レッド逮捕
プラナリア
前編 : ヒーローは何故堕ちた?血塗られた赤の真相を追う
この国の正義が揺るがされている。公認民間戦隊組織、光凛戦隊ヒカレンガーのリーダー的存在であるヒカレッドが危険運転致死傷罪で逮捕された。この事態を受けヒカレンガーの活動が自粛されてからすでに1週間が経過している。
地底連邦軍からの侵略者への対処は各隊員の独断専行という建前で行われているが、それでも世間の動揺は収まるばかりか膨れあがっている。現に筆者が本記事を執筆している最中も窓の外では反ヒーロー団体や反地底人団体による抗議活動が行われている。無理もない、我が国の最高戦力にして誰しもが憧れるヒーローであったはずの彼が、よもや何の罪もない市民の車に対して煽り運転を行い、果たして乗員2人が死亡する事故を招くとは誰が想像しただろうか?
他の戦隊員の心境はいかなるものだろうか。そしてヒカレッドがこのような蛮行に至る兆候などは彼の人となりから感じられたのだろうか。今回我々は最大限の取材力を尽くして戦隊メンバーや、彼らを支えるスタッフに取材を行なった。するとその過程であ然とする他ない、衝撃の真実を手に入れた。驚くなかれ、是非とも最後まで目を離さないで頂きたい。
はじめに取材班はヒカイエローに取材を行った。彼はヒカレンガーの構成員の中で最も市井の人々と距離が近い人物だ。彼は頻繁に都内のカレー店に出没してはファンと交流することで知られている。それゆえに我々も彼と真っ先にアポを取ることができた。ヒカレンガー本部付近のカレー店にてヒカイエローに取材した。
「まずは亡くなられた方へのご冥福と謝罪を重ねて申し上げます」ヒカイエローはまずこう謝罪した上で、カレーを口に運びながら我々にこう釘を刺した。
「僕はいいけど、ヒカブラックの所には絶対取材に行かないで下さいね。あの人は会見の件もあって傷心でしょうから……もっとも私たちもあの人の所在を知らされてないから、問い詰めても答えられませんよ」
ヒカブラックはやはり雲隠れしている。それはあの事件の翌日に残りの4人の戦隊メンバーで行われた合同記者会見での出来事に起因するだろう。他のメンバーが被害者への謝罪とレッドとの非難を口にする中で、ブラックだけはレッドへの擁護ともとれる発言をしたことで痛烈な批判を受けた。その後ブラックの所在や活動について公式からの報告はない。しかし言葉を信じるならば、同じメンバーでさえ知らされていないとは……ヒカブラックが心配になるが、本題であるヒカレッドの蛮行について聞いた。
「事件そのものは寝耳に水でしたが、正直、全く納得できないことかというと嘘になります。レッドは普段から粗暴で他人に厳しい奴でしたから。悪い意味で体育会系と言いますか、何かやらかしそうな雰囲気はありました、でもこんなのってありますかね」
取材開始時には皿一面にあった特盛カレーは今にも尽きようとしていた。そんな食欲旺盛さとは裏腹に、ヒカイエロー本人は心ここに在らずといった表情だ。
「ある事件がね、あったんですよ。僕が訓練でミスを連発して、それに腹を立てたのでしょうけど休憩中僕に殴りかかってきたんです。顔と腹に何発も、恐ろしい形相でしたよ。ブラックとグリーンが止めにきてくれましたけれども、レッドは全く言うことを……ああ、今思えばこれも共同会見の時に話すべきでしたね」
イエローは取材班に向けてこう語り2杯目のカレーの残り半分に取り掛かろうとした。その時彼が左腕に装着したガジェットから甲高い警報音がなったと思うと「失礼!」と述べたきり皿とスプーンを手に店を飛び出してしまった。この店の店員曰く、近くで地底連邦軍の派兵したマントルモンスターの出現情報が入ったとのこと。取材班も避難誘導に従い、これ以上イエローに取材することはできなかった。
それからおよそ3時間後、ヒカピンクへの取材に成功する。先ほど地上で暴れていたマントルモンスターや戦闘員を撃破し、彼らを連行している所であった。戦闘直後という状況にも関わらず彼女は気丈な声で快く応じてくれた。
「人間としては心底嫌いでした」共同会見の際、ヒカピンク誰よりも強い言気でレッドを避難したことが思い出される。そんな彼女の口からは更なる『余罪』が飛び出した。
「16回。私が目撃した限りで、ヒカレッドが市民に対して暴力を働いた数です。あの人は守るべき対象であるはずの人々を常日頃から軽んじていたんです。原因は相手の態度が侮辱的だったり、差別的な言動をしていたとか、そういう具合です。だからといってヒーローがする行動でしょうか」
背後で大勢の戦闘員が次々と収容車で運ばれていく中、ヒカピンクは語気を強めた。マスクの黒光りするバイザー越しからでも真摯な怒りが伝わってくるように感じられた。
「私たちヒーローは力を以って問題に対処する存在です、言い方を変えれば暴力でしか何かを解決できないのです。だからこそ力の振るい方には強い注意と責任を払わなくてはならなかったのに。私やグリーンが制止してもあの人を止められませんでした。後悔しています」
それから彼女の元に米兵と自衛隊員が複数名やってきた、彼女に対して何か話があるようで、これ以上取材を行うことは難しいようであった。別れ際に行方をくらましているヒカブラックについて質問するとこう答えてくれた。
「火星に逃げ隠れた、なんて根も葉もない噂が流れていますが、そんなことをするヒトではないです。きっとどこかで戦っているのでしょう。もっとも行こうと思えば、私たちのライトニングバトラーで火星まで辿り着けるでしょうけれども」
両名に取材を行った2日後に取材班が立ち入ることを許されたのは、戦隊メンバーらが操る巨大戦闘車両兼
「イエローバトラーはね、コックピットに近づくとほんのりカレーの臭いがするのよ、毎日そうなのね」
快く中を案内してくれたのは副整備長だ。ライトニングバトラーの技術をこの世で最も知る1人であり、地底連邦に祖国を滅ぼされた地下人類の生き残りである。昨日もヒカグリーンの出動があったようで、深夜1時まで整備に追われていたとの事だ。例え戦隊の1人が逮捕されようとも、ヒーローを支える人々が休まる日はないのだろう。
「レッドくんね、私らにとっちゃ良い子だったけどねえ。もちろん他の子達もそう、ほら、私ら地下人っていい目で見られないこと多いじゃない、でも彼ら優しく分け隔てなく接してくれるね。特にレッドくんなんて私らの寮に抗議隊が来た時に止めてくれたり。根は優しいはずなのにねぇ」
その後も氏は逮捕前のレッドの姿を語ってくれたが、どのエピソードもヒーローの鏡たる姿であった。そうしている内に氏の額の大眼球からは灰色の涙が溢れ出てきた、地底人類特有の生理現象である。氏は言葉を詰まらせながらに語った。
「止められた筈なのね、レッドくんのこと。あの子のレッドバトラーの行動ログをチェックしているとき、ほ、本当にときどきだけれども、何もない場所でひたすら暴れてる時があってね。思えばあれが異変だったね、溜まってたんだろうねえ。本部の言いなりにならずこの事を咎めておけば、あの子を悪者にならなくて良かった……」
これ以上の取材は続行不可能だった。中央に鎮座するレッドバトラーを工場の灯りが虚しく照らしていた。その右隣、本来ブラックバトラーが存在するはずのスペースはぽっかりと空いていた。
取材を終え撤収中の我々であったが、敷地内を徘徊していたある人物と思いがけず出会った。否、人物と呼ぶのは正確ではないかもしれない。何故なら彼は人類でもないばかりか、既存のあらゆる生物とも別種の存在で、そもそも生物といえるかどうかも不明なのだから。
「お兄さんたち工場の人とお話していたっピ?オイラもしたいっピ!」
彼の名前はピグみゅん、マントルモグラの妖精を自称する生物で、実務面では戦隊メンバーの戦闘面や精神面でのサポートを担っており、対外的にはマスコット的存在として知られている。そしてヒカレンガーの創設メンバーの1人である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます