プチ三題噺企画 『空欄』『花火』『死体』
三衣 千月
1:命の爆ぜる色
「おい、なんだよこの仕様書? 設計図?」
花火師の男は、眉をひそめながらにその図を見ていた。
というのも、花火玉の星――つまりは光を発する部分についてが空欄になっているのだ。
「それが、なんでもそこに使ってほしい素材があるらしくって。それができるまで待ってほしい、と」
「そりゃまた面倒くさい依頼……というか、なんでそんな依頼受けたんだよ」
「しかし、法外なほどの値段を提示されまして」
厄介な――、と。弟子からの説明に、花火師は露骨に態度に出す。
むしろ、金額が高いだけタチが悪い。どう考えても厄ネタにしか見えてこない。
だがしかし、引き受けてしまった以上、それを断るというのも主義に反する。改めて弟子から金額の説明を受けると、たしかにこれは異常な金額だった。
次からは受ける前にこちらに話を通せ、と。そう叱ってから。仕方なく、花火師は花火玉の作る準備だけは進めておいた。
まあ、進めるとはいったものの、星がない状態なために、作れるものも作れないのだが。
そうしてしばらくの日が経ち、準備だけ済ませた状態で、少しその依頼についてが頭から抜けそうになっていた頃合いに。花火師の元へ、ひとりの女がやってくる。
縒れた白衣に身を包み、やや猫背気味な女は。どうやら挨拶を聞いて見る限りでは件の依頼者だという。
研究者っぽい見た目な他には、まあ、特段描写することもないような。強いて言うならば、背筋をしゃんとして、もう少し健康的な肌色であれば美人と称されるのかもしれないが、しかし手入れが怠られている肌からは、わかりやすく疲れが見て取れる。
「すみません、こんな無理難題を引き受けて頂いて」
「そいつぁ、無理に受けたうちの弟子に言ってやってください」
「それで、星に使ってほしい材料というのが、これなんですが」
そう言いながら、女はなにやら容器を取り出した。
これは? と聞くと、星の材料です、と。
「たしか、花火って炎色反応で金属化合物を使いますよね。それで、ちょっと自分で合成したものがちゃんと色になるのかを見てみたくってですね……」
ふひひ、と。女はどこか所在のないような様子で、そう笑いながら、容器を渡してくる。
その言葉を信用するのならば、おそらくこれは金属化合物なのだろう。
「ちなみに、中身を聞いても?」
「ああ、安心してください。危険なものではありません」
「……わかりました」
どうやら、言う気はないらしい。まあ、そんなことだろうと、なんとなく思ってはいたが。
そもそも尋常ではない、法外な値段をふっかけて依頼してきた人物だ。なにか裏はあるのだろう。
「それでは、お願いします。ぜひとも、綺麗な最後の光を見れることを、楽しみにしています」
女はそう、意味深長な物言いをしつつ。ペコリと頭を下げながらに出ていった。
「……やっぱり厄ネタな気しかしねえ。今度またアイツにはきつく言っとかねえと」
くしゃくしゃ、と乱雑に頭を掻きながら。花火師は大きく息をつく。
まあ、引き受けてしまった以上は仕方がない。そんな気持ちで星を作り始める。
なにやら嫌な予感こそしたものの、いちおう確認をしてみれば、それほど変な物質というわけでもなさそうで。軽く試してみた限りでも、キチンと炎色反応を示していた。
本当にただ自分の合成物で花火が作れるのだろうかと、そんな好奇心で依頼してきたのかもしれない、なんて。そんなことを考えつつも。そのまま、作業を進めていく。
しばらくして、花火が完成して。
そうして、打ち上げの頃になって。
「なんだかんだでいろいろありましたが、なんとかなりましたね」
「うるせぇ、勝手に変な仕事取ってきやがって」
ガツンと一発、ゲンコツを入れて。弟子の野郎が頭を抱える。
こうでもしておかないと、またこんな変な仕事をとってきかねない。
ただでさえ、一度変な仕事をとると、そこから噂が広がってここなら受けてもらえる、みたいなことになりかねないのに。
これから先のことを気負いながら、しかし、仕事はしっかりとやりきらないと、と。
花火師は、時間通りに着火を行う。
特有の音を立てながらに、花火玉は真っ黒い空に向かって飛び上がっていく。
そのまま、一瞬静かになったかと思えば、大きな音を立てて、爆ぜる。
「おお、綺麗なオレンジ色ですね!」
「ああ、そうだな」
色については、試したときに確認していた。だから、特段驚きなどはしない。
だが、少し思うことがある。花火師だから、そういった化学だのなんだのということは詳しくない。どの金属がどんな色をするか、くらいならば知っているが。
だが、そんな花火師なりに気になること。
はたしてあの女は、どうやって。……いや、いったいなにから、この金属化合物を合成してきたのだろうか、と。
いつかの意味深長な物言いに、後ろ髪を引かれるような思いをしながら。天高く咲き誇る花に向けて、花火師は質問を投げかけていた。
お前はいったい
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