第32話 意地悪な侍女

 ルイトポルトは、王宮の使用人のほとんどに宰相ベネディクトの息がかかっている事を承知していた。なので、せめてパトリツィア付きの侍女ぐらいはベネディクトの息がかかっていない者が欲しく、反宰相派の貴族の娘達を送り込んだ。その中の1人ネーレの父は、反宰相派の貴族の中でも重鎮の侯爵で、ベネディクトが国王を骨抜きにして権勢をふるうようになったのを苦々しく思っていた所をルイトポルトとアントンが自派に引き入れた。


 ネーレは主に髪型や化粧など、パトリツィアの美容面を担当した。


「妃殿下、御髪おぐしを整えます」

「ええ、お願い」

「いっ……!」

「どうされましたか?」

「今、痛かったわ」

「申し訳ありません! どうか、どうかお許し下さい!」


 ネーレはパトリツィアの髪を整える振りをして時々さりげなく髪を引っ張ったり、ネックレスをつける振りをして留め金を壊したりした。パトリツィアは最初、気のせいかと思ったのだが、そのような事が起きるのは大抵他の侍女が見ていない時であって、故意のように感じられた。他の侍女が気付いた時には、ネーレはあからさまに怯えて過度に下手に謝り、いかにもパトリツィアが使用人の失態に過度に厳しい態度をとるかのような印象を他の侍女達に植え付けた。それでパトリツィアはあまり文句を言えなくなってしまった。


 ネーレは、自分の父が反宰相派の中で重要な地位にいる事を自覚していて、ルイトポルトの計画が成功した暁には自分がパトリツィアに代わって王太子妃になると思っていた。


 ある日、ルイトポルトがアントンと共に王宮の中を歩いていると、侍女達の井戸端会議が聞こえてきた。


「ネーレ様の方がどう見ても王太子妃に相応しいですわ」

「ありがとう。計画が成就すれば、そうなるはずよ。罪人の娘が王太子妃のままでいれる訳ないもの」

「だからパトリツィア様は殿下に抱かれてないのですね。私、洗濯係の下女から聞いたんですけど、シーツにそんな痕跡がないらしいですわ」

「キャア! 痕跡って!」


 ルイトポルトは拳をギリギリと握りしめ、般若のような表情をしてその場を立ち去った。


「殿下、あの者達と口の軽い下女には辞めてもらいましょう。どの下女が侍女達に情報を流したのか、調べてみます」

「ああ。でも彼女達に辞めてもらうだけでは済まない。王太子妃について誤解があるようだから、あの侍女達の父親らにも釘を刺しておく」

「あのように口が軽い女性が王太子妃の器ではない事は確かですが、妃殿下が計画実行後に王太子妃でいられないという認識はあっているでしょう」

「うるさい! 黙っていろ!」


 ルイトポルトは、イライラしてアントンを怒鳴りつけた。


 翌日の夜、王都の高級娼館に辞めさせられた侍女達の父親達が現れた。彼らが娼館に入って間もなく2人の楽師がリュートを持ってその娼館にやって来て彼らのいる部屋に入って行った。高級娼館では、楽師を呼んで音楽を奏でさせる事があるのだ。


 楽師達は部屋に入っても何も演奏せず、1人は乱暴にソファに座って脚を組み、もう1人はその背後に立った。その様子はどう見ても楽師が客の前でとる態度ではなかった。


「そなたらの娘達には王太子妃専属侍女を辞めてもらった。理由は知っているな?」

「妃殿下の噂話をしたからと聞いております。申し訳ありません」


「認識が甘いな。そなたらの娘達は、不遜にもネーレ嬢の方がパトリツィアより王太子妃に相応しいと言った。それだけでも不敬であるのに、計画が成功すればという枕詞付きだ。しかも王太子夫妻の閨の事情まで噂した。王宮のどこに宰相の手先の者がいるかわからないのに、廊下を通る者に簡単に聞こえるような場所でそんな話をした。私達の計画には、我々だけでなく国民の将来もかかっているんだ。そんな不注意な者は我々の計画に必要ない。そもそもそなたらの娘達に計画の事を話すのを許可していない。我々は彼女達には王太子妃の味方になってほしかっただけだ」


「娘達が妃殿下の味方になるにはある程度の事情を話す必要がありました。ですが娘達の躾がなっていなかった事は確かです。大変申し訳ございません。ただ、お言葉ですが、それと私どもの改革への熱意とは別と考えいただけないでしょうか? 我が国がこのまま宰相に牛耳られて衰退していくのを私達は何もせずに見ていられません」


「ああ、そうだな。だが2度目はない。それにそなたらの娘達は2度と王宮勤めには復帰させないし、未来の王太子妃にもならない。分かったな?」


 元侍女ネーレ達の父親達は了承した振りをしたが、パトリツィアがまだルイトポルトに抱かれておらず妊娠の可能性がないのを知って、自分達の娘が宰相失脚後に王太子妃になる望みをますます捨てられなくなった。それにルイトポルトの宰相派の切り込み工作がうまくいっていないのを知っているので、自分達の優位を信じて疑わなかった。


 話が終わった後、ルイトポルトとアントンはカモフラージュに持って来たリュートを奏でて歌い、1曲演奏した後に娼館の部屋を出た。


 その後、ルイトポルトに呼び出された貴族の娘達が王宮勤めをクビになったのと時を前後して、他にも何人か侍女がひっそりと王宮から消えた。

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