取ったマザーは、それを曲げたりひっくり返したりしながら何度も首を傾げた。


「なんだろねえ。今まで見たことないねえ。こんなの」

「えー? マザーにも分かんないの?」

「知らない。あたしはここのことしか分かんないし」

「うー」

「ベル。これ、どうしたんだい?」


 ぺらぺらを突っ返して来たマザーは、僕をじろじろと見回した。


「さっき」

「ああ」

「チャムが突然消えたの。僕の目の前で」

「はあっ? 消えたあ?」


 座っていた枝からずり落ちそうになったマザーが、慌てて枝にしがみ付いた。


「ちょっとっ! どういうことだい?」

「知らないよー。僕も、そんなの初めてだもん」

「……」

「それでー、チャムのいたところに、代わりにこのぺらぺらが落ちてたの」

「見せてごらん」


 僕の手元からぺらぺらを引ったくったマザーが、それを何度も何度も見回して、やっぱり分からないっていう風に僕に突っ返した。


「少なくとも、この変なのに魔法ルーンの匂いは感じない。チャムが消えたこととこの変なのとは、直接関係ないのかもね」

「ふうん……」


 ルーンかあ。聞いたことはあるけどどんなものか知らないし、誰かが使ってるのを見たこともない。


「ねえねえ、マザー。チャムが消えたってことは、ここに何か危ないものがあるの?」

「さあね。あたしはそんなの聞いたことはないし、出会ったこともない。そもそも、『危ないもの』っていうのはなんだい?」

「むー……」


 うん。マザーの言うのは確かに正しい。エルフランドには、僕らのようなエルフが無数にいる。あまりにいっぱいいるから、誰が誰なのかもよく分からない。でも、いっぱいいる状態がずっと続いてるんだから、誰かが僕らを滅ぼそうとしてるってわけじゃないんだろう。

 でもさ。僕はもともと箱柳の枝からほとんど動かないし、隣に居たのがいっつもチャムだったから、チャムが消えたってことが分かったんだ。もしかしたら。たっくさんいるエルフはずっとそのままなんじゃなくて、どっかから突然出てきて、突然消えるのかもしれない。

 そして、僕らはいっぱいいるってところしか見えてないから、出たり消えたりが分かんない……ってことなのかなあ。


「まあ、そんな得体の知れないものはさっさと捨てるんだね」


 マザーは、興味なさそうに大きなあくびを何度か繰り返すと、僕に背を向けて居眠りを始めた。それはうそ寝。でも、あたしにもう構うんじゃないっていうキョゼツの姿勢だ。僕はすごすごと引き上げるしかない。何一つ分からないままで。


「ちぇ」


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