第22話 『加川蓮斗』

モノはすぐにターゲットを切り替えた。

自分の頭上に立つ蓮斗を反射的に切りつけようと刀を振るう。

しかし、気づけばそこには誰の姿もなかった。


危機を感じたモノは後ろを振り向くと、同時に足が顔面に衝突する。

そのまま吹き飛ばされ、天井にぶつかったのち地面に着地し鞘から刀を抜く。


居合いの斬撃を飛ばすと、蓮斗は信と景を抱えて後ろに跳んだ。

大怪我している人間を抱えて動くなんていうのは危険だがやむを得なかった。


「お前ら動くなよ。腕がないやつはどうにか止血しろ」


信にそう言って前に歩く。


モノにゆっくりと近づく蓮斗に、信たちは何も言えない。


「久しぶりだね、蓮斗。やっぱり来ちゃうか」

「キラー。本当に久しぶりだな」


すぐに三方向を囲まれた。

シュウジ、キラー、モノの三人は蓮斗に一斉に襲いかかる。


蓮斗は低い姿勢のモノが肩を抜こうとした瞬間、モノに詰め寄り手で柄を押さえつけることで抜刀を阻止。

振るった拳で殴り飛ばした。

吹っ飛んでいくモノが持っている刀を鞘から抜いて奪い取り残り二人の地面を刀で切り落とし穴を作る。


先に狙いを察したキラーは跳んで避けるがシュウジは落下していく。

キラーは空中で体を動かして蹴りを繰り出す。


それを受け止めると同時に落ちていくシュウジの頭に踵落としをくらわせ下に落とし、キラーに向かって刀を振おうとすると、その腕を後ろからモノに掴まれた。

隙ができたと思ったキラーはもう一度蹴りを行うが、蓮斗は後ろに退がって避けながらモノの腹に蹴りをいれた。

なんとかその場に踏みとどまり蓮斗から刀を奪い返すモノ。


そのまま鞘に戻し、もう一度引き抜く行為を一瞬で行う。

激しく規模の大きい居合い。

それを至近距離から振るわれた蓮斗は、手を手刀のようにして振るい爪で弾き飛ばした。


「はああ!?」


折れた刀身が真上の天井に突き刺さり驚きの声を上げるモノ。

どう考えても異常な出来事に動揺し咄嗟に後ろに退避する。


対してキラーは蓮斗に後ろから襲いかかる。

正々堂々なんて言葉は知らない。

一対多数の利点を活かし、完全な不意打ちをかける。


しかし気配はすでに掴まれていた。

突き出した拳を上に跳んで避けた蓮斗は天井に突き刺さった折れた刀身を引き抜き、地面に落下しながらキラーを踏みつけ、モノがいる方向に刀を振り下ろす。

届くわけがない、が。

モノの居合いと同じような現象、斬撃が飛んでいき、モノは体に深い傷を刻まれ、背中から地面に倒れた。


自分を踏みつける足から脱出するキラーが蓮斗にぶつかっていく。


地面の下から何かが向かってくる気配がしてきた。

感じからしてシュウジの衝撃波だと思った蓮斗は地面を力強く踏みつけた。

すると蓮斗の周りが少し盛り上がり地面にヒビを入れる。


地面を破って下から現れたシュウジが拳を突き出し、正面のキラーはナイフを振るう。

ナイフと拳を同時に避けシュウジの胸に刀の刀身を突き刺し貫通させる。

シュウジの後ろに回り貫通した刀身をキャッチし首を狙って斬撃を繰り出す。


咄嗟にガードのつもりで腕を構えながらシュウジを引っ張って後ろに退がるキラー。

しかし一瞬間に合わず、キラーがガードのために構えた右腕が切り落とされた。


地面に落ちる前にそれをキャッチした蓮斗は刀を捨てた。


「とりあえず腕の借りだけは返しといてやるか」

「随分優しいんだ。そういうのは君の性分ではないと思ってたけど?」


腕を切り落とされておきながらキラーは笑顔でそんなことを言った。

それに蓮斗は何も感じていないかのような無表情で返す。


「相変わらず中身が読めない表情だな、蓮斗は」

「そういうお前は相変わらず目だけ笑ってないな。目を笑わせられないやつの作り笑いは一般的に不気味だって気づけ」

「ひどいな。僕は愉快な気持ちだから笑ってるだけなのに」

「お前にそんな感情はねえ」

「それは君の方だろ?感情なんてないくせに、どうして君は守るための戦いをしている?そんなに斉藤玲奈が気に入ったのかな?」

「そうだ。玲奈を守る。あいつと、そして俺の友達と生きることが、今の俺の戦う理由だ」


それを聞いたキラーは上がった口角をさらに上げ、その表情の不気味さを際立たせる。


「友達、か。昔の君からは考えられない単語だ。斉藤玲奈の何が君をそこまで変えたんだろうね。そんなに人間として生きることが楽しいかい?」

「少なくとも、戦う兵器として生きてた頃よりは楽しいな。お前はどうなんだ?自由の身になって、考え方が変わったこともあるんじゃないのか?その気持ち悪い作り笑いは、その証拠だと思うけど」


キラーが強く踏み込んだ。

向かってくる拳を受け止めた蓮斗はそのまま力勝負で拳を押さえ続ける。


「変わってないよ。僕らは、どこに行っても受け入れられはしない。かつて僕らを育てた彼らだけじゃない。それ以外の全ての人間が生きる世界でも、僕らは受け入れられない」

「そんなに他人に認めてもらいたいのか」

「ああ、認められたいとも。兵器だった君にはわからないだろうね。誰からも愛情を受けることなく育っていた君には……!」


鍔迫り合いの状態からもう一度強く踏み込んで蓮斗を押し飛ばすキラー。


「僕らは僕らの存在を知らしめ、認めさせる。いや、認めざるをえなくする。それが僕ら『キラーグループ』の行動理由だよ。まずは手始めに『能力機動隊』だ。この腐った世の中の治安を守るとほざき、その実邪魔な存在を抹殺するだけの暗殺部隊。これほど見せしめに適した組織はない」

「随分人聞きの悪い言い方するな」

「間違ったことは言っていない。『能力機動隊』は能力犯罪を取り締まり、場合によっては殺害だって認められてる。明らかに異常な組織だ。僕らと何が違うって言うんだ?」

「一緒にするな。『郷に入っては郷に従え』。今の社会、従えない奴は容赦なく消されるんだよ」


どんなことを言おうが、社会のルールを守れないキラーは社会にとって異端で迷惑な存在でしかない。

だから蓮斗は止める。

迷惑なタイプの空気の読めない人間を消すために。


「やっぱり君は冷たいな」

「お前が優しすぎるんだ」


それでも、とやはりキラーは思う。

目の前にいる強大な敵を見て。


「やっぱり、君は感情が欠落してるよ」


持っている腕をその場に落と、腰にさげていた銃を手に取る。


「へえ、君も武器を使うんだ。素手の方が戦いやすいんじゃなかったっけ?」

「素手の方が戦いやすいという意見は変わらない。でもこっちの方が確実に殺せる。それに」


銃弾を装填し、蓮斗は息を吐く。


「どっちでやっても、お前には勝てる」


背中がゾワッとしたような感覚を味わう。

今回戦場に赴いてキラーが初めて感じた、命の危機。

全く変わったように見えないその目だったが、確かに色が変わったと思う。


一歩、蓮斗が前に出る。

その身に宿る力の本領を最大限に発揮し、キラーに襲いかかる。


その、瞬間。


「キラー」


声が聞こえた。

そこにいるはずのない、人物がいることに蜜や蓮斗も少し驚く。


『二次元サークル』もその光景が異常で、すぐに理解できなかった。


一般人が来ていいような場所ではないこの戦場に、『キング』と梅川樹貴がいるのだから無理はない。


声をかけられたキラーは後ろを振り向く。

そこには梅川樹貴ことウォーカーと、彼女の横に立つ一人の男と女たちの姿があった。







『二次元サークル』の理解力を遥かに超える戦いを見せられた。

それを目で追うことなど許されず、間に入ろうとしただけで体なんてバラバラにされてしまいかねないと思わされるほどに異質な戦い。


たった一人で三人の怪物を相手にして、うち二人を戦闘不能にし、残る一人は腕を一本切り落とされた。

レベルが違うとかの問題じゃない。

蓮斗だけは、自分たちとは次元が違うのだととりあえず整理しておくことにした。


そして、彼らの理解が追いつくよりも先に、事態は先へと進んでしまったらしい。


「ウォーカーじゃないか。君の方から来るなんて、偶然かな?」

「そんなわけないでしょ。私は自分の意思でここに来た。あなたたちと決別するために」

「決別……ね」


樹貴は恐怖心が一切感じられない目をキラーに向けた。

キラーは少し驚きながらも感心した。


自分たちの前では感情を押し殺していた彼女が、今は敵意を向けている。


面白味を感じ、乗っておくことにした。


「具体的には、どうするのかな?」

「あなたを倒す。殺すことはできないとしても、せめて瀕死くらいにはさせようかな」


その様子を見て、蓮斗は心の中で首を傾げた。

蓮斗としては、『何を言ってるんだあいつは』という感じだった。

手合わせしなくても、見ればわかる。


梅川樹貴はキラーよりも弱い。

絶対に勝てない。

断言できてしまう。


手を出してはいけないタイミングだと思う蓮斗だが、同時に助けるかどうかも迷う。


樹貴を心配しているわけではない。

樹貴の命など蓮斗にとっては本当にどうでもいいことだ。


重要なのは樹貴の存在の大きさ。

彼女を生かすことが今後の利益につながるのか。


即ち、隊長である男の娘、藍葉美濃を守ることに繋がるのか。


「………………………」


抜きかけた銃を服の中に戻す。

結論は、『繋がらない』だった。


いてもいなくても変わらない。

大して利用価値もない。

助ける理由が見当たらなかった。


ここは静かに傍観し、『二次元サークル』のサポートに徹することにした。


「瀕死、か。君の能力を使うつもりなのかな」

「そうじゃないとこっちが死んじゃうし」


二人の会話を邪魔するものはいない。

横に立つ拓馬たちも一切口を出さない。


それどころか注意しているのはモノとシュウジの動きだった。


しかしそれが意味のないことだとは本人たちは気づかない。


状況を見られているのはむしろ拓馬たちの方だ。


「懸命な判断だけど、いいのかい?一対多数の戦いにはまったく向かない能力じゃないか」

「それでもやる。私は覚悟を決めたの」

「後先考えないみたいだ。僕を抑えたところで、モノやシュウジを倒せるかな。周りは知らないだろうけど、君はどれだけ危ない状況に立たされているかわかっているだろう?」


それを言われた樹貴は狼狽えた。


完全に図星だった。


「まあ、なんとかする。それに、あなたたちも楽勝ってわけじゃないでしょ」


味方陣営のダメージは大きなものだったが、敵も大きな傷を負っている。


キラーは片腕がないし、モノはようやく立てているように見える。

シュウジも立ち上がってはいるがモノよりきつそうに見える。


「自信満々だったくせに、『能力機動隊』相手に手こずってるの?」

「勘違いはよくない。まあある意味ではあっているけど、間違っているとも言えるね。あのバケモノはちょっと説明しづらいんだ」


意味がわからず首を傾げた樹貴だったが気にしないようにする。


「まあ、いいわ。ここへはあなたと話をしに来たんじゃない」


きちんと決別をするため。

覚悟をきちんと決めるために来た。


「一応言っておくけど、僕と戦う意味がわかっているんだろうね。被害を受けるのは君だけじゃない。君を匿っている周りの人間も被害を受けるよ」

「…………………」

「狼狽えることはないよ梅川さん」


横からかけられた声に反応し拓馬を見る。

拓馬は優しい顔で微笑んでいる。


それを見て、樹貴は謎の安心感に包まれた。


「そうだね。もう一人じゃない。みんながいる」

「そう、変わったんだ」


心が死にきっていた頃とは大違い。

今は希望を見出したようで、自信があるように思える。

キラーは面白いことになったと笑っている。


「じゃあ、やってみようか。君の覚悟を見てみよう」


ゆっくり近づいてきたキラーに、樹貴も近づいていく。

お互いの距離が近づくのを誰も止めない。


静かに、お互いの手がギリギリ届かない範囲に入った瞬間にキラーが動いた。

拳を振るう勢いをつけるため一歩前に踏み込む。


その動きを全く目で捉えられない樹貴は命の危険を感じる暇も与えられていない。


蓮斗もその光景を見て予想通りだと思った。


のだが。


「は?」


声を出したのは蓮斗だった。


何が起きたのかまったく理解できず整理をすることもできない。

目で捉えた光景を見て、それを事実として記憶しているが、理解ができない。


気づけばキラーは壁まで吹っ飛ばされた状態で地面に座り込んでいた。

それだけでも驚きだったのに、最も目を疑ったのは。


「あー、やっぱりこうなっちゃうか」


壁にもたれかかって座り込むキラーは口から血を吐き出した。

そんな口を押さえる手は、

残っていたはずの左腕。

それは切り落とされた右腕とは違って跡形もなく消え去っていた。

しかも腕の付け根からごっそりと。


「君は肉弾戦の一対一ではやっぱり最強なのかな?蓮斗さえいなければ」


戦いにおいてほぼ役に立たない梅川樹貴こと、ウォーカー。

彼女が『キラーグループ』に勧誘された理由はここにある。


ウォーカーの能力はカウンター。


本人の身体能力がどれほどのものかは関係なく、確実に当たる一撃必殺のカウンター攻撃を自動で行う。

一撃必殺とは言っても殺すわけではなく、戦闘不能が正確だが。


、個人の肉弾戦においては最強になれる能力。


この能力の前では、モノやキラーでも正面からぶつかることはできない。


しかしそれにも代償というものは存在する。


攻撃を行った樹貴の右腕がダラリと下がる。

力が一切入らないどころか腕が繋がっている感覚すら薄い。


身体能力に関係なく発揮される力量により、カウンターに使った部位は壊れてしまう。


「ま、腕一本であんた一人倒せるなら安いかな」


どこからか舌打ちが聞こえた拓馬。

それを聞いた瞬間、素早く前に出て両腕でガードの構えをとる。


すると切断はされなかったものの、一気距離を詰めてきたモノによって腕に深い切り傷をつけられてしまった。


「ガキが邪魔なんだよ」


そう言って立ち塞がった拓馬を蹴り飛ばすと、後ろに控えていた希良梨と流唯が抵抗するために動き出す。

しかしその必要はなかったようで、両陣営の間に割って入った蓮斗は刀を振るうモノの腕を掴んで動きを止め、腰に下がっている鞘を奪い取って野球の打者のようにして振りかぶった。


刀を離して地面に落ちる前にもう片方の手でキャッチし防御するモノ。

しかし抵抗虚しく、蓮斗のフルスイングは折れていた刀を粉々に粉砕してモノを吹き飛ばしてしまった。


鞘も同様に粉々になり自分が持っている部分しか残らなかったためじめんにぽいっと投げ捨てた。


「君が関係ない者を助けるなんて、本当に珍しい」


相変わらずの笑顔で立ち上がるキラーだが、蓮斗にはそれは強がりにしか見えていない。


「腕が一本ないとはいえ、お前を一撃で倒した。立ってるのもやっとだろ?」

「正直ね。しかし困ったよ。勝てると思ったんだけど、やっぱり彼女のカウンターに一対一では敵いっこないね。それで、僕を倒した彼女に利用価値を見出したかい?」

「そこはまだわからないな。だけど結論を出せない以上、無駄に死なせるわけにはいかない」


「そうか」とキラーは笑って下を向く。

その後自分の横に移動してきたモノ、シュウジと目を合わせた。


「全員負傷も酷いし、ここは退避だね」

「わかった」


返事をしたシュウジが両手を上げた。

それを思いっきり左右に広げた瞬間、衝撃波が発生する。

凄まじい威力の衝撃波。


建物内全体を巻き込んだそれは防御体制を余儀なくされ動きを止められてしまう。


逃げる隙を作ってしまったことに舌打ちをした蓮斗。


「じゃあね蓮斗。また会おう」


それに返事をする間もなく、蓮斗の前を通って『キラーグループ』は建物の外へと逃走した。







理解を超えた戦い。


俺には何もわからなかった。


その戦いに身を投じる資格さえ持ってはいなかった。

完全に蚊帳の外だ。


戦いになんていなかったし。


「…………。景……」


血は未だに止まっていない。

量を抑えることはできているが、このままでは死んでしまう。

とにかく、救急車だ。


早く病院に、いかないと……。


「信……?」


巴の声が聞こえた気がした。


ちょっとやばい。

視界が段々とぼやけてきてる。

ていうか、寒い?


そういえば、俺も結構深い切り傷をいれられてたっけか。

それだけじゃなくても、能力の影響やクマとの戦いで体に影響が出ている。


これは、無理だ。


そう思った時、俺は気を失った。







目を開ければ、気持ちのいい温かさを感じた。

ふかふかで、包まれてる。


近くからは一定間隔でピーピー音が聞こえてくるし、これは決定だろう。


「病院か………。ついに入院したんだな」

「信くん!?」

「ぐづああぁぁ!!!」


ベッドの横に座っていた稲葉先輩が思いっきり抱きついてきた。

体の至る所が痛む。

特に痛むのは胸だ。


刀を持った男につけられた十字傷がやばい。


「せ、先輩痛い!傷傷傷きずきず!!」


必死にそう叫ぶと「あ、ごめん!」と言って離れて椅子にちょこんと座ってくれた。


戦っている時ならアドレナリンで痛みがあまり気にならなかったが、寝起きで感覚が薄くてもお構いなしに痛みは襲ってくるらしい。


「まさかここまでやられるなんて、あの大きい人、そんなに強かったの?」

「大きい人……?」


それはおそらくクマのことだろう。


「まあ、クマも強かったですけど、問題はその後だったんです」


魔力の使いすぎで先に撤退した先輩はあの戦場で何があったのか知らない。

というか、みんなボロボロでさぞ驚いたことだろう。

俺は先輩が撤退した後で何があったのか全て話した。


シュウジを含めた三人の男に返り討ちにされたこと。

見知らぬ男が助けに来て三人を圧倒したこと。

『キング』が来て梅川が相手を倒したこと。


「だからみんなあんなに。景くんなんて、死ぬ寸前だった………」


それはそうだろう。


腕を切断された景は出血量が一番ひどかったはずだ。

しかし寸前だったということは、死んではいないのか。


あれ、そういえば、もっと重症の人がいなかったか?

そうだ、真辺さん。

あの人、どういうわけか片眼が潰れていたはず。


「あの、先輩!真辺さんは………」







「眼は完全に潰れしまっています。銃弾が貫通していなかったので少し厄介でしたが、取り除くこともできています。特に後遺症も残らないでしょう。ですが、眼はどうしようもありません」


目を覚まして少し落ち着いた頃になって、蓮生くんと私は医者から蓮生くんの体について話を聞いていた。


まあ体とは言っても、目立った傷は目だけだが。


とはいっても、潰れてしまっているのだ。

銃弾で至近距離から撃ち抜かれた。

後遺症でも残るのかと心配になったが、意外とそうでもないらしい。


「腕なら義手で代用することが可能でしたが、脳と直結している眼は、どうにも………」


蓮生くんは今はもうない片眼につけた眼帯を手で押さえる。


「視界の半分が暗い感覚ってこんななんですね」

「真辺さんの能力、出力が落ちるといったことはなさそうですが、条件は厳しくなりました。戦いでも支障がでるはずです」

「大丈夫ですよ。それくらいで負けたりしませんから」


笑顔で放たれたその言葉。

でもそれが強がりだと、私にははっきり伝わった。


医者が病室から出て行った。

私はそれで堪らなくなって、思わず彼に抱きついた。

傷が痛まない程度に、ゆっくりと。


「隊長………」

「今は蜜って呼んで……」

「…………はい」







「一番危なかったのは君です。有田景くん」

「…………………」

「肋骨の骨折。さらには体に斜めにつけられた切り傷に、切断された右腕。出血量が多すぎて、助かったのが不思議なくらいです」

「まあ、生きてたんで、よかったです」


なんて言いながら笑うが、先生は全く笑わなかった。


「君の右腕、くっつけることはできないので、義手をつけました。自由に動かすことができますが、注意が必要です。それは君の魔力でくっつき、動いています。今後の戦いでは気をつけてください。魔力を使いすぎて魔力切れを起こした場合、それは維持できなくなりますから」


それは、動かせなくなるどころか、外れてしまうということだろう。

今まで命さえ助かればと気にせず能力を使っていたのが、これからは制限がついてしまうのか。


包帯を巻かれた右腕の義手を見る。

これは俺の弱さの結果だ。


俺だけじゃない。

あの場に行った『二次元サークル』は痛感したはず。


命の危険。


俺らにはまだ戦う力が足りない。

俺らはまだ、まだまだ弱い。


話によれば誰かが助けに来てくれたらしいが、もしそれがなかったら?


考えると体が震えてくる。


右腕を押さえ、やっぱり違うなと思う。

触覚はある。


でも、感じ方が、やっぱり違う。







比較的軽症だった美濃や巴は老化の椅子に座って体を休めていた。


お互い言葉を交わすことはなく、ただ椅子に座って呆然と。


少しは強くなったつもりでいた。

訓練の中で感じていた差がある。


巴はもともと喧嘩が強く、信や景にも負ける気はしていなかった。

でも訓練が始まってからの彼らの成長は凄まじい。

正直、今の巴は勝てるかどうかわからずにいる。


それどころか、凛まで自分を追い越し始めている。

焦りがある。


自分は戦力になれるのか。

いざという時、みんなを守るために戦えるのか。


『キラーグループ』と戦った時のように、戦いにすらならなくなってしまうのではないか。


美濃も同じ考えだ。

ただでさえ戦力として考えると乏しい自覚がある。


自分だけ置いてけぼり。

みんながどんどん前に進んでいく中で、自分は進めない。

そんな疎外感を感じる。


『キラーグループ』との一戦は『二次元サークル』に大きな刺激を与えた。

そしてある疑問を与えた。


自分たちは、これからも戦うことができるのか。







屋上に立つ男はそこから見える景色を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

まったくの無傷であの戦場から帰った怪物。

加川蓮斗。


「約束通り来てくれてよかった」


そんな彼を呼びつけた蜜は屋上に現れ、蓮斗の横に立った。


「呼ばれた理由はわかってる?」

「『キラーグループ』について聞きたいんですよね?」


そう答えると蜜は頷いた。

情報が一切皆無の謎の組織。


その情報を、蓮斗は掴んでいるに違いないと蜜は思った。

それどころか、あの男たちと窮地の仲のような発言もあった。

気にならないわけがない。


「あなた、彼らについてどの程度知ってるの?」

「組織については知りません。でも、キラーとモノについてなら知ってます」


聞き慣れない名前に少し表情を歪める蜜。


「キラーは両腕をなくした方で、モノは刀を持ってた方です」


それを聞いて蜜は納得したように頷いて続きを聞く。


「わかってるとは思いますが、会ったことがあります。昔捜査であいつらと対峙する場面がありました。第三部隊の調査対象だった頃に」

「それは、前に『キラーグループ』の捜査をしたことがあるってこと?」

「いえ。その時捜査してたのは『キラーグループ』じゃないです。あいつらと遭遇したのは、当時捜査の対象だった組織が用心棒として雇ったからでした」


つまり『キラーグループ』の存在に関しては認知していなかったということ。

ならばこれまでキラーとモノの存在を示さなかったことにも説明がつく。


「あなた一人が救援に来たのは、隊長の指示?」

「ええ。車で行くより俺が走って行くのが速いって」


蜜は蓮斗を観察する。

やはり、信じられない。


この男が、たった一人でキラー、モノ、シュウジを圧倒し自分たちを助けてくれたこと。


失礼な話だが、見た目だけではとても強そうには見えない。

立ち姿もなんだかだらけているし、柄も悪い感じがする。

目なんて光がまったくない。


「なんですか?」


視線に耐えきれなくなった蓮斗が蜜に問いかける。


「いや、君、すごく強いんだね」

「…………まあ、喧嘩には自信があります」


第三部隊副隊長、加川蓮斗。

その存在は当然知っているし、面識もある。


しかしあれほどの実力を持っているとは知らなかった。


「どうして君みたいな人が第三部隊にいるの?」

「それは、目立った功績をあげてないからでしょうね。戦いばかり強くても意味がありませんから」

「………………………」


蜜は感じる。

蓮斗の存在、それを改めて観察する。

見た目はたしかに強そうには見えない。

でも、今はどこか違和感を感じる。


「……………嘘だね」

「………………」

「君、どうして第三部隊に留まっているの?」


ここで初めて、蓮斗の視線が蜜に向けられる。

その目は変わらず暗いままだが、今はどこか違う色を含んでいる気がした。


「俺が第三部隊に留まっていることが不満ですか?」

「不満てわけじゃないけど……」

「なら理由を話す意味はないですね。俺が第三部隊にいるからと言って、困る人間がいるわけでもないですし」

「………そう」


何かしらの理由はある。

それをしめしながらも、これ以上追求する理由をなくされた。

どうやら興味本位で踏み込んでいい領域ではないらしいことを理解した蜜は、それ以上追求することをやめた。


「あなた、兵器だったって、どういう意味?」


正直出すべきか迷っていた話題を口にする。

蓮斗とキラーの会話を、蜜はよく聞いていた。


蓮斗の過去。

生まれながらの兵器。


それがどういうものかはわからないにしても、キラーとなにかしら関係があるのは確実のはず。


「………………」


蓮斗は何も答えない。


「答えて。あなたはさっき、昔の捜査でキラーやモノと遭遇しただけだって言ってたけど、違うでしょ?」

「………………………」

「何かもっと別の関わりがあるはず。もっと深くて、複雑な

「古矢蜜」


空気は変わった。

突然蓮斗の口から放たれた自分の名前。

蜜は自分をじっと見る蓮斗を見て、全身が総毛立つ感覚を味わった。


その瞳はまるで、敵でも見るかのような………。


「それについて深入りはしないことだ。あんまりやりすぎると、命の保証ができない」

「それどういう意味?」

「そのままの意味だ。お前だけじゃない。『二次元サークル』の子供達、それから、お前の恋人も。今度こそ死ぬぞ」


目が見開かれる。

『能力機動隊』では『二次元サークル』しか知らないはずの自分の恋人の存在。


それを目の前の男は知っている。

それだけで、蜜に恐怖を感じさせるには十分だった。


「………あなた、何者なの?」

「俺は第三部隊副隊長、加川蓮斗だ」


そう言って蓮斗は屋上から去って行った。

そこで、蜜は自分の呼吸が乱れていたことに気づく。


嫌な汗が流れる。


あの男を敵に回す恐怖。


「…………なんなのよ、いったい……!?」

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