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「ご卒業おめでとうございます」


 織原おりはらくんと仲が良かったと嘘を吐いて、私は先生から一足早く卒業を前に織原くんの死を聞かせてもらった。

 現実を受け入れるのは難しかったけど、先生がまだ受験を終えていない私のことを気遣ってくれたおかげで震える足をなんとか鼓舞することができた。


「心からお祝いを申し上げます」


 織原くんは、ずっと闘病生活を続けてきたらしい。

 人よりも免疫が落ちているから、感染症に気をつけるためのマスク。

 でも、病気と闘ってきたことを誰かに気づかれたくなかった織原くんは、マスクの向こう側でも笑顔を伝えることができるように努力をしてきた。

 体育の授業に参加できなかった日も、通院で授業に遅れてきた日も、柔らかな笑顔を浮かべて、いつもの日常を送るために学校へと足を運んだ。


「これから続く未来でも、どうか自分の頑張りを認めてあげてください」


 織原くんは長きに渡る闘病生活をクラスメイトたちに知られることなく終えるっていう、理想を実現することができた。

 最後の最期に、織原くんは夢を叶えることができた。

 織原くんの両親が担任の先生に話してくれたことを、担任は私たちに包み隠すことなくそのまま伝えてくれた。


「卒業生全員の未来が幸多からんことを」


 生徒に何か不幸があったとき、机の上に一輪の花を飾ることになっているらしい。

 ドラマか何かで見たことがあるようなワンシーンが私たちの日常に加わりそうになったけど、織原くんが『いつも通り』を望んでいたことを思い出した。

 その一輪花を飾ること自体をやめよう。

 織原くんは亡くなったのではなく、織原くんは卒業式を休んだだけ。

 私たちはいつも通りを送るために、織原くんの机は織原くんが勉強に使っていたままの状態にしておこうと決めた。


「最後は屋上で記念撮影! 移動してー!」


 織原くんは、いつも笑顔でいようって癖をつけていたのかもしれない。

 そんな癖は、今を生きる私たちが明日を生きていくための勇気へと変わっていく。


「今年、どんなチョークアートかな」

「楽しみすぎる!」

 

 高校を卒業する直前で、私の日常には変化が訪れた。

 昼休みと放課後に、普段踏み入れたことのない屋上へと向かう。

 私を迎え入れてくれた織原くんとチョークアートの制作に取り組みながら、織原くんの話を聞くという新しい日々が始まった。

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