第3話 孤児院から見えた社会の闇

 ルイトポルトが成長しつつあるパトリツィアとの距離をどんどん縮めていったのとは対照的に、彼の母である王妃マレーネと父・国王アルフレッドの関係は冷え切ったままで、もう何年もお互いに公然と愛人を囲っている。それどころか、2人とも公務そっちのけで愛人と旅行や買い物にうつつを抜かし、政治は宰相まかせになっていった。宰相はそれを利用して蓄財し、権力を維持することに腐心していた。


 そのような政治が行われていては、貧富の差がますます広まって治安が悪化していくのも無理はなかった。中央政府の重税に苦しむ貴族の領地経営は苦しくなり、ごく一部の大貴族以外は台頭しつつある商人のほうが裕福なこともまれではなかった。


 王の放漫政治に憤って国の将来を憂う貴族派と平民主体の民主派が台頭しつつあったが、この2派の目標は一致していなかった。貴族派は王の権力を削いで貴族の合議で進める政治を目指していたが、民主派は王室の廃止、完全普通選挙導入による平民の政治参加を主張していた。それどころか、民主派内の過激派は革命による王族と高位貴族の処刑による排除と貴族制度の完全廃止を目指していた。


 ルイトポルトの若き従者アントンは、そんな混沌とした国の現況を憂う臣下の1人だ。彼は元々、父親が宰相の腹心である関係でルイトポルトの側近となったが、今は父親の意思とは関係なく、国と主人のために働きたいと思うようになった。しばらくは思う所を黙っていたアントンだったが、仕えるうちにルイトポルトが勤勉かつ優秀で将来有望な王子だとわかり、国民の困窮した状況をルイトポルトに見せて反応を見たくなった。


 ある日、孤児院視察から戻ってきたルイトポルトにアントンは問うた。


「殿下、今日の孤児院を視察されてどう思われましたか?」

「親を早くに亡くして気の毒だが、保護される場所があってよかった」

「その場所の環境はどうでしたか?」

「『どう』というと? まぁ、設備は古くて居心地よさそうとはあまり思えなかったが……」

「いったいどれだけ国庫からあの孤児院に補助金が出ているかご存知ですか?」

「そこまでは把握してなかった」

「年間1000万クレーバーです」

「なのになぜあんなに設備がボロボロなのだ?」

「中抜きしている貴族がいるからです」

「犯罪ではないか!」

「ですが、私が今、言ったことは全て推測です。彼らは売買契約書を偽造したりして巧妙に隠しています」


 ルイトポルトは憤ったが、アントンはそれだけではないと言葉を続けた。


「前回視察に行かれた時にお見かけした子供達を覚えていらっしゃいますか?」

「いや、正直言って覚えていない。前回の視察の時にいた子供達で今も孤児院にいる子供はいるのか?」

「実は孤児院にいる子供達は、孤児院に来てからほとんど2、3年以内に養い親にもらわれていきます。あの孤児院に限らず、ほとんどそうです」

「養い親が見つかるならいいじゃないか」

「それがいい親ならいいのですが、実際はもらわれていった子供達の消息はほとんど不明です」

「……ということは人身売買か?!」


 クレーベ王国では、人身売買や奴隷所有は禁止されている。それでも地下に潜ってやる者はいるのだ。


 王都の孤児院を管轄しているのは、宰相の家門に属する貴族家だ。闇は根深い。

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