聖杯の拳闘士ユリン - overcome shame -

黒猫夜

第1話 聖杯の拳闘士ユリン

 『ダンジョン』

 いつのころからか嵐とともに地上に現れるようになった古代の遺構。数々の罠や危険な魔物、そして貴重な宝物が配置された神秘の迷宮。ある者は宝物が生む莫大な富のため、ある者は嵐とともに消えたものを探すため、ある者はダンジョンの謎に挑むため、そこに足を運んだ。危険を冒し、自らの力でダンジョンを切り開いていくものたち、それを人は『冒険者』と呼ぶ。


 ダンジョン中層の薄暗がり、武器を手にした男たちに少女は囲まれていた。4人、いや、物陰に潜んだ男もあわせて5人。


 男たちは錆の浮いた思い思いの武器を持ち、サイズのあっていない鎧に身を包んでいる。冒険者を襲い物資を奪う盗賊、いわゆる、冒険者狩りと呼ばれる者たちであった。


 対する少女は軽装である。小麦色の肌に巻かれたさらしは彼女の小ぶりな美乳をしっかりと押さえているが、思わず抱きしめたくなるような華奢な肩も、薄く腹筋の浮いた柔らかそうなお腹も、切れ長のへそも隠せてはいない。腰骨の下で穿いた丸いシルエットのハーレムパンツは足首で絞られていて軽やかな印象である。


「オジサンたち、やる気? 言っとくけど、ボク結構強いよ?」


 少女は意志の強そうな太い眉をひそめて、冒険者狩りを睥睨する。自分たちよりも二回りも小さな美少女の警告を、怯えの表れと受け取ったのか、男たちは下卑た笑いを浮かべて顔を見合わせた。だが、少女の右手に着けられた蒼い輝きを放つ銀の籠手と、猫のようにしなやかな体の中でそこだけが武骨な拳と裸足に、彼女が格闘を得意とする冒険者であることは冒険者くずれと言えども気づくべきであっただろう。また、こんな少女がダンジョンの中層を一人で歩いているということがどういうことかを。


「まあ、ボクも見逃してあげる気なんて、ないんだけど……ねっ!」

 

 最後尾に立っていた男が、汚い悲鳴を上げたかと思うと、ハンマーで殴られたかのように吹き飛ばされ、石壁に縋り付くようにして動かなくなった。男を飛び蹴りした勢いのままターンして着地する少女。少女は俊敏な動きで男たちの背後に回っていた。後頭部の高いところでくくったつややかな茶髪が馬の尾のように彼女の身体に合わせてなびく。幼さが残る少女の顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。


「遅いよ? オジサンたち?」


 少女の姿に慌てて武器を構える男たち。だが、少女の動きはそれよりも速かった。悲鳴が二つ増える。


 一瞬姿が見えなくなるようなしゃがみ込みから、伸びあがっての半月蹴り、さらに、蹴り足を空中で軸にしての後ろ回し蹴りで、武装した二人の男が床に伏していた。常人の速度とパワーではない。


 が、目を引くのは少女の並外れた戦闘力だけではない。男たちはガキと侮っていた少女の破廉恥な衣装に思わず唾を飲んだ。


 蹴りの際に少女が大きく広げた脚の間、ハーレムパンツの股間部、そこには、布がなかった。引き締まった筋肉の上から柔らかな脂肪の載った内ももも、形よく溌溂としたお尻も、つるりとした下腹も、少女の生まれたままの姿を晒している。ただ、彼女の「大事なところ」だけは、籠手と同じく蒼銀の金属でできた逆三角形の極々小さいプレートがかろうじてそこを隠していた。


「お前は! 『穴あきパンツの』ユリン!!」

「ばっ……なにそれ!???」

 

 男たちのリーダーだろうか、ヒゲの男は少女の姿を見て、自分たちがケンカを売った相手が、こちらの世界でも名の知れた冒険者であることに気付いた。白銀級冒険者『穴あきパンツの』、正しくは『聖杯騎士』ユリン。聖杯教会の階位『騎士』の修道尼である。


 聖杯教会自体は地方の小教会であるが、その崇拝する聖水の女神の奇跡【聖杯祈祷】は強力であり、冒険者の中では知る人ぞ知る存在である。とりわけ、乙女の小水を聖水として体内にとどめ置くことで超人的な力を得る加護《聖水の加護》は、一線級の魔術師の使う強化魔法よりも強力とすら言われる。それを使いこなす『聖杯騎士』は正に伝説の存在に近い。


「ボクは『聖杯騎士』!! ユリン!! 『穴あきパンツの』じゃなぁい!!」


 思わず構えを解いて、内股になるユリン。羞恥心で耳まで真っ赤になっていく。この衣装は――穴あきパンツも含め――聖杯教会の正式な聖衣ではあるのだが、年頃の少女には恥ずかしすぎた。これが彼女が一人でダンジョンに挑んでいる理由の一つでもある。


「いだっ……なに……これ?」


 股間を押さえてもじもじする少女の隙を物陰に潜んだ男は見落とさなかった。少女は首筋に刺さった吹き矢を素早く抜き取って、首を傾げる。


「ははは! 引っ掛かったな! そりゃしびれ毒だ!」

「うう……そういえば……からだが……しびれてきたような……」


 がくりとひざをつくユリン。ヒゲの男は少女を見下ろし哄笑を上げる。


「白銀級冒険者もこうなっちゃあ形無しだなあ!」

「こ……こんな……よわそうな……おじさんたちに……負けちゃうなんて~……」

「言わせておけばこのガキ……」


 よろよろとわざとらしく倒れようとする少女の華奢な肩に手をかけて、ヒゲの男は少女を突き倒そうとする。だが、その瞬間、その手の甲に少女が持っていた吹き矢が突き刺さっていた。ヒゲの男の眼が驚愕に見開かれる。ユリンは男にウィンクすると遊びを断る猫のように、男の手をすり抜けた。


「なーんて……ね?」


 『聖杯騎士』に毒はほとんど通用しない。その籠手に宿った聖なる力で浄化してしまうからだ。そもそもそれ以前に、吹き矢は彼女に刺さってさえいなかった。ヒゲの男は仲間のしびれ毒でそのままどうと倒れる。


 シッ


 ヒゲが倒れ伏すのを見て、物陰に隠れていた男が更に吹き矢を放った。だが、ユリンは避けもしない。《聖水の加護》を矢面に集中する。吹き矢は不可視の壁によって空中に縫い留められた。《聖水の加護》は攻防一体。軽い物理攻撃など物の数ではない。


「……逃がさないんだからね……よっとぉ!」


 物陰の男がじりと後ずさったのを、ユリンは見逃さなかった。しびれて倒れているヒゲの男をつかむと振り回して物陰の男へと投げつける。二人の男はくんずほぐれつ、二人仲良くダンジョンの床を舐めた。


「だから言ったじゃん? ボク、結構強いって」


 少女の勝利のセリフに異論を唱える者はいなかった。そもそもその場にいた男たちは誰一人として意識がなかったからである。


◆◆◆


 ユリンは荷物を置いて、男たちをロープで縛っていく。手配書に討伐済みのサインをかいて、投獄のスクロールで一緒に監獄に転送すれば、後は冒険者ギルドの方で何とかしてくれる手筈である。が、ユリンはちょっと焦っていた。


(ううう……催してきちゃった……)


 最強の強化祈祷の一角である《聖水の加護》であるが、それゆえに無視できない弱点がある。ユリンはそのタイムアップが迫ってくるのを感じていた。


(はやく……はやく……人の来ないところ……)


 冒険者狩りの男たちが監獄に転送されるのを見届けると、ユリンは急いで身を隠せそうな場所を探す。その場には片づけわすれたユリンの荷物だけが残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る