なんかの日

 空気が、冷えている。


 扉を開けた瞬間、慎太郎はそれを感じた。空調が利いているわけではない。妻の機嫌に、何かがあったのだ。結婚して3年目になる。慎太郎の肌は、敏感にそれを感じ取れるようになっていた。しかし、妻の不機嫌の理由はわからない。


 結婚記念日ではないはずだ。それは先月既にやらかしている。2人が出会った日だろうか。それも違うような気がしていた。ともかく、何かの記念日である可能性は高い。家の中が、厭に静かだった。


「ただいま」


 声は返ってこない。時計は9時を回っていた。きっと、残業をしてはいけない日であった。


 下駄箱の上に、箱が乗っていた。Awazon超お急ぎ便。そう書いてあった。

 音が鳴らないよう、ゆっくりと開ける。中に時計が入っていた。Bから始まる、女性向けブランドの華やかな時計だ。ずしりと、掌の中で存在を主張する。


 息を静かに吸い込む。心臓が高鳴っていた。リビングの扉を静かに開ける。


「おめでとう!」


 先手必勝。慎太郎は、見せ付けるように時計を突き出した。

 妻のかおが、修羅から菩薩へと変わった。


「え、覚えてくれてたんだ」


 妻の目に、涙が溜まっていた。

 慎太郎は無理やりに口角を上げた。

 結局、今日は何の日なのか。慎太郎は、未だに思い出せなかった。

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