【追い返して】前編
城を取り囲まれる数日前。元親は、長曾我部水軍の主将池頼和から、一条家の軍勢が海上を通り安芸家の方に向かっているという報告を受けた。
「一条家の軍勢が?安芸家の阿波への攻撃の援軍かな?」
安芸家は現在、阿波方面の豪族たちとの関係は良好であるが、元親がいるのは戦国の世である。長曾我部家に触発され勢力拡大をもくろんだ国虎が突然攻撃を仕掛けるというのは考えられる。
「……いや、都合よく考えすぎか……。こっちに仕掛けて来ると見た方が良いか」
元親は本山郷に向かおうとしていた福留親政等をとどめたり、岡豊城付近の者に何かあったら城に集まるように伝えたりした。
だが、あくまで可能性があるというだけの為、態々本山にいる軍勢を呼び戻したりはしなかった。
そして数日後、敵が見えた。
安芸家との境に近い夜須城にいる重俊から、安芸方来襲を知らせる急使は届いたが、その知らせを聞いたころには、既に城内から確認できるほどに近づかれていた。どうやら敵は直接岡豊城を狙いに来ているようだった。
元親は急いで本山の方へ急を知らせる使者を送った。それと同時に、陣貝や半鐘を鳴らさせ、集められるだけ兵を集める。それで集まった兵力は五百程だった。
敵の数は幾らなのか。元親がそう思った時に喜助がやってきた。城に集まる時、ついでに敵の戦力を見てきてくれたらしい。それによれば、
「『敵の総数は五千。東の方に安芸勢二千、西の方に一条方からの援軍三千』……ね」
元親は喜助の報告をそのまま復唱した。その復唱に誤りが無い事を示すように喜助が頷いた。頷くと先の戦で折れた前立てが縦に揺れる。元親は礼を言って喜助を下がらせた。
「数日前の報告にあった動きはやっぱりこのためだったのか……」
元親は嘆息した。蓮池の一件以来築いた友好関係も、一条家と安芸家の縁戚関係の前では無力だったようだった。どんなに表面的に友好関係を築いても、弱みを見せれば情け無用に攻められる。これが戦国の世であったと元親は改めて思い知らされた。
城下のあちこちから、安芸勢の放った火の手が幾筋もの煙を立ち上らせる。自分、或いは親類、友人、知り合いの家が焼かれているのを見て、将兵達はいきり立ち、出撃を元親にせがんできた。この高まった士気を城に閉じ込めたままにしておけば、軍全体に悪い影響を及ぼすと元親は判断し、兵を率いて城下に出た。
岡豊城の南側は国分川という川が天然の堀の役割を果たしている。両軍はこの国分川を境にして睨み合った。
いくら士気が高いとはいっても所詮は五百。敵の十分の一ほどしかない。元親はこちらから仕掛けないように麾下の将に厳命した。敵の方からやって来るのを待て、と。孫氏の兵法に、『自軍の戦力が敵の五倍あるならばすぐに攻撃しろ』というような言葉がある。敵の将がそれを知っているかどうかは不明だが、この戦力差であれば、渡河攻撃をするという不利をものともせずにかかって来るだろうと元親は読んでいた。
しばしの睨み合いの末、元親の読み通りに敵は動き始めた。数を頼みにしての愚直な平押しである。しかし、この状況では変に策を弄するよりも有効であった。
土佐の国が南国だといっても冬は寒い。その寒い中、安芸勢は川の中を腰までつかりながら渡ってくる。
元親は弓での攻撃を命令した。敵は水の中で思うように身動きが取れない。順次射られる矢に面白いように当たっていく。しかし、それで倒れた数は敵からしてみれば僅かでしかない。安芸勢はひるむ様子もなく、倒れた死体を踏み越えて、続々と渡っていった。彼らからしてみれば、味方の数からして勝つことは確実であり、極端に運の悪いもの以外は確実に手柄を上げられる楽な戦であった。
「思ったより隙が無いね……」
元親は撤退の判断を下した。本当であるならば、敵の半ばが渡り切ったところに一度攻撃を仕掛けてから城に戻ろうかと思っていたが、敵の足並みは渡河によっても弓による射撃によっても乱れることが無かった。その為、両軍がぶつかる前に即座に退くことにした。幸いな事にその命令に逸脱したものはいなかった。
ところ変わって夜須城。岡豊城を一挙に攻め落とそうという国虎の狙いによって、囲まれるでもなく、三百の抑えを配置され、捨て置かれていた。本山郷から戻ってきていた重俊が城から相手方の様子を見るに、敵は油断しきっていた。恐らく、秋に奪い取った馬ノ上城に大半が移動しており、城内の兵は二百にも満たないという事を知っているのだろう。寡兵の敵が打って出るわけがないとたかをくくっているようだった。
これを見た城主の重俊は苛立った。城内の人数よりは多いとはいえ三百という少数で自分を抑えられると思われているだけでなく、相手方の油断が寡兵というだけで、怯えて城に引き籠っているだけだろうと見くびられているようで気に食わなかった。
「目にもの見せてくれる……。馬をひけぇ!」
重俊の指示の下、速やかに兵が集められた。そして、重俊は集まるや否や打って出た。その数は多目に数えても百五十程であった。
重俊も土佐の国で名を馳せた部将である。この出撃は怒りに任せての衝動的な行動では無い。敵の油断した様子から勝機を、そして、敵本隊の動きから岡豊城への救援に向かう必要性を見出しての出撃であった。といっても、怒りが無いわけではなかったが。
油断した敵の抑えにぶつかり、鎧袖一触。とはならなかった。与えられた任務を命に代えても果たそうという責任感の為か、或いはこんな小勢に負けられないという面子の為か敵は重俊隊の初撃に耐え、踏みとどまったのだ。
こうなると、数に劣る重俊側はかなり苦しい。じわりじわりと城の方へと押し込まれていく。このままでは、城へ戻る道も防がれてしまう。撤退の指示を重俊が出そうと思ったその時、東の方の山から新たな一軍が躍り出てきた。
その者達は、吉田家の家紋である三つ引き両が描かれた旗を掲げていた。馬ノ上城を守っていた吉田重俊の部隊であった。城の守りに兵を割いているのか、その数は百五十程。重俊の部隊と合わせてようやく同数といったところではある。ただし、敵の無防備な側面を衝いたうえでの同数である。
「出来すぎておるわ。重康のやつめ」
敵は明らかに浮足立っていた。新手の部隊に対応しようとするものと、押し込めている正面の部隊に注力しようとするものでバラバラに動いており、組織だった行動が出来ていなかった。
重康の部隊が当たると、鎧袖一触。敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていった。
「案外早くカタがつきましたな。父上」
重俊はその息子の言葉に将としての物足りなさを感じた。
「阿保なこと抜かすな。岡豊に向かうぞ」
すぐに二部隊をまとめ、岡豊へ向かう。枝葉が如何に大輪を咲かせようとも、幹が切り倒されれば同じことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます