第7話 紫色娘が何かを言うておるな

「誰ですか、それ」

「む……違ったか。だがあの娘も貴様のような恰好をしておったな」


 ふむ。我の勘違いであったか。

 一瞬ひやりとしたわ。

 大きくため息をつく紫色娘は指をイーナに向けて少々ご立腹のようである。

 腹でも空いておるのだろうか。


「……イーナ・アストロノーフさんですよね。少々お話があります」

「あの、どちら様で……」

「はぁ。この腕輪を見ても気付きませんか?」

「もしかしてダンジョンモール運営の方?」

「はい。違反取締担当のバイアレッタです。そちらの方と一緒について来てもらえますか」

「はう……」


 うむ? 一体なんなのだ。

 スペルアイテムクラッシャーでないなら用は無い。

 しかしイーナが横からちょいちょいと我を引っ張って来る。

 ひそひそ話をしたいようだな。


「イーナよ。この紫色娘がどうかしたのか?」

「まずいですよドーグさん! 絶対あの件で怒られます!」

「あの件……そうか、我がスケルトンを創造した件か!」

「……今なんと?」

「もう! どうしてそんな大声で言うんですか! ばかぁー!」


 む……我をバカとは失礼ではないか。

 我は偉大なる魔道具をいくつも生み出す魔王、ベリドーグであるぞ。

 イーナにはもっと威厳を示さねばならぬようだな。


「イーナよ。我はバカではない。このハデス通貨をスケルトンに替えられるのだぞ!」

「あわわわわ。私、知ーらない……」

「お二人とも。ふざけてないで早く来て下さい。お貸ししている店舗のチェックもしますから」


 むぅ……話の途中だというに。

 紫色の娘はせっかちであるな。

 ――イーナの店に再び戻ると……ふむ。

 我の店とするには少々狭いし飾りっ気も無い。

 殺風景であるし、商品も今は無いといっていいだろう。

 外に出る扉以外に一つ別の扉があるようだ。


「アストロノーフさん。お店、ちゃんとやってなかったんですか? 」

「いえ、今日までちゃんとやっていたんですが、お客さん全然来なくて……」

「その前に売り物がありませんけど」

「それには深ーーい理由があるんです。はぁ……」

「私たちもここで真剣に皆さまに商売をしてもらいたくて店舗を貸し出してるんです。それは忘れて欲しくありませんね」

「待て紫色娘よ」

「誰が紫色娘ですか!」

「自覚はしておるようだな」

「うっ……私はバイアレッタです」

「うむうむ、バイオレンスよ。聞くがよい」

「バイアレッタです!」

「分かった分かった。そう熱くなるでない。イーナはきちんと商売をしておった。そして! イーナの客第一号がこの我である!」

「はぁ。お金持っているようには見えませんけど」


 ……この紫色娘め。なかなか確信をついてくるではないか。

 確かに今の我にはハデス硬貨しかない。


「いいですか。私はそんなことを話しに来たのではありません。まず一つ。ここでモンスターの襲来を感知しました。モンスターがダンジョンモールへ入ること自体はあり得ないことでは無いんです。獣魔というものがありまして……」

「ピキーー!」

「うむ、今我のマントに隠れておるムイのことだな」

「……という獣魔を連れて来る場合、その持ち主に必ず獣魔契約探知魔法が反応するはずなんで、すが……ええーーーー!」

「ムイちゃん。そっかドーグさんのマントに隠れてたんだね。ここが私のお店だよ!」

「だよ……じゃありません! どうなってるんですか? えっ? うそ? 私の知らないことが起きている……頭がクラクラしてきましたあぁ……」


 む……やはり調子が悪かったのだな。

 倒れてしまったではないか。


「紫色娘よ、しっかりするのだ。顔面まで紫色になっておるではないか。ええい、こんな時のためにこそ、我の開発する薬が必要であるというに」

「気を失ってますね。ドーグさん、どうしましょう?」

「ふうむ。ベッドなどは無いのか?」

「奥の部屋が狭いですけど私の寝泊まりする部屋なんです。そちらに寝かせておきますね。売り物にする予定だった薬草も、使っておきますか」

「イーナは優しいのだな。ムイよ、紫色娘が起きるまでそばにいてやるのだぞ」

「ピキーーーー!」

「それにしてもどうしましょう。モンスターを部屋に入れたら探知されるなんて、聞いてませんでした。獣魔も本来は特殊な契約がいるんですね」

「うむ。獣魔法陣という上に乗せて契約するのだ。スライムやゴブリンといった低俗なモンスターであればその限りではないがな。あの紫色娘はまだ知識が浅いのであろう」

「やっぱりドーグさんて凄い人だったんだ……」

「む? 我は人ではなく魔族だが」

「魔族? 魔族って人とどう違うんですか?」


 なんと、イーナは魔族を知らぬというのか。

 魔族の知識を与え、我の偉大さを知らしめてやろう。


「魔族は人より長命であるし、強大な戦闘力、魔法力、知恵を持つ者が多い。人族より結束力に乏しく、多くの者を集めて行動するには向かぬ種族だ」

「へぇ……それってエルフさんたちとは違うってことですか?」

「エルフとは大きく異なる。エルフは群れで行動を成し、神の森に住まう神の器という特殊な種族だ。そのあたりの者に興味があるなら……いやすまぬ。ここは我の研究室ではないのだな……我の資料はもう失われてしまった」


 いや、物質を引き寄せる魔道具を開発出来ればあるいは……道具くらいなら呼び寄せられる可能性がある。

 つまり、魔道具召喚であるな。

 なんの道具もない現状で行うのは厳しいわけだが。


「ドーグさんが本を書いていたんですか!? すごいです……でもドーグさんてもしかして、その研究室に帰れない事情があるんですか?」

「うむ。我は帰還する方法が今は無い。そのため休む場所なども用意せねばならぬが……イーナよ。もし宝箱の中身がそれなりのものであったなら、我に一室提供する方法が無いか考えてはくれぬか?」

「それは構いませんけど、バイアレッタさん次第ですね……それじゃ、宝箱開けてみましょうよ!」

「よし。魔道の首飾りよ、封じしものを全て吐き出せ!」


 成功だ。収納、放出双方問題なく機能しておる。

 改めて見ると飾り付けの細かい宝箱である。

 色は青く重さもそれなりにあるようだ。


「よかったー、本当に消えたんじゃなかったんですね。私の宝箱ちゃん」

「どれ、罠を調べてみるか」

「ああっ! ドーグさんが仮面を外……す?」


 我の右目に仕込んだ見通す魔の目があれば、罠の有無程度、造作もなく分かる……ふむ。

 どうやらこれには罠が一つあるようだ。

 ここは一つ、奴に命令して罠を取り除こうではないか。

 ……ポケットに入れてあったハデス硬貨が底を突いてしまいそうだが仕方あるまい。


「ハデス硬貨よ。その身を我が下僕に変えよ。サクリファイススケルトンシーフ!」

「はっ!? ドーグさんに見とれてたら……また骨ぇーーー! 絶対怒られますって!」

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