ホタル

@hima4200

第1話 

何かを成すには人生は短い

何も成さぬなら人生は長い。

『山月記』李徴より



「経ちゃんはどんな大人になりたい?」

遥子は不意に立ち止まり私に尋ねた


「先のことなんて分かんないよ」

 私が曖昧な答えを返すと


「何かを成すには人生は短い

 何も成さぬなら人生は長い

 私ねその通りだと思うの。

 何かやろうと思ったら残りの人生じゃ

 きっと足りやしないし、何もしない人生は

 退屈過ぎてとても耐えられそうにない。

 経ちゃんもそう思わない?」

遥子がそう云い

私がその問への回答に戸惑っていると


「経ちゃんは相変わらず優柔不断ね」

遥子はそう云いくすりと笑うと再び

歩き出した。


私は子供扱いされた様な気がして

少しだけ楽しくない気分になった。


四歳年上の遥子とは家が近く幼い頃から

互いの事をよく知っており

彼女の気まぐれで夜にこうして外に連れ出される事も珍しくなかった。


そして彼女に連れられ、しばらく歩いていると頭上を朧げな灯りが

幾度となく二人の間を通り抜けた

私たちは吸い寄せられる様に光の方向へ歩くと

宇宙と見紛うかの様なホタルの群生が

不規則な軌道と点描を繰り返しながら

夜空を彩っていた。


その世界では言葉は必要なく只 

傍観者として

世界の一住人として

二人は整然とそこに立ち尽くていた。


世界の住人となった遥子の表情は

隣にいるのにずっと遠くにいる様な気がした

そして気がつくと私は俯きながら遥子の手を握っていた。脇目もふらずなんの根拠もなく

今この瞬間手を繋ぎ止める事が

自分の成すべき事だと思った。


その行動に対し、遥子がどう思っていたのか

今では知る由もないが

群生たちと共に刻んだ時間

そして何かを成すには人生は短すぎるのだと そう感じたあの日の光景がこの季節になると

なんの前触れもなくまた想起されるであった。

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