今時也

黒メガネのウサギ

今時也

「よっと。あー暑い」

「そりゃあ、暑い日が続いてるからな」

「それもそうね。空いててよかった。ここ、空いてないこと多いんだよね」

「そうでもないぞ。タイミングの問題だ。見てたら、この時間は案外空いていることが多い。むしろ、そっちが間の悪いタイミングで現れるから、空いてないんだ」

「言ってくれるじゃない。仕方ないでしょ。こっちだっていろいろあるんだから」

「忙しいことはいいことだ」

「アンタは暇そうね。涼しいところにずっといるんだから。いるだけでいいなんて最高じゃない?」

「おいおい。何を言ってるんだ? 涼しいところだと? そんなわけないだろう? 涼しいとおもったことは一度もない」

「だったら、どう思ってるのよ?」

「そうだな。寒い? 冷たい? そうおもっとる」

「あっ、そうなんだ。涼しいところだと思ってたけど、寒いんだ。でも、それってアンタはわかるの?」

「バカにするな! それぐらいのこともちろんわかるさ。あそこは確かに温度が低い。そういうところだということはわかっている」

「へぇー。意外とその辺はしっかりしてるんだ」

「それはそうだろう……まさか、食べるのか?」

「もちろん。そのために買ったんだし、当然でしょ。この暑いさなか、こうやって涼しいところにきて、座ることもできて食べないなんてこと考えられると思う? ああ、アンタにはわからないか」

「な、何をいっている。わかるに決まっているだろう!」

「そう? だけど、アンタそれがわかるっていうのはなかなかなもん、というか色々と問題あり、だよ?」

「そんなことはないぞ。問題などあるはずがない。なにせいろいろと見てきたからな。手に取るたびに、あーあついだの、これほしいだの、言われているのは耳にタコができるほど聞いてきたわ」

「タコねぇ。アンタ、簡単にタコっていうけど、タコってどんなのか、わかっていってる?」

「また、バカにしおって! 赤い丸に同じく赤く細長いものが何個もついているものだろう? 細長いものには小さな白い丸がいくつもついている。どうだ?」

「まぁ、間違いじゃないわね。だったら、そのタコにはいったい何本の足がついてんのよ? さすがに答えられないわよね?」

「あし? あの細長いのだろう? 確か、なな、いや、はちほどついていた気がするぞ!」

「へ、へぇー」

「どうなんだ? 合っているか?」

「ま、まぁ、合ってるけど……」

「わかったか。そっちがどう思っていようが、知っていることは知っているのだ」

「あっそ。まぁいいけど」

「む? なんだ? 食べるのか?」

「さっきもおんなじこと言ってたけど、当たり前でしょう? そのために買ったんだから。食べないのに買う理由なんてないし。それとも何? 飾っておけとでもいうの?」

「むぅ……そんなことを言うつもりはない。ありがたく食すがよい」

「ったく。一体何様のつもりなんだか……言われなくても食べるわよ。……あーおいしぃ。やっぱこういう時には最高だわ」

「そ、それは良かった。こぼすなよ。汚したら大変だからな」

「子どもじゃないっての。そんなこと、あっ」

「言っているそばからするやつがあるか! 拭くものは持っているか?」

「あーもう、いちいち言わなくてもわかるわよ。ティッシュは持ってるから。アンタがうるさいから面倒なことになるじゃない」

「自分の責任を押し付けるでない。非はないはずだ。注意を促した記憶もある」

「はいはい。わかりましたよ。悪うございました。とにかく、掃除するからしばらく黙ってて」

「……なんだか、釈然とせんが仕方ない」

「………………よし。これできれいになった。後で捨てとこう」

「まぁ。その辺はそっちが忘れなければ問題はない」

「いったい、何様のつもりで話してるのかはしらないけれども、心配しなくても片づけますよ。中途半端なことしたら、ここ使えなくなっちゃうしね」

「ほほう……殊勝な心がけだな。その意気は良いぞ」

「だからさぁ。何様なのよ一体アンタは」

「気にするな。気にするだけ無駄だからな」

「まぁ、元からそのつもりだからどうでもいいんだけど」

「どうでもいい? どうでもいいとはどういうことだ! 何のつもりか言ってみろ!」

「なになに? 何でいきなり怒り出すのよ。何のつもりも何も言ったままよ。どうでもいいんだから、どうでもいいのよ」

「まだいうか!」

「いや、実際そうだし。アンタだってそうでしょう? そんなすごい長い付き合いでもないし、なんだったらこれっきりで終わりじゃない。とにかく食べさせてよ。」

「む、むぅ。食べるのか。食べることも間違いではない。間違いではないが、それはそれでさみしくはないか?」

「さみしい? そんなこと考えたこともなかったよ。いちいちさみしいなんて考えてたら、それこそやってられないし。そもそも、そんなことを考えること自体がありえないことでしょう? 今だってそうだけど」

「食べながら、話すんじゃない。まぁ、そっちのいうことも間違ってはおらんがな」

「でしょう? だったらいいじゃない。こうやって意味があるんだか、ないんだかわからないことを話すのも悪くはないと思うしさ」

「……そ、そうじゃな。そっちのいうことも一理ある、か」

「いやいや。それがすべてでしょう? それ以外に何があるっていうのよ?」

「……堂々巡りになってきたみたいじゃ」

「堂々巡りねぇ。あっ、知ってる? こういうのって将棋では、千日手、っていうらしいよ」

「おっ? いきなり博識なことを言い出したな。せんにちてというのか? どういういわれじゃ?」

「まずさぁ、将棋って知ってる?」

「しょうぎ? なんじゃそれは? ショウガならわかるが」

「ああ、そっからか。って、アンタの知ってるもんって食べ物ばっかりじゃない?」

「そんなことはない。が、とりあえずさっきのしょうぎとやらを教えろ」

「そんな言い方する? まぁいいけど。

 将棋っていうのは一対一でマス目に区切られた盤上で駒を動かす遊びよ」

「ますめに区切られたばんじょう? コマ?」

「マス目くらいわかるでしょ? 四角に線で区切ったマスって呼ばれるものが板の上に何個もならんでるの。それで駒っていうのはその遊びで使う道具。駒にはいくつか種類があって、それぞれ違う動かし方をするのよ」

「ます、鱒、マス……、しかく、シカク、四角……。つまり、マスというものが並んでいる板があって、その上をコマというものを動かして遊ぶということだな? なんとなくわかった。それで? マスの上を動かすだけで、どうして堂々巡りのようなことになるんだ?」

「まだ、遊び方の説明、終わってないわよ。といっても、そんなに詳しくないからほとんど終わったようなものなんだけど。この遊びは一対一でするんだけど、お互いが交互に駒を動かして、先に王将を取った方が勝ちなの。で、その王将を取るまでの間に相手の駒を取ることができるんだけど、取った駒は後で自分の味方として使うことができるっていうルールがあるのよ」」

「るーる? るーるとはなんだ?」

「そこ? 将棋の動かし方じゃなくてそこ?」

「おうしょうとかいう言葉もわからないが、るーるが一番わからん。他は想像できるが」

「はぁ。なんていうか、どう話したら伝わるのかホントにわかんないんだけど。まぁいっか。ルールってのは今回の将棋の場合、遊び方、っていうことかな」

「何? だったらるーるなどという言葉を使わなければいいじゃないか。最初に、遊び方、と言ってたんだから。まったく……」

「はいはい。悪かったって」

「わかればいい。それで?」

「何?」

「おうしょうってなんだ?」

「あーそっか。まだ途中か」

「なんだ? 終わったつもりでいたのか?」

「まー何となく……」

「終わっていないぞ。説明を続けろ!」

「はいはい。わかりましたよ。

 王将の話だったね。王将っていうのはお互い一個ずつしかもっていないもので、さっきもいったけど、それを取られたら終わり。他の駒みたいに取ったら自分の味方として使うなんてことはできない。そんな重要な駒」

「なるほど。つまりだそっちのいうしょうぎというのは、おうしょうというコマをとるために、お互いが相手のコマを奪い合い、最後におうしょうを取った方が勝ちという遊びということだな」

「そゆこと」

「では、さっき言っていた、せ、せ、あっと堂々巡りのようなものにはどうやってなるんだ?」

「……ちょっと待って」

「な、なんだ? そんな板を取り出して」

「板じゃない。スマホ。少し静かにして……」

「む、むぅ」

「そうそう。そうしてくれればいいのよ。食べながらだけど」

「……」


「暑いからね、外」

「…………まだか?」

「まだ。もう少ししないと出れないし」

「……む、むぅ」

「あ、あの……」

「はい?」

「店内での通話はできればご遠慮頂きたいのですが……」

「わかりました。すいません。気を付けます」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


「……もういいよ」

「な、なんだとい——」

「静かに話して。こっちまだ見てる」

「い、いったい何が起きているんだ?」

「店員が見に来てたんだよね。店の中で大きな声で話していれば、そりゃ注意しに来るよ」

「そうだったのか。すまんな。てっきりそっちがおかしくなったのかと思ったわ」

「アンタねぇ。それめっちゃ失礼ってことわかってる?」

「そうか? それは失礼をした。それよりも、堂々巡りの話をしてくれ」

「つくづく失礼なやつね。見た目通りってことかな」

「そんなことはわからん。それで?」

「ああ、千日手の話ね。あそこまで説明したから、あとは考えれば済む話」

「ほう?」

「つまり、お互い王将を取られないように駒を動かさないといけない。当然、相手は邪魔をしてくる。相手から奪った駒も使っていいとなれば、お互い譲れない状況になったときに、同じ行動を続けちゃうかもしれないでしょ?」

「確かに。相手から奪ったものを再利用するならそうもなる、か」

「そ。それが千日手ってこと」

「なるほど。これで一つ博識になったな」

「アンタねぇ。今さら博識になる意味なんてないでしょ?」

「そんなことはない。いつの時代も学ぶことは大切なことだ。そんなことより、またこぼすぞ」

「あっ、ヤバッ。っと、今度は大丈夫。ありがとう」

「礼には及ばん。また汚したら、掃除をするのはそっちだからな」

「まぁ、そうなんだけど。教えてくれたからお礼を言っただけ。それ以上でもそれ以下でもないし、ここから何かが変わることはないと思うよ」

「それもまた、運命と受け入れる。実際に受け入れておるしな。それよりも少し気になることが……あの店員……」

「あの……」


「なぁ。さっきから、女の子の声がやたら聞こえるんだけど、どっかいるのか?」

「いやいや、見えてないの? あそこのイートインに座ってるよ?」

「イートインに? 棚がジャマになってんのか、こっちからはみえねぇぞ? まぁいいか。そこに女の子がいるんだな?」

「うん。何で見えないのかはわからないけど、女子高生かな? 多分だけど」

「そうなのか? だったら声かけてこいよ!」

「な、なんでそうなるの! できないよ。今バイト中なんだし」

「そんなの関係あるか。店長もオーナーもいないんだから、今がチャンスなんだよ」

「チャンスって。監視カメラにとられてるし、いつお客さんが来るかわからないんだよ?」

「監視カメラなんていちいちチェックしてねぇよ。それに客が来たらあいさつして戻ってくりゃいい。少しの間だったら、こっちで対応してやるよ」

「いやいや。そんな簡単にいかないから。それに気になるんだったら、そっちがいってきてもいいんだよ?」

「いけるかよ。女子高生だぜ、女子高生! そんな人種に声なんてかけたら、何て言われるかわかったもんじゃねぇ。心を真っ二つにへし折られちまうぜ」

「それを僕にさせようとしてたの?」

「ああ、そうだな。お前はいっぺんくらいへし折られた方がいいんだよ」

「いやいや。へし折られたら戻らないよ! 仮に戻せたとしても変な形に戻るんだよ? 真っすぐキレイに戻ることはないからね」

「ほお。戻らねえんだ。だったら仕方ねぇな。戻らねぇなら意味ねぇし」

「そうそう。そういうこと」

「でもよぉ。折れないに越したことはねーけど、曲がるくらいの経験はしといたほうがいいんじゃねえか? そりゃ、折れたい奴なんてどこにもいねぇとは思う。が、経験として、曲がっておくことも必要かもしれねぇぜ?」

「一理あるとは思うよ。だけど、残念だけど僕にはそこまでの勇気はでないよ……。ここでバイトしてるのだってやっとだっていうのに……」

「お前なぁ……」

「それに失敗ばっかりでいつも店長やオーナーに怒られてばっかりだし……」

「それでも辞めてねぇじゃねえか。正直、お前のことだからすぐにあきらめて辞めると思ってたぜ。今までとは明らかにしんどさが違うからな」

「そりゃしんどいよ。辞めたいって考えたことも一回や二回じゃないよ……でも、辞めないようにがんばってきた」

「どうしてバイト……辞めなかった? しんどかったんだろう?」

「しんどいのはしんどいんだけど。どんなものが売れるのか、この人こういうものを買うんだっていうのを見ているのが楽しいんだよね。みためいかつい人がかわいいお菓子みたいなものを買っていくのを見て、この人こんなおのが好きなんだって思ってたら、車の中に小さな女の子が乗っていて、ただのお父さんやってただけだったとか。少し前まで酒ばっか買ってたおじいさんが、水とかお茶とかばっかり買うようになって、聞いてみたら医者から止められたけど、ここに来るのが習慣になってるから代わりのものばっかり買うんだって。そしたら、最近体の調子がいいとか言ってたり」

「それ、結構おもしろいな」

「でしょ? おもしろいんだよね。工事現場のおっちゃんとかが、いつも総菜パンしか買わないのに、新商品のキャラクターの描かれた菓子パン買ってて。別に何も言ってないのに、いいだろうがたまに買ったってって言い訳してて。そしたら一緒に来てた別のおっちゃんがそれを見て、こいつこんな見た目だけど、そのキャラめっちゃ好きなんだぜって教えてくれたり」

「なんだそれ? 新商品ってあれだろう? あのカワイイやつ!」

「そうそう。で、買っていったおっちゃんってのが、結構焼けてて、いつも頭に青いタオル巻いてるがっしりした人で」

「それはやべぇな」

「その時ばかりはそのおっちゃんの顔も真っ赤になってたよ。焼けて黒いのに赤いのがわかるくらい」

「どんだけ照れてたんだよ。おもしれえな、そのおっちゃん」

「そ。だから、確かにバイトとしてはきっついけど、面白いから何とかやってられるんだ」

「そりゃ、確かに辞めねぇな」

「でしょ?」

「だったら、行ってこいよ。あの女子高生のとこに」

「なんでそうなるんだよ? 聞いてた人の話?」

「聞いてたからいってんだよ。ここでいっときゃ、お前はもっと変われるんだろう? 変われないにしても変わった経験ができるんだ。しない手はないぜ」

「だから、そんなことしたら、僕の心が折れちゃうって。ぽっきりと。しかも、早口みたいなのになってるし……」

「そんなことねぇだろ? さっきから聞いてるお前の話に出てくる相手の方がよっぽどおっかねぇぜ? かかわらなくていいならそれに越したことねぇくらいには、な。そんなやつらとなんとかやってきたんだ。女子高生の一人くらい問題ねぇだろ?」

「人種が違いすぎるよ!」

「お前なぁ。いいか? 見た目は完全に日本人。話している言語も日本語。相変わらず棚が邪魔でみえてないけど、少なくともそれは間違いないんだろ?」

「まぁ、それは確かに」

「だったら、行けんだろ?」

「だ、だから、無理だって!」

「行けるって! ……わかった。だったら、こうしよう。ナンパしろって言ってるわけじゃない。ただ声をかけるだけならできるだろ? なんか理由をつけて一言二言。もちろん、できるならそれ以上話してきたっていい。それだけだ。どうだ?」

「…………」

「なぁ、それぐらいだったらできんだろ?」

「……そこまでいうんなら、キミが行ってくればいいだろう?」

「……お、お前なぁ」

「ご、ごめん。言い過ぎた。でも、僕には無理だ。キミが僕のことを考えてくれていることはわかっているんだけど……」

「……わかった。だったら、店員として行くのはどうだ?」

「どういうこと?」

「見ろよ? 今は確かに客はその女子高生だけだ。でも、何をいっているのか聞き取れないが、彼女の声だけは店内に聞こえているんだろ? だとしたら、次の客が来たらどう思う?」

「それは、うるさいと思うだろうね」

「だろう? しかも彼女の声だけってことは、電話で話してる可能性だってあるんだ。確か、ここはのルールはどうだった?」

「店内での通話は禁止になってる」

「そうだよな。だったら、店員として、誰もいないが注意をしないといけないんじゃないか?」

「そ、そうだね。でも、どうやって……」

「そりゃ、自分で考えろ……ってそれはいくらなんでも酷か……」

「な、ナンパしろっていうのよりはまだマシだけど、それでもしんどいかな」

「うーん。普通に考えりゃ、お客様、店内での通話はご遠慮いただいております、だろうな。確か張り紙に書いてあっただろ?」

「そんな感じだったかな」

「だったら、まんま読み上げればいいんじゃねぇか?」

「わ、わかった」

「おっと待った。お前のことだから、言うだけ言って、すぐに戻ってこようとか考えてないだろうな?」

「そ、そんなことはないよ……」

「当たりか。わかんなくはねぇけど、お前も女子高生も機械じゃねぇんだから、そこんところは、会話、をしなきゃいけねぇぜ?」

「か、会話?」

「いやいや、当たり前だろう? 言いっぱなしなんて、どう考えたって嫌な店員じゃねぇか。言われた側のことも考えろよ。一方的に言われて、いなくなってみろ、言い訳やら文句やら言いたくなるだろう? 外はクソ暑い。そんな中で通話してるんだから、なんか理由はあるだろう?」

「そういえば、さっき抹茶のソフトクリーム買ってたかも」

「そうか。暑いから逃げてきたんだな。で、話さないといけねぇことがあったから仕方ねぇけど、店内で通話をしている、と。そうやって考えたら、こっち側もいつもだったら、注意して出てもらうが、言い方が変わってくるだろ?」

「例えば、少し声の大きさを小さくしてください、とか?」

「いいね! そういうのでいいんだ。そのあとに女子高生が謝ってきたら、外は暑いので中で涼んでいただいて構いませんよ、とか言っておきゃあ、お前……」

「そうだね! 僕は悪い印象を持たれない」

「いやぁ、そっちに行くとは思わなかったが、まぁ確かにそうだな」

「何? 間違ってる?」

「そこはよぉ、女子高生からよく思われるとか、そんなんじゃねぇの?」

「そ、そんなの考えたこともないよ!」

「まぁ、なんだ、とにかく行ってこい」

「わ、わかった」

「手と足が一緒に動いてるぞ!」


「暑いからね、外」

「………………か?」

「まだ。もう少ししないと出れないし」

「…………ぅ」

「あ、あの……」

「はい?」

「店内での通話はできればご遠慮頂きたいのですが……」

「わかりました。すいません。気を付けます」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「……もう……」


「ど、どうだった?」

「とりあえず、注意はできた」

「なんて言われたんだ?」

「わかりました。すいません。気を付けますって」

「それで? お前はなんて言ったんだ?」

「よろしくお願いします、っていったよ」

「かー」

「な、何?」

「なんかこう、もっとあんだろ? 他の言い方というか、会話のやり取りというか」

「そんなこと言われても……」

「なっさけねぇなぁ」

「……それよりさ、ちょっと気になることがあって」

「ん? なんだ? スゲェ美人だったか?」

「それはわかんないけど、あの女子高生……多分、通話はフリだと思う……」

「フリ? どうしてそう思った? それになんでそんなことするんだ?」

「なんでかはわからないよ。ただ、彼女の持ってたスマホの画面。真っ暗だった。通話してるときの光り方もしてなかった」

「どういうことだ? 通話のフリするなんて? なんか意味あんのか?」

「……考えられることがあるとしたら……」

「なんかあんのか?」

「多分としか言いようがないけど、考えられるとしたら会話をしていることを知られたくなかったんじゃないかな?」

「はぁ? どういう意味だよ?」

「声を小さく。そのままの意味だよ。会話をしていると思われたくなかった……多分、僕らに」

「普通よぉ、そういうのって聞かれたくない、じゃないのか? そこは? それに何でそんなことする必要があんだよ?」

「それはわからない……直接、きくしかないかな」

「お前……聞きに行くのか?」

「…………」


「それよりも少し気になることが……あの店員……」

「あの……」

「は、はいッ!」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「はいッ! 大丈夫ですけど、こちらからも一つ、尋ねたいことがあるんですが?」

「なんで——」

「どうして——」

「「ずっとひとりでしゃべっているんですか?」」

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今時也 黒メガネのウサギ @kuromeganenousagi

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