後編 : 明かされる驚愕の真実 仮面に隠された巨大な闇とは?
ピグみゅん、彼の存在はともかくその経歴まではご存知でない方も多いだろう。彼はかつて地底世界に存在した国家、ルミナストン皇国の帝王に使える執事であった。その帝国が地底連邦に攻め滅ぼされたのち、皇位継承者であったヒカブラックと共に地上へ脱出。その後ヒカレッドや現在の総司令官と出会いヒカレンガーを創設した。これが公式に公表されているピグみゅんの経歴である。
取材班はピグみゅん空間と称される精神空間に招かれた。南米ボリビアのウユニ塩湖を想起させる白い平坦な大地が広がる景色で、主に戦隊メンバーとの交信に使用されるそうだ。場所を移した理由は「誰にも聞かれない場所の方がリスクが少ないって司令官に聞いたっピ」とのこと。ピグみゅんは、50cmほどの小さな体長に比して大ぶりな腕を降って歓迎して、こう語った。
「今回のこと、とっても困惑しているっピ……ヒカレッドはオイラ達の恩人なのにいきなり悪者扱いになっちゃって、どうしたらいいのか分かんないっピよ」
やはり気になるのは『恩人』という発言だ、ヒカブラックといい、先ほどの副整備長といい、地底にルーツを持つ者は事件後もレッドを慕っているようだ。何を理由に恩を感じているか深掘りしてみると、ことの経緯を詳しく話してくれた。
「ヒカレッドはヒカレンガーの2番目のメンバーだっピ!それどころかレッドが入ってくれなかったら光凛戦隊ヒカレンガーって概念自体が産まれなかったピよ。ヒカブラック様と共に地上に出て間もない頃、あのお方が単独で連邦軍と戦っていてやられそうになっていた時に、なんとレッドは生身で敵に立ち向かったんだっピよ!その時不思議なことが起きてヒカレンガーのパワーと適合して、今に至るっピって感じピよ。ヒカレッドがいなければオイラ達は今頃どうなっていたか……ブルブルッピ〜!」
「(中略)とにかくレッドにはすごいお世話になったんだっピ!オイラやヒカブラック様の隠れ家にヘンな地上人達に押し入られた時も真っ先に助けてくれたっピし、ヒカブラック様が助けた人に何故かツバを吐かれた時もレッドが逆にやり返したっピ!カッコいいっピー!あれ?もしかしてヒカレッドはヒカブラック
様のことが好きピ?以前ヒカイエローがヒカブラック様の身体のあちこちを触っていたとき、それを見たヒカレッドがヒカイエローに怒ってボコボコにしたんだっピ!ヒカブラック様もそんなに嫌がってなさそうだったのに、あんなに怒るのは嫉妬っピ!?すごいこと知っちゃったピ〜〜」
ピグみゅんは身体を揺らし、時おり大きく飛び上がりながら一方的にまくしたてた。イエローに関する下りに引っ掛かりを覚えたが、再度聞いてみても「これ以上は分からないっピ」と解答するのみに留まった。その後もとめどもない話が続き、最後にこう締めくくられた。
「でも、オイラはやっぱりおかしいと思うっピ……今までヒカレッドは大勢の人々の命を助けてきたッピ、地上の人もそうだし、地底連邦に徴兵されて戦闘員になってしまった、オイラの国の臣民たちも数えきれないくらい助けたんだッピよ!それを1人や2人くらいの命を奪ったくらいで帳消しになるっピか!?あっ!こういうことは他の人に話ちゃ駄目って言われてたっピィ!?じゃあ今のは忘れてっピね〜〜〜!」
彼は自称マントルモグラの妖精、どうやら人間とは少々ズレた感性の持ち主らしい。最後に彼が仕えるヒカブラックについて尋ねてみた。
「あのお方は……苦しんでいたっピ、誰にも見られない場所で涙を流していたっピ。まあオイラは見ちゃったピけどね。そして何日か前、このピグみゅん空間にやってきて言い残したっピ。『また会いましょう、私のたった1人の執事さん』ってっピ。それから会えてないっピよ……でも信じているピ!きっとどこかでヒカレンガーとして正義のために戦っている気がするんだっピ!だって、あのお方はオイラが尊敬する皇女様なんだっピから!」
堕ちたヒーロー、ヒカレッド。彼の姿はある面は悪漢として、ある面は英雄として語られた。それも取材した限りでは地底人やそれに類する者には彼に恩を強く感じられる擁護する傾向にあるようだ。とすると、共同会見におけるヒカブラックの発言も、ヒーローとして誠実かはともかく考えとしては納得できるのかもしれない。
そう結論づけようと考えた矢先だ。ある2人の人物から立て続けにタレコミを頂いた。本誌ではそれを事実と保証することはできない、ただ、もし仮に事実だとすれば、我々の常識や倫理さえも覆すような衝撃の内容だった。
「証拠の画像ファイルは先に送信したメールに添付してある、その件について話させてほしい。光凛戦隊ヒカレンガーのSNS課に所属する者です」
気だるげな声で電話の主は開口そう答えた。ヒカレンガーの公式SNSの運用や、インターネット上での誹謗中傷に携わっているのだという。保護する対象である戦隊は今や大炎上中、さぞ忙しいであろうと聞いたところ予想通りの返答がきた。
「まあね、元々忙しいのがとんでもなく忙しいになっただけだから体感はあまり変わらないかも。今日ようやく午前休が取れたってところであなた方にタレコもうと思った訳だ。1時間後には職場に着いて、夜までインターネットのしょうもない奴らと格闘する事を思うと憂鬱だよ」
電話の向こうの男性は息をつかず本題に入る。
「今回話したいのはこれまたお騒がせ中の、ヒカブラックへの中傷に関することでね。ああ、これも内部情報だけれども、日ごとにレッドへの中傷よりもブラックへのそれのが多くなって来てるわけ、全く不思議だよね。あいや、本題は数じゃない、その中の1つ、いや2つの発信元についてだ。いたんだよ……」
「ヒカブラックに陰で暴言を吐いてる戦隊メンバーがね。ピンクとイエローだ」
これに驚かずして何を驚くべきというのだろうか、前半部において取材して頂いたヒカイエローとヒカピンク、あの正義感に満ち溢れた2人がブラックに対して中傷投稿行っていたというのだ。
「私用の端末なら大丈夫とでも思ったのか?メンバーの個人情報は組織側で把握しているし、開示請求が通れば即座にばれてしまうのに。それだけじゃない、2人は反地底人類のコミュニティに登録して発言しているのも確認できた。要はこの戦隊はレイシストを2人抱えていたって訳。判明したのがもう2ヶ月前だ、その後?もちろん闇に葬られたよ」
地底人へのヘイトスピーチ、ピグみゅんが語った戦隊創設の経緯を振り返れば全く信じられない話だ。いや。それ以前にヒーローという立場の人間がヘイトをまき散らすなど許されていいはずがない。煽り運転の果てに人を殺めたレッドの罪深さには及ばないとしても、彼を堂々と非難できる立場にあるというのか。
「ハッキリ言って、私だって地底人への差別意識がないと言えば嘘になるよ。未知の存在に対する恐怖というのは否定できないし、勝手に地上にやってきて勝手に戦うなんて……って気持ちもゼロではない。それでも我らが戦隊は、ヒーローはそれにNOと突き付けているんだと思えば邪な考えから手を振りほどけたし、こんな仕事にもちょっとした誇りみたいなのを持てたんだ」
「なのに当のヒーローがヘイターだった、私の仕事を増やしていた。じゃあ私の誇りは一体何だったんだろうな。そこにレッドの殺人ときて、もうバカバカしくなっちゃったよ。まあこれから出勤するんですけどね、仕事だから」
電話はここで途切れた。同じく送られてきた証拠画像を編集部で確認したところ、AI生成や加工の形跡は見られなかった。
予想外のスクープに騒然となるデスク、そんな我々に追い打ちをかけるようにして現れたのは、文字通り招かれざる客であった。力士のような巨体に魚の頭部を持った怪人、その幻影である。
およそ1年前、ヒカレンガーによって撃破され戦隊本部の地下牢に収容されているはずの地底連邦兵、サモーニクスその人であった。彼は「矮小なる人類を滅ぼし地上を焼き払わん!」と前置きしたうえで。
「ところで、ヒカレンガー本部のあたりで何か嗅ぎまわっているハイエナがいるのを察知してよう、面白そうなもんだからこうして牢屋から思念体を飛ばして会話することにしたんだ。そんなことができるのかって?ああ、マントルサーモンの能力でな。直接危害は加えたくても加えられんので安心せい」
現に我々が本記事を執筆し、誌面に公開できている事実が示すように、サモーニクスはこちらを攻撃するような真似はしなかった事は先に伝えておこう。そればかりか、サモーニクスの態度は我々に対し実に友好的とも言えるものだった。
「スクープを欲しがっているのだろう?とびきりのをくれてやるわ。私と君らは敵同士ゆえ、この話を信じるか信じないかは読者の情報リテラシー次第ということでな。サーモッモッモッ!」
いかにも子供向けTV番組の悪役的な高笑いをしたのち。サモーニクスは大げさな身振り手振りを交えてことの詳細を語る。
「牢屋の暮らしは暇なものでな、こうしてコッソリ幻影を外に出しては他人の話を盗み聞きしていたわけよ。そうして一昨日あたり、総司令官どもの極秘会議を覗いていたらとんでもない事実が分かったわけだよ。奴ら捏造するつもりよ、実はレッドは悪い奴じゃなかったってカバーストーリーをな。全部わしらの罠にはめられた所為にして解決って寸法らしいぜ」
「そもそも奴らヒカレンガーは滅びた地底の小国の、よわっちい皇女の反乱ありきで始まった集団だ。地上人の1人や2人の命など組織全体としては大して重要じゃなかろう。それより今回の件で防衛の主導権を自衛隊や米軍に握られる方が問題だ。そうなれば不殺主義的な甘っちょろい姿勢を続けられなくなるからな。そうなればおれも処刑されてしまうかも、おおこわい」
侵略者は大胆にも言って見せた。無論、この情報の信憑性は怪しい。敵方の仕掛けた分断工作である可能性こそ高いと考えられる。しかし本誌では彼の言葉を「1つの証言」として扱い、記事に掲載することにした。
考えて頂きたい、まずなによりレッドが一般市民を死に至らせた、加えてそれ以前から市民や隊員へ暴力を行使していたことも判明している。そんな彼をブラックは庇い炎上中、そしてレッドばかりかイエローやピンクまでヘイトスピーチやセクハラを行っていた疑惑が浮上、おまけにマスコットまで事件の被害者の人命を軽視する発言を行う始末だ。
果たして、光凛戦隊ヒカレンガーの正当性を誰が信じられるのだろうか、図々しくもレッドを復帰させる計画がなされているとして、それが不思議だと言えるのか。悪しき侵略者の言葉を信じてしまえるほどに、ヒーローたちの威光は燻んでしまったのだろう。
以上が今回得られた証言である。これらはあくまで1個人の発言であり、その真偽は以後明らかになっていくだろう。最後に未だ行方の知れないヒカブラックの、物議を醸したあの発言を引用して本記事を締めくくりたい。
「(前略)正直なところ、彼にどんな言葉をかけてあげれば良いのか分かりません、怒るべきか悲しむべきさえ。彼は事実として許されざる罪を犯しました、生涯をかけても贖うことのできない犯罪です。それでもルミナストン皇国の臣民や、皇女たる私の救世主でもありました。私たちを暴力や差別から幾度も守ってくれました。そして連邦の兵士を退け、地上の人々を侵略の魔の手から救ってきたのです。これもまた1つの事実です」
「……どうか、これまで光凛戦隊ヒカレンガーを応援してくれた皆様にお願いです。ヒカレッドが悪人だったこと、同時にヒーローでもあったこと、その両方を忘れないで下さい。彼の犯した悪行も、善行も、どちらも無かったことにしないで下さい。その上で、彼の善き部分だけを見習って行動して下さい。そしてヒカレッドが好きだった子供たちへ、光り輝くヒーローとしての姿を真似できて、悪い闇の面を軽蔑できる大人になって下さい。私の親愛なる人に向けて言える言葉は、今はそれだけです(後略)」
震える声で語られた彼女の『失言』。それは確かに彼女のスタンスとして尊重されるべきなのかもしれない、しかし一連の取材を終えた後では実に虚しく響く。なぜならも、かの戦隊においては真似すべき正義など虚像しかなく、軽蔑すべき悪しかないのかもしれないのだから。
(文-素理井 瑛人)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます