赫の女王

adotra

第1話

 漆黒の髪は綺麗にボブに切り揃えられ、毎日丁寧に手入れされているせいか天使の輪が浮いている。顔立ちに比べ大きな瞳はまるで溢れ落ちそうで、形の良い鼻の下についている唇はまるでさくらんぼのような色付きフルゥツを食べたのではないかと思うように濡れている。そして紺のセェラァ服のスカートから伸びる脚はカモシカの様に細く青白いが決して不健康には見えない白さに視線は釘付けになるのだ。

 皆、学校の男子生徒は彼女の可憐さに一目起き、少しでもお近づきになろうと必死に僕にご機嫌を伺ってくる。

 だが、その可憐な姿はあくまでも表面上での可憐さであることを男子諸君は知らない。本人に恐れをなし僕に手紙を預けるものならば、彼女は満面の笑みを浮かべながらその手紙を鋏でそれは器用に切り刻むのだから。

 そんな彼女ー僕の姉ーは今日もお気に入りのソファの上に敷いた白いシーツの上で、優雅に座りお気に入りの雑誌に目を通している。それはまるで全てを手中に収めなければ気に入らない、どこぞの暴君のようだ。


「ああ、やっぱり赤い縄は存在するのよ。知っていて、僕ちゃん。この世の人間には生まれた時から赤い縄が足首に巻き付けられていて、互いに惹かれ合うようになっているんですって。浪漫よねぇ」


 両手で雑誌を抱きしめ小鳥が囀るような甘い声色で悶える姉を横目に、僕は興味なく鉛筆を便箋に滑らす。


「あら、お手紙?」

「越した友人にだよ、前に話しただろう?」

「ああ、仲のよかったオトコノコだったかしら。寂しいわねぇ」

「だから手紙を出すんだ」

「フゥン、古風ね。メェルでもできるでしょう」

「父さんにいちいち許可をもらうのも面倒だろう」

「確かに。ねぇ、それより紅茶を淹れてちょうだい。チェリィのがいいわ。余ったら僕ちゃんも飲んでいいわよ」

「甘すぎて飲めないから要らないよ」


 ここで拒否を示しても姉に勝てないと幼少期から学んでいた僕は鉛筆を置き、紅茶を淹れるために立ち上がり簡易的なキッチンへ向かった。元々は父が読書のために作った個室だったが、飽き性な性格も災いして作り上げた城はたった数ヶ月で子供たちの遊び場と化したのだ。

 チェリィの紅茶を淹れる為、ヤカンに水をはり小さなコンロへ置く。湯が沸騰するその間に、僕はズボンのポケットから彼が寄越してくれた手紙へ再度目を通す。そこには転校した先ではまだクラスに馴染めなさそうだという事、早く自立してこちらに戻ってきたい事、僕に会いたい事が淡々とした文字で書かれていた。

 その願望にもみれる文字を指先でなぞってみる。

 学生の僕らは親の庇護のもと生活できているのだし、今の段階で一人で生きていくなんて無理な事も重々理解している。だけれど、それでも心のどこかでは願ってやまないのだ。

「僕も、会いたいよ」

 現実に引き戻されるように湯が沸騰する音に慌ててコンロの火を止め、

 姉ご所望の紅茶を準備する。お湯が茶葉を通るたびに甘く、巷の女学生がつけている安っぽいコロンのような人工的な匂いが鼻腔をくすぐるのは、いつになっても慣れない。どうにも僕には甘すぎる匂いすぎるのだ。


 紅茶を淹れ、戻るとテーブルに置いてあった書きかけの手紙を姉が神妙な顔つきで読んでいるのが目に入る。僕はわざとらしくテーブルとカップを乱暴に置く。がちゃん、と、下品な金属音がテーブルを奏でれば姉は眉間に微かに皺を寄せた。

 僕ができる微かな反抗だ。

「うるさいわ」

「手が滑ったんだ。それより勝手に手紙を読まないでくれないか」

「たまたま目の前にあったから読んだだけよ、悪意はないわ」

「うるさい」

「それより僕ちゃんは彼が大好きなのね、手紙の隅々から感じられるわ」

「だからなんだっていうんだよ」

「羨ましいわ。そこまで他人を好きになれるなんて」

「姉さんはいつも誰かしらから、愛を囁かれているじゃないか」

「そんな事ないわ、全て幻だもの。全部、ただ私という価値が欲しいだけよ。キラキラ光る宝石があったら、誰だって欲しいだろうし、自慢したくなるでしょう?それと一緒よ」

 姉は肩をすくめながら紅茶のカップを傾ける。その仕草すら様になるのだから不思議だ。

「ねえ」

 僕は姉の声を無視して自分が書いていた手紙をまとめる。

「ねぇってば」

「なんだよ」

「そんなの彼が大事なの?」

「大事な親友だからね。姉さんの言葉を借りるなら、赤い縄で縛られていてもおかしくない位に、大事な親友だ」


 間。


 普段だったら姉の猛攻撃のような言葉が聞かれるはずが、部屋には驚くような静寂が下された。姉の方を見ると、彼女は何やら真剣な表情で僕をまっすぐに見つめている。

「姉さん?」

 彼女は立ち上がると僕の手を両手で握りしめ、潤んだ瞳で僕の視線をし近距離に射抜く。

「素敵!僕ちゃんの赤い縄のお相手なら、さぞ素敵な方なのでしょうね。ああ、一度会ってみたいわ」

「無理だよ、とても遠くにいるんだから」

「あら、残念」

「とにかく。放っておいてくれ」

 姉の手を振り解き、僕は乱暴に扉を開けて自室へと戻った。

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