第20話 『恋愛脳の怒り』

『二次元サークル』と『キラーグループ』の刺客が戦いを繰り広げる中、『能力機動隊』は今までにないピンチに陥っていた。


始まりは第四部隊の壊滅。

救援要請の連絡があった。


他の部隊が救援に到着した時にはすでに第四部隊は壊滅していた。

全員が死んでいたのだ。


続いて救援に到着した第五部隊も壊滅。


そして、第一部隊が到着した。


「これは………」


ある建物の中で、蜜と蓮生はその惨状を目の当たりにしていた。

どこまでも血みどろ。

転がっている数々の切断された手足や生首。

壁にも血がべったりで、正直気分を悪くしている。


蜜は銃を取り出しいつでも使用できる状態にする。

蓮生はそれらから目を逸らすことはせず、一つ一つよく観察していく。

目の前にいる二人の男と戦える状態に身構える。


「あんた、シュウジ……?」


その姿を見て蜜は合点がいった。


「そういうこと。『二次元サークル』がターゲット入りしたのはあなたのせいなのね」

「まあ、敵の敵は友達だろ。親切心だよ」

「ちぇー」

「隊長、緊張感」


注意を受けた蜜だが緊張感はある。

シュウジは、まあ、負けるイメージが微塵も湧かないが、もう一人の男。


初めて見る顔だが、なんとなく恐怖を感じる。


「そんな怖い顔で見ないでくれないかい?」


まったく緊張感のない表情と声色。

それが逆に不気味さを発揮させ、蓮生と蜜を恐怖させる。


「もう第一部隊しか残ってないわけじゃないけど、こんなに早い段階で最強の部隊に出会うなんてね。僕としても予想外かな」


そう言って一歩踏み出した男に蜜は銃を向けた。

それに反応し、動きを止めた男はため息をついて困った顔をする。


「やっぱり、交流は無理なのかな。僕はキラー。君たちの敵である『キラーグループ』のまとめ役、とでも言えばいいのかな」

「キラー……」

「わかっているとは思うけど、今僕らは君たち『能力機動隊』を壊滅させるために行動しているんだ」


理由のわからない殺人行為。

単なる仕事なのか、自分たちの意思で動いているのか。

自分たちの意思なら、その目的はなんなのか、理解ができない。


「目的は、まあ言わなくてもいいかな。言ってもどうせ………」


背筋が凍る。


一瞬で空気が冷え、味方側であるはずのシュウジでさえも汗を流す。

表情が変わったわけでもないのに、なぜかその顔に、深い闇が差し込んだような気がして。


「どうせ、君たちにはわからないよね」


後ろで何かが動いたことに、蜜と蓮生は同時に気づいた。

後ろを振り向いた蓮生は僅かに頭を後ろにずらし振り抜かれた斬撃を避ける。


手に握られているのは日本刀。

要領は居合と一緒なのだろう。

即座に蜜が動く。


しかし刀を握った男に目を向けることはなく、完全にノールックで銃を発砲する。

狙いは驚くほど正確。

眉間に向かっていく銃弾は、しかし刀で簡単に防がれる。

そこでようやく僅かに視線を移した蜜、入れ替わるようにキラーとシュウジを視界におさめ、ようと思ったのも束の間。

一瞬目を離した隙にキラーの姿がなくなっていた。


シュウジだけがその場に取り残されているのを見たとき、体が勝手に動いた。

気づけば蓮生は自分の顔が地面にめり込んでいた。


蜜はいつの間にか蓮生の頭上に現れたキラーに動揺しながらも刀の動きに反応し一歩後ろに退がった。

その直後、足元が刀で一直線に切り裂かれ、明らかに刃の長さが届いていないにも関わらず下の階の地面までもが傷つく。


即座に蓮生のすぐ近くにテレポートし、蓮生に触れようとした瞬間腕を掴まれた。

手が蓮生から引き離された直後に顔に向かってきた足を腕でガードするも衝撃のあまり体が飛ばされる。

飛ばされながらも体制を整え着地。

しかし休む暇はなく、前後を刀を持つ男とシュウジに挟まれてしまう。


テレポートで遠くには逃げず自分に頭上に移動する。


蜜を掴もうとしたシュウジの手は空を切ったが刀の軌道は正確だった。

テレポートした蜜はすでに自分の顔に向かって振るわれる刀を銃でガードし今度こそ敵から距離を置くためテレポートで逃げた。


「さすがだね第一部隊隊長。僕ら三人を相手にここまでやるなんて。モノの居合を二回も回避するなんて、本当に驚きだよ」

「モノ………」


それが刀を持つ男の名前かと確認しながらも、状況の絶望さに汗が流れる。

シュウジ一人でも十分手がかかるというのに、それを超える敵が二人もいる。

おまけに蓮生が実質人質に取られた状態で逃げるわけにもいかない。



「蓮生くん………」

「安心して。彼を殺しはしない。少なくとも君が死ぬまではね」


キラーは蓮生の後頭部に手を置いたままどかすことはない。

蓮生がこの場にいれば、蜜が逃走することはないとわかっているのだ。

蓮生の救出に成功するか、蓮生が死ぬか。

そのどちらかの条件がクリアされるまで、蜜は蓮生を無視できない。


「さあ、まだまだこれからだ。他の部隊はまだ到着に時間がかかる。じっくり楽しもうじゃないか」







スリッパが並べて入れられていたカゴを掴んでバットの形に変形させながらそれを振るう。

狙いは当たり僅かに体がよろめくレースだが巴の足に触れることで動きを停止させる。

しまった、と思う前に全てが停止する巴。


そして休憩することなくレースは拳を上へ突き出し、当たる瞬間に能力を解除する。


アッパーをきめられた巴は後ろに吹っ飛びカウンターレジの机にぶつかる。


「痛ったーー………」


顎を押さえながら泣き言を漏らす巴。

そんな様子を見て、アッパーをきめた手をブンブン振りながら「けっ」と吐き捨てるレース。


「殴る方も痛いんだけどね。そろそろ倒れてくれてもいいじゃない?」

「そういうわけにもいかないわよ。まだ死にたくないし」


立ち上がって手首を回したり肩を回したり跳躍したり。

準備運動をして気を取り直す。

気は晴れるも、体の痛みがどうしようもないという。


「ウェイトの方はもう終わってると思うけど、遅いわね彼」


ウェイトって、と思って巴は記憶を遡る。

そういえばレースと仲の良さそうな男がいたっけ。


「あれの相手してるのが変わってないなら美濃だっけ。あれに勝てるわけないじゃん」

「はあ?」


何を言ってるんだこいつは、というような感じで首を傾げるレース。

その態度には僅かに苛立ちを感じているような気がする巴。


相棒を甘く見られたのが鼻についたらしい。


「ウェイトがあんな女に負けると思ってる?能力の相性もいいし、戦いの実力も経験も上。そんな奴がどうやって勝つっていうわけ?根性とか、気合いとかで勝てるのは二次元の世界だけって知らないの?

「はあ?そっちこそ何言ってんの?」


バカにするような態度で話すレースにそのまま返す巴。

ハッタリにも思える威勢の良さに呆れかけたレースだったが、違和感を覚えた。

根拠があるわけではない。

なんとなくの直感。


巴の威勢が、どうしてもハッタリだと思えない。


「なに、どういうこと………?」


嫌な汗が流れる。


経験でわかる。

ウェイトは、いやウェイトだけじゃない。


自分たち全員、もしかすると負ける可能性があるのではないかと、そんな考えが頭をよぎった。

戦いのプロ、その中でも狂戦士と言われるほどに戦いに身を投じてきたからこそ感じる危機感。


「なんなのよこれ………?」


動揺するレースに巴は続ける。


「さあ、行くよ?私たちがもうただのガキじゃないってところ、見せてやるから」







完全に、戦況は変わった。


全員が能力を応用した別の使い方を模索している中。

一人その考えを捨てた者がいた。


どうせできないんだから、もっと違う成長をしよう、と。


そして考えたのがナイフ。


ウェイトの肩に向かったナイフが振り下ろされる。

容赦なく刺さったそれはウェイトの肩に穴を開け出血させる。

あまり珍しい傷ではないが、ウェイトは動揺する。


この状況はなんだ?

なぜ俺が圧されているのか、と。


ついていけていない。

完全に美濃の動きがウェイトを上回っている。

手ぶらの肉弾戦の時よりも速い、というより迷いがない。


振るった腕を姿勢を低くして回避しながらウェイトの腹を切る。

傷は浅いものの、たしかに痛みとダメージがある。


「このっ!」


反撃に出るウェイトの攻撃。

しかしそれも難なく避けながら懐の外に飛び出し、背中を向けながらもウェイトの腕にナイフを刺す。


また反撃に出る身それも避けられカウンターを決められる。


攻撃を仕掛けているのは自分なのに、自分の体にだけ傷が増えていく。

そのおかしさに恐怖を感じ始めた。


美濃のナイフの使い方が明らかに異質だった。


手の中で回転するナイフが鬱陶しい。

宙を舞うナイフがどうしても目に入る。


ナイフに気を配っていれば、今度は拳や蹴りが向かってくる。


どちらか一方に集中できない動きが気を散らせる。


胸に二本のナイフが刺さる。

それで武器を失ったかと思うも、どこからか新しく出した二本のナイフが足刺さった。


「何本持ってるんだお前は!?」

「さーて、何本でしょうか?」


余裕の笑み。

嘲笑う美濃はまたもやナイフを出すが、今度は四本だった。


両手に二本ずつ。

指の間に挟んだナイフを三本上空に投げる。

それが目眩しだと見切り美濃から目を離さない。


と、気を入れた瞬間、ナイフが飛んできた。

至近距離で能力を活用した投擲。

咄嗟にそれに反応し顔に向かってくるナイフを手で掴む。


その直後、目の前から美濃が消えていることにウェイトはようやく気づいた。

ウェイトの頭上を舞っていた三本のナイフをキャッチし着地しながら背中を切りつけた。


「やってることが殺意全開だぞ!」

「決まってんでしょ」


美濃の行動には躊躇がない。

それこそチャンスさえあればウェイトを殺しそうな勢いだ。

しかし、殺意はあれど殺すという考えはない。

さすがにそこまで覚悟は決まっていない。


「それくらいの覚悟がなきゃ戦えないでしょ!」

「こんんんのおおおお!!」


足に刺さったままのナイフを抜いて美濃の追撃を防ぐ。

それによって手から落ちた一本のナイフをウェイトの顔目掛けて蹴り上げる。

飛んできたナイフを避けるも、僅かに遅れてやってきた蹴りがウェイトの顎に直撃した。


視界で火花が散る感覚を味わい一瞬意識が落ちかけた。

それが、決定的な隙になった。


自分の体が空中をものすごいスピードで移動している。

一瞬気が回らなくなった瞬間に遥か上空へと投げ飛ばされていた。

上空に向かって一直線。


「くそ、まずっっ」


身動きが取れない。

空中を移動する術を持たないウェイトは何もできない。

自分を重くして落下したところで衝撃でどうなるかわかったものではない。

普通に落下するよりも危険なことになってしまう。


抵抗できない。

詰みだった。

しかし落ち込むことでもない。


なぜなら美濃にも何もできないから。

ものを投げられても、美濃が持ち上げられる程度のものなら簡単に弾ける。

まだ負けが確定したわけではないと鷹をくくった瞬間、妙な場面を目にする。


なんだか野球のピッチャーのようなポーズをとり始めた美濃。


手に握られているものがなにはわからないまでも、手のひらサイズより若干大きめなのはわかる。


「いや待て、あれは…………」


あれは、と結論を出す前にそれが投げ飛ばされる。

近づいてくるそれを見て確信した。


それはどう見ても野球ボールだった。


「ちょ、待て待て待て……」


たまったものではない。

野球ボールなんて美濃の能力で投げられたら、それこそ体に穴が空きかねない。

経験のない人間が、というより球技が完全に苦手な人が投げたとしても、当たれば普通に怪我をする代物だ。


だというのに、美濃は躊躇なく投げた。

あの女は少々覚悟が決まりすぎているとウェイトは心の中でつっこむ。


「待て、まてええええええ!!!」


叫び虚しく、凶器へと変貌したスポーツ用ボールは、未慈悲なことにウェイトの顔面に直撃した。


叫びを聞いた美濃は意外と弱かった男を放ってナイフを弄びながら呟いた。


「手加減してるから顔面の骨が砕けるくらいで済むわよ、きっと」


そう、きっと。

きっとそれだけで済んでいるはずだ。







あまりにも速すぎる動きを目でも気配でも追えない。


戦いが始まってからずっと、景は一方的に殴られ続けていた。

どうやら速度の上昇は能力の影響によるものであるため、エアリエル本人の体力は関係しないらしいことに気づき肩を落とす。


状況の打開策が思い浮かばない。

唯一勝負できる力もこれでは活かしようがない。


「くそが」


心底面倒そうに景は悪態をついた。







「景くんはあれかな、純粋に弱いね」


ある時の訓練の記憶。

いつも通り圧倒され地面に倒された景は蜜に酷いことを言われた。


内心傷ついたというのに、周りはそれを見て声を上げて笑う。


蓮生と手合わせ中だった美濃は唯一笑いをこらようと口をグッと閉じるも抑えきれずに吹き出し背負い投げで地面に投げつけられた。

凛でさえも眼鏡を外して顔を覆い隠している。


「えっと、それは……?」


どういう意味かと問いかける。


「言葉のまま。君は戦いの技術力が『二次元サークル』の中で最も低い」


まさかの最弱。

さすがに凛には勝てると完全に舐め切った自信を持っていただけに普通にショックらしい景。


「マジですか」

「大マジ。それでも強いように見えるのは、なんでも力でねじ伏せられるからなんだろうね。脳筋プレイは迫力があってすごく強そうに見えるけど、当たらなきゃ意味がない。現にその弱い部分が私や蓮生くんとの手合わせでは顕著に表れてる」


力任せは強いがやはり限界がある。

いくら怪力を発揮できるとはいえやはり肉弾戦を用いられる能力。

自分の肉弾戦の技術が相手の技術を下回っていたら、一点集中なんて能力の応用で怪力の精度を上げたところで使い所がない。


「どうすればいいんですか?」

「私の訓練のつけ方が悪かったから、君だけ内容を変更。私がいいと判断するまで、訓練の手合わせで能力を使うことを禁止する」

「はい!?」


景は驚愕した。


「ちょっと待ってくださいよ!そんなことしたら、俺があなたたちに勝てるイメージわかなくなるんですけど!」

「今のままじゃ能力があってもなくても一緒だよ。どっちみち私と蓮生くんに勝てるイメージなんかないでしょ。ただのトレーニングだよ。どう足掻いたって今のままで私たちに勝つなんて無理なんだから」


なんて自信なんだろう。

それが噛ませ犬ではないから本当にすごいのだが。


というわけで能力を使わない拳と拳のぶつかり合い、ではないか。

拳がぶつかる時間が始まった。

殴られる、投げられる。ねじ伏せられる。


「痛いです…………」


普通にボコボコだった。

景は立ち上がれずに泣き言を吐いた。


「ん〜、なにかな?」


考えるような仕草。

顎に手を当てながら頭を回す蜜は「はっ」となって景を見る。


「たぶん君は、勘が鈍いのかな。狙いすぎっていうか」

「狙いすぎ?」

「考えすぎってこと。戦ってる最中で頭を回すから動きが遅れてる」


完全に図星だった。

景は相手の動きを予測しそれに対する対策をたてる戦い方を行なっている。

しかし考えすぎで体がついていっていないのだ。


戦いながら頭を回すせいで考えている間にやられてしまう。


咄嗟の判断能力が欠けている。

戦闘センスがない。


「まあこれは完全に慣れなんだけどね」

「つまりコツとか存在しない?」

「その通り。まあ強いて言うなら、そうだな〜……」


景は立ち上がって言葉を待っていると。


「直感?」


何を言ってるんだこの人は、と景は思った。


「とにかく感じるの!考えるんじゃなくて、感じて!」

「無理ですよ!感じれないから頭回して戦ってるんですから!」

「だから慣れなの。さあ立って、続けるよ」







「ただのボコボコに殴られた記憶だろこんなの」


考えずに感じる。


自分の直感を信じる戦いに、結局慣れることはなかった。


直感を働かせるなんて景が最も苦手なことだ。

ほぼ一撃必殺の戦い方しかしてこなかったのだからいきなり戦闘スタイルを変えろと言われても無理な話。

だから慣れるしかない。


「やるっきゃないか」

「考え事?」


少し離れたところに立っているエアリエルが肩を回しながら声をかけた。


「まあな。でも今終わったから、いつでもかかって来いよ」

「そう?じゃあ遠慮なく」


そう言うとエアリエルの姿が消えた。

至る所から足音が聞こえる。

首を回しても見えることはない。


後ろから衝撃が走る。

それだけじゃなく、前からも横からも。

殴ったり蹴ったりと散々である。


「ふう………」


息をはく。


目を閉じて気持ちを落ち着かせると同時に頭を真っ白にする。


目を開いてはいけない。

頭を回してはいけない。


考えるのではなく感じる。


体内の魔力を右手に回す。

動くものを感じ、その右手を思いっきり左方向に突き出した。

右の拳はエアリエルの頬にクリーンヒット。


拳に反応できなかったエアリエルは容赦なく吹っ飛ばされた。


一撃必殺の攻撃を与えられたエアリエルが無事で済むはずがなく、その意識は暗闇の中へと消えていくのだった。


右腕を押さえる景は地面に膝をつく。


「よっしゃ。やればできんじゃん俺」


右腕の痛みに表情を歪ませながらも勝利の喜びを感じる景であった。







机を下から持ち上げレースに投げつける。


振るった腕で机を破壊しながら弾き飛ばすも一瞬塞がった視界の向こうから巴が向かってくる。

体当たりでレースを壁に叩きつけそのまま壁を破壊して外へと飛び出していく。


街道に出たことを確認した巴は何かの店ののれんを取り振り回す。

何度か避けたあとにのれんを掴んで動きを中断させるレースだったが、巴は素早くのれんをへし折りレースの首に打ちつけた。


衝撃でさらに折れてしまったのれんを投げ捨てレースの腹に蹴りを入れる巴。

威力のあまり吹き飛ばされるレースを追いかけ追撃を試みる。


巴の蹴りを受け止めたレースは能力で巴を空中で停止させ逆に蹴りのカウンターを決めた。

当たる瞬間に能力を解かれた巴はまともに蹴りをくらい地面に叩きつけられてしまう。

そんな巴に向かって振り下ろされる拳を避けて立ち上がりながらレースを蹴り飛ばした。


「そろそろそんなに時間かけてらんないかもね」

「そうね。こっちもそろそろウェイトが心配だし。あんたの息の根止めさせてもらうから」

「できないことは口にしないほうがいいよ。有言実行できなかった時に恥ずかしい思いするから」


挑発するような口調で言う巴に対し、たしかな怒りを感じたレース。


巴は横に置いてあった看板を拾い先端が尖った棒に変形させ槍投げの要領で投げ飛ばす。


それをキャッチして投げ返そうとした瞬間、急に槍の変形しだした。

両腕と首に巻き付いたことで身動きがかなり制限されたレースは混乱する。

一瞬思考がおかしくなった瞬間に距離を詰めた巴は姿勢を低くしてレースの足を蹴る。


空中に浮いた状態になったレースに向かって下から拳を振り上げた。


「触れるのが条件じゃないの?」

「練習してたのよ。戦いながらもずっとね!!」


体に巻き付くのれんを引き剥がそうとするが力足らずでなかなか壊せない。


その間に、巴は電柱に手を触れ変形を行う。


「じゃあねクソ女。この勝負は私の勝ちだよ」


突然ぐにゃぐにゃと曲がりながら揺れる電柱は容赦なくレースの方へと倒れていく。


レースの能力は形を変えるだけで材質までは変わらない。

だから、ぐにゃぐにゃ曲がっていくら柔らかそうに見えても、材質は普通の電柱と変わらないのだ。


倒れる電柱はレースを地面にめり込ませた。


かなり痛そうな光景。

というか本当にいたかったのだろう。


そのままレースが気を失い、ぐったりとしてしまった。


「ふう、一丁上がり」






絶えず飛行し続ける体。

ちょっとでも手元が狂えば壁まで一直線の応用でなんとかゴーストのスピードについていく。

常に強いられる細かい能力の制御によって魔力がみるみる削られていく。


この応用法は凛の動きをさらに速くするため、そして弱点である持久力を高めるための対処法。

凛自身の動きは遅くとも、能力による飛行速度は大抵の人間に追いつけるものではない。


それこそエアリエルのような者でなければ不可能だろう。


それを至近距離の戦闘で活用することで相手の動きを上回ることができる。


蜜の話では、凛は戦闘技術は決して低くはない。

純粋な肉弾戦で勝負すれば、下手をすれば巴にも届くかもしれない。


足りないのはスピードと、さらに致命的なのは持久力。

成績優秀で運動もできると学校で噂が立つ凛は、実は持久力がない。

身体能力は高いが体はうまくついていかないのだ。


常に体を浮かせた状態で飛行する応用はスピードと持久力の両方を高めることができる。


しかしこれも、長くは続かない。


持久力は前より上がったとしてもやはり魔力消費が激しすぎる。

使い続ければすぐに魔力切れを起こし行動不能になることだろう。


格段に上がった凛のスピードにゴーストはうまくついていけない。

ほぼゼロ距離では能力も役に立たない。


戦いにおいて空を飛べることの利点といえば相手の手の届かない場所に逃げられるというところだろう。

その利点を潰すためのゴーストであったのにも関わらず、凛は至近距離で素早く動くために飛行能力を活用してきた。

早々に有利な部分を潰されゴーストは焦る、なんてことはなかった。


圧されているのは間違いないのに逆に楽しんでいる、というか喜んでいる?


「ああ、ああ!いいぜ!美人な女にボコボコに殴られるってのも楽しいよなあ!?もっと殴れよほらあああ!!」


気持ち悪いと言う感想しか浮かばない凛である。

一応防御や反撃を本気でしているが今の凛にはあまり通用せずさらにカウンターをきめられる。


「たのしいなああああ!!??」

「楽しくない!!」


ゴーストの頭上から踵落としをくらわせ、間髪入れず姿勢を低くして拳を振り上げる。

後方へと体が飛んでいくゴーストは地面に足をめり込ませて着地。


凛はすぐに近づいて顔面に膝蹴りを直撃させた。


かなり容赦のない攻撃でもゴーストは姿勢を崩さない。

依然として笑い今の状況を楽しんでいる。


「もうほんっと気持ち悪い!」


膝蹴りをお見舞いした足を伸ばしながらゴーストを蹴り飛ばした。


心臓部に入ったその攻撃は容赦なく相手を苦しめたことだろう。

とどめの攻撃を加えるため飛行で移動、しようと。


足が地につくと同時に膝から崩れ落ちる。


地面に両手をつき額からこぼれ落ちる汗が次々と視界に入る。


「魔力切れ………!?」


行動不能。

実戦ともなれば負荷は訓練の比ではない。


「なんだ、終わりか〜?」


聞こえる声。

今にも倒れそうな体を手でなんとか支えゴーストを見る。

ゴーストはゆっくりと凛に近づいていき目の前でしゃがみ込んだ。


「さっきのはなかなか良かった。俺たち上手くやれそうじゃねえかよお。あそこまでいたぶってくれる女はそうそういねえ」


変態のドMが何かを呟いているが、聴覚さえ麻痺し始めている凛にははっきり聞こえない。


「でもまあ、そうだな〜?」


ゴーストは凛の顎に手を添えて顔を上げさせる。


「苦しそうな女もまた見応えあるよなあ〜?」


そう言うと、ゴーストは凛にゆっくりと顔を近づけてきた。

だんだんと視界の中で大きくなっていく顔を見て凛は嫌悪感を抱き身を退こうとするものやはり体が動かない。


気持ち悪い気持ち悪い。

その言葉で頭の中がいっぱいになる中で、凛はある考えが浮かんだ。


(あれ、この人今………、私にキスしようとしてる?)


キス。

恋愛に興味津々の凛とってそれは重要な経験であることを意味する。

生まれてこのかた、凛は誰ともキスをしたことはない。

初めては自分が心から好きだと思える相手に捧げることを決めているからだ。


それを、そんなに大事にしてきた初めてを、目の前の男は奪おうとしている。


頭の中で何かが切れるような音がした。

身体中に何かが湧き上がる妙な感覚とともに、その手が動いた。


「待って」


凛の手が近づいてくるゴーストの顔を、口を塞ぐようにして掴む。


「さすがにそれはだめでしょ」


ゴーストの頭の中が一瞬白くなる。

今目の前にいる人物は、自分がさっきまで見ていた者とは違うような気がして、明確な恐怖を感じる。


ずっと戦ってきて初めて感じた、稲葉凛から発せられる、本気の、迷いのない殺意。


「あんたに私の初めては絶対あげないから。調子に乗りすぎ」


頭蓋が割れそうな勢いで掴まれた頭が地面にめり込む。


ただでさえ魔力切れで機能しないはずの体が動き、人のものとは思えないほどの怪力を発している。

これは、これは純粋な凛の怒り。


自分の恋愛脳な心を踏み躙ろうとした男に向ける怒りが牙を剥き、容赦なくゴーストに降りかかった。

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