赤いボタン

煤元良蔵

赤いボタン

 ある日、シルクハットを被った怪しい老人が家にやって来た。青年が住まう貧困街に似つかわしくない高級なスーツに身を包んだ老人だった。

 老人は手提げカバンから小さなボタンを取り出し、それを青年に見せてきた。

 そのボタンを見た青年は自分の顔を指さし口パクで「俺?」と老人に訊く。青年の問いに老人はようやく口を開く。


「あなたは幸運な人だ。ボタンを押す権利を得たのだから」


 老人の言葉に青年は握り拳を作る。

 貧困街A~Z地区に住まう人間から無作為に選ばれた一人が得られる一発逆転の権利。ボタンを押せば、貧困街A~Z地区に住まう人間一人の命と引き換えに、富裕街に住めるほどの巨万の富を得る事が出来る赤いボタン。

 貧困街に住まう人々は皆、富裕層の娯楽の一つに過ぎないこのボタンに全てを掛けていた。でなければ明日も生きれないからだ。

 青年はゆっくりと老人が持つ赤いボタンを押した。その瞬間、貧困街に住まう人のの心臓に埋め込まれたチップが作動する。


「!?」


 ドクン。

 青年の心臓が揺れ、胸に激痛が走る。

 青年の前に立つ老人は驚いたような顔で口を開く。


「あらあら。幸運なのか不運なのか。10億分の1の確率でボタンを押す権利を得て、10億分の1の確率で犠牲者に選ばれるとは……いやはや、長年この仕事をしていますが、初めての経験ですね」

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