先生の煙草

毎年春が近づくと思い出す体験。

私は19歳のときに高校時代の恩師を亡くした。

肺を患っていたのは知っていたが、手術で持ち直したとばかり思っていたのに。

教え子として、葬儀には参加した。

泣きすぎて当時のことはあまり覚えていない。

でも、恩師の棺の中に煙草がないことが、とても気がかりだった。

「この星最後の喫煙者になる」、つまり一生煙草をやめないとまで言った愛煙家だったのに。

その一年後くらいに、唐突に夢の中に煙草が出てきた。

白地に赤い丸、その中心にロゴが描かれているパッケージ。

何となく、恩師の煙草の気がして、私は忘れないうちにその煙草を買いに行った。

もしかしたら、恩師はご家族からまだ煙草を供えてもらえていないのではないかと思ったのだ。

非喫煙者の私は煙草の銘柄なんてわからないから、正直に夢で見たままの特徴をコンビニの店員さんに伝えた。

すると伝わったらしく、すぐに見つけてくれた。

帰宅して、私は換気扇の下で煙草に火をつけた。

すると煙草の煙は、吸い込まれるみたいにのぼっていった。

後日、喫煙者の友達にその話をなんとはなしに話すと、その人は驚いたみたいに言った。

「先生、来てたんかな。煙草はね、吸わないと煙って出ないんだよ」と。

あれが恩師の供養になったのならいいなと、今でもときどき思い出す。

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