秘密の店へようこそ! ~クラスチェンジアイテムはいかが?~

マノイ

本文

 鬱蒼とした深い森の中。

 四つの影が道なき道を強引に切り拓き走り抜けようとしていた。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

「くっ……くそ、邪魔だ!この!」

「急げ!急ぐんだ!」

「…………っ!」


 開拓用では無い戦闘用の剣や斧を使い進行に邪魔な最低限の草や枝のみを排除し、体中に枝葉による無数の切り傷を負いながらも進むペースを決して落とさない。落としてはならない。そうせざるを得ない重大な使命を彼らは背負っているのだ。


「団長!もう限界です!」

「黙れ!音をあげる暇があるならその分だけ前に進め!」

「ですが団長!」

「うるさい!王国の未来がかかっているんだぞ!」


 ボロボロの軽鎧を装備した若い二人の男性が体力の限界を主張するものの、これまたボロボロの重鎧を装備する団長と呼ばれた壮年の男性によりあっさりと却下されてしまった。

 別に団長が無茶を部下に押し付けるパワハラ体質な訳では無い。彼らはすでに満身創痍で、厳しく叱咤して気持ちを奮い立たせなければ倒れてしまいかねないからだ。


 だがそんなことは部下の男達も分かっている。

 分かっていてなお団長に意見したのには理由があった。


「お聞きください団長!」

「姫様が限界です!」

「っ!」


 若い部下に挟まれるように、くすんだローブを纏った一人の若い女性がいる。

 姫様と呼ばれた彼女の顔は疲労により青褪めており、今にも倒れてしまいそうだ。


「わたくしは……まだ……大丈夫です」

「お言葉ですがそうは見えません」

「あなたが倒れてしまっては意味が無いのです」


 どうにか気丈に振舞おうとするが、誰が見ても限界なのは明らかだった。


 それもそのはず、隣国との戦争を望む好戦派の貴族により長い間捕らわれていたのだから。


 交戦派は王女の行方不明を隣国の仕業だと吹聴し、一人娘を溺愛している国王は激怒して戦争を決意。現在国境となる大河付近の大平原で両国の大軍が睨み合い一触即発の状態だ。


 真実に気付いた者達が好戦派の貴族の領地に少人数で攻め入り王女をどうにか奪還し、後は王女を国王の元へと連れて行けば戦争を回避できるだろう。

 しかし国王がいる戦場は遥か遠く、しかも途中で好戦派の残党が邪魔してくることを考えると開戦までに王女を送り届けることは困難だ。それゆえ彼らは戦場への移動距離が最も短く邪魔が入らない大森林の中を抜けるルートを選んだのだ。


 男達は貴族軍との戦いで傷だらけで、王女もまともな食事を与えられておらず衰弱状態に近い。

 そんな状態での強行軍が未だ歩みを止めずにいられるのは、ひとえに戦争を止めるため。


 だがどれだけ強い意志があろうとも限界はやってくる。

 最初にその限界を迎えたのは、この中でもっともか弱い王女だった。

 むしろこれまでついてこれただけでも奇跡に近いだろう。


「分かった。少しだけ休もう」


 これ以上無理はさせられないと判断した団長は、仕方なく休憩を選んだ。


「わたくしのせいで……もうしわけ……ございません」

「謝らないでください姫様!」

「そうです!姫様はここまで十分にやっております!」

「ありが……あれ、カイン。胸のところが光っていませんか?」

「え?」


 若い男性の一人、カインが王女に指摘された場所を見ると、胸当ての裏側がほんのりと黄色く光っている。


「なんだ……?」


 不思議に思いそこを確認しようとしたのだが、突然の叫び声に遮られてしまった。


「だ、だ、団長!あちらをご覧ください!」

「どうしたアベル!」


 カインとは別の若い男性、アベルが進行方向を指さして驚いている。

 王女の方を見ていたカインと団長は、何事かと前を向いた。


「なんじゃありゃああああ!」

「さっきまではあんなの無かったぞ!」

「家……かしら?」


 いつのまにか目の前に庭付き一軒家が出現していたのだ。

 先ほどまでは目を覆い尽くすほどの茂みしか無かった場所だ。

 あんなに目立つ建物など絶対に無かった。


「団長、どうしますか!?」


 突如出現したこともそうだが、獣道すら存在しない森の中に普通の一軒家があるということもまた不自然でならない。大事な使命を背負っているのだから、危うきに近寄らずで無視して通り過ぎたいところだ。


 だが彼らはもう体力の限界だった。

 茂みの中で足を止めたところで休めるものも休まらないだろう。

 家の中でくつろげるのであれば、体力を回復させてまた走り出せるかもしれない。


 明らかに怪しく、危険だ。

 だが踏み込む以外の選択肢が彼らには無かった。


「あの家で休ませてもらおう」


 団長の決断により、彼らはおそるおそる家に近づいた。

 すると玄関と思わしき場所の上に小さな看板がかけられていて、それを姫が読み上げる。


「秘密の店?」


 間違いなくそう書いてある。

 男達にもそう読めた。


「まさか商店だって言うんじゃないだろうな」

「ますます怪しいな」


 アベルとカインが訝しむが、たとえここがどのような家であれ、中に入るしかないのだ。 

 団長は玄関の扉のノブを掴むと、そっと押し開いた。


 カランカラン。


 小気味良いベルの音色は、街の商店でも良く使われる玄関の扉に設置された来客を示すものだった。

 こんな森の中なのに、その音を聞くだけで本当に商店に入ったかのような気分になるのだから不思議なものだ。


「いらっしゃいませ!」


 四人が中に入るかどうか戸惑っていたら、奥から若い男の声が聞こえて来た。

 その声に全くの敵意を感じられなかった団長は、意を決して中に入ることにした。


「普通だ」


 思わずカインがそう呟いてしまう程に、中は普通の雑貨店といった様相だった。

 壁際の棚に雑多に商品が置かれ、空いた壁には絵画や植物などが飾られている。


 敢えて特徴をあげるとするならば、店内がやや薄暗いことくらいだろうか。

 それも街の商店と比べたらという話で、森の中にあることを考えるとむしろ明るいくらいだ。


 会計用のカウンターの向こうに一人の男が立ち、彼らを迎え入れてくれた。


「あなたがここの店主か?」

「はい、そうです!」


 裏表の無さそうな元気な黒髪の少年、というのが団長の第一印象だった。

 ここが街の商店であるならば、親に頼まれて店番をしている子供とでも思っただろう。


「(漆黒の黒髪は遥か東に住む民族の特徴だと聞いたことがある。彼らは我々よりも若く見える。案外彼も成人しているのかもしれんな)」


 団長の予感は半分正しく、少年は十六歳でありこの世界では成人として扱われる年齢だった。


「(どちらにしろ油断はならぬか)」


 少年の本当の年齢が何歳であれ、こんな場所で店を構えているなど怪しさしかない。

 団長は気を抜かず、かといって警戒させすぎないようにと気を使いながら話しかけた。


「すまない。こちらで少し休ませてもらえないだろうか」

「いいですよ!」


 少年はそう言うと、店の隅から折り畳み式のテーブルと椅子を持ってきてテキパキと用意した。

 そして四人分の椅子のセッティングが終わると店の奥へ行き、しばらくして飲み物が入った四つのグラスと焼き菓子が乗ったトレイを持ってきた。


「こんなものしかありませんがどうぞ」

「お気遣い感謝する。お前達、休ませてもらいなさい」

「はっ!」

「はっ!」

「ありがとうございます」


 四人は少年の気遣いに感謝して椅子に座ったが、飲み物を口にしようとはしない。


「(団長、なんですかこの白い飲み物は)」

「(知らん。何かの乳ではないのか)」

「(飲んでも大丈夫でしょうか)」

「(止めておけ。こんなところで体を壊したら終わりだ)」

「(しかしもう予備の水もほとんど残っていませんよ)」

「(うむ……だが……)」


 ひそひそと話をする男三人。

 一方で王女は焼き菓子が気になるようで何度もチラチラと見ていた。


「い、頂きます!」

「おい、馬鹿!」


 これまでの熾烈な行軍により喉の渇きは限界に達しており、我慢できなくなったのかカインが意を決してグラスに手を付けた。


「んっんっ……うまああああい!」


 叫びながら思わず立ち上がってしまう程に美味しかったらしく、自分でも信じられないといった表情で飲み干したグラスを見つめていた。


「そんなに美味いのか?」

「え、ええ。とても甘くてすげぇ美味かったです」

「そうか、甘いのか……」


 水分だけではなく糖分までも取れるとなれば、体力回復にはもってこいだ。

 団長とアベルも悩んだ結果、今は必要なことだと自分を無理やり納得させてグラスを手にした。


「なんだこれは!?」

「確かに甘い!」


 体が欲していたのだろう。

 一口だけと思っていたのに思わず一気に飲み干してしまった。


 だがその態度が良くなかった。

 甘い甘いと男共が連呼する物だから、甘いものが大好きな王女が耐えきれなくなってしまったのだ。


「皆さんばかりずるいです!」

「姫様お待ちを!」

「我々が毒見を!」


 彼らが止めるのを待たずに、王女はグラスを手にして飲んでしまった。


「あまああああああい!」


 相当気に入ったのか、あるいは気が滅入ることが連続していた反動からか、極上の笑みを浮かべて喜ぶ王女様。そのまま流れで焼き菓子も手にして躊躇うことなくサクサクと食べ始めた。


「この焼き菓子も適度な甘さでとても美味しいです」


 そんな彼らの様子を見ていた店主の少年が、ニコニコ笑顔で話しかけてきた。


「いやぁ、カルピ……特製ジュースを気に言って頂けたようで何よりです。飲み物も焼き菓子もお代わりがありますので遠慮なくどうぞ」

「う、うむ。すまぬな」

「じゃあお代わり!」

「おいカイン!」

「良いじゃないか。ならアベルはいらないんだな」

「だ、誰もそんなことは言ってないだろう!」

「サクサク、おいしおいし」


 先ほどまでの緊張感溢れる雰囲気は何処に行ったのか、カルピ……甘い飲み物とお菓子のおかげで彼らはリラックス出来たようだ。


 飲み物を何回かお代わりし、王女が焼き菓子を食べるスピードが鈍化したタイミングを見計らって、少年店主が改めて彼らに話しかけた。


「それでお客様。何をご所望ですか?」

「ぬ?何のことだ?」

「え?買い物に来たのですよね?」


 ここはお店であり、やってくるのは当然お客だ。

 となると店主視点では彼らもまたお客として店にやってきたのだと思うのが自然だろう。


「すまぬ。我々は偶然立ち寄っただけなのだ」

「え……」


 彼らが買い物客で無かったと知り露骨にがっかりする少年店主。

 その姿に美味しいものを飲み食いさせてもらった彼らの胸に罪悪感が宿ってしまう。


「用事が済んだら今度買いに来ると約束しよう」

「それ無理です」

「何故だ?」

「この店は世界中をランダムに転移しているので、またこの場所に来ても店はもうありません」

「なん……だと……?」


 そんな馬鹿なと言いたいところだが、この店が突然出現した事実を団長は知っている。

 ゆえにありえないと否定することは出来なかった。


「はぁ……まさかメンバーカードを持っているのに偶然来ちゃう人がいるだなんて……」

「メンバーカード?」


 団長は他の三人に目線をやるが、全員が首を振り心当たりがある人はいないようだ。

 もちろん団長も思い当たる物は持っていない。


「このくらいの大きさの金色のカードです。そこの男性が持っているみたいですが」

「え?俺?」


 少年店長に指さされたのはカインだった。


「そんなカードなんて覚えが……あ!」


 何のことか全くわからないカインだったが、すぐにあることを思い出して胸当てを外した。

 そこは先ほどこの店を見つける直前に光っていた場所だった。


「確かここに……これだ!」


 そして胸当ての裏側に縫い付けてあった小さなポケットから一枚の金色のカードを取り出した。


「そう、それです」

「例の屋敷で見つけたから貰って来たんだった」

「なんだと!?」

「怒らないでくださいよ。こんなに苦労したんだからこのくらい貰ってもバチはあたらないでしょ」

「お前って奴は!」

「わたくしのせいで苦労させてしまい申し訳ありません」

「あ、違う違う!姫様のせいじゃないですよ!」

「そうだ。悪いのはあの腐れ貴族とこいつだ」

「俺は悪くなーい!」


 どうやらメンバーカードは王女を拉致した好戦派の貴族の屋敷に置かれていたもので、それをカインが戦いのどさくさに紛れてパクってきたらしい。金色だから金になるかもしれないと思って持ち出しただけであり、それが何なのかは分かっていなかった。


「店主さん店主さん。これが無いとここには入れないんですか?」

「そうです。見つけることもできません」

「じゃあこうして休めているのは俺の手柄じゃないですか!」

「こんの大馬鹿者が!」

「いでぇ!」


 結果的にはカインの言うとおりだが、いくら犯罪者相手とはいえ盗人紛いのことをしたことを許すことは出来ず、鉄拳制裁をする団長であった。


「そうだ!」


 そんな彼らを見ていた少年店主だが、何かに気付き最初の頃の元気さを取り戻した。


「偶然ここに来たとしても、買って貰えば良いんだ!」


 買う気が無い相手を買う気にさせるのもまた商売人の能力だ。

 絶対に売ってみせるとやる気を出した少年は四人に向けてプレゼンを開始した。


「そこのあなた、見る感じ騎士ですね!」

「ぬ、俺か?まぁそうだが」


 団長の重鎧が何となく騎士っぽいなと思ったから当てずっぽうで言っただけなのだが当たったらしい。


「そんなあなたにはこれです!騎士勲章!」


 棚から持ってきたのは躍動感溢れる騎馬のマークが描かれた勲章。

 どこかの国で実際に使ってそうな立派なものだった。


「これを使えばクラスチェンジできますよ!」

「くらすちぇんじとは何だ?」

「え?」


 勲章の立派さに感心していた団長だが、少年店主の言葉の意味は分からなかったらしい。


「クラスチェンジはクラスチェンジですよ。ほら、下級職が上級職にアップグレードするやつです!」

「下級職?上級職?あっぷぐれえど?」

「え……マジで分からないんですか?」

「あ、ああ」


 カイン、アベル、王女もまた首をかしげている。

 この場の誰もが少年店主の言葉の意味を理解していないようだ。


「経験を積んだ騎士がコレを使うとパラディンになれるってことですよ!それとも聖なる騎士と書いて聖騎士って呼んだ方が分かりますか!?」

「何を馬鹿なことを。聖騎士とは国を救う程の手柄を立てた者に対して陛下が授けて下さる称号のことではないか。このような小道具一つでなれるものではない」

「なん……だと……?」


 自分の知識と団長の知識があまりにも食い違い衝撃を受ける少年店主。

 慌てて棚から別の商品を持ってきた。


「それならそこのあなた!見たところ剣が得意のようですが!」

「え?俺ですか?それなりには得意ですが」


 今度ロックオンしたのはアベルだ。


「でしたらこちら、勇者の証はいかがでしょうか。これを使えば勇者にクラスチェンジできますよ!」

「勇者って自分で名乗るものじゃないでしょう?」

「うっ……」


 確かに自分で自分のことを勇気ある者だ、なんて自称するのは少々痛々しい。

 勇者や英雄という称号は、その人の行動を評価した他人がつけるものである。


 キーホルダーのようなアクセサリーを使えばなれると言われたところで全く意味が分からない。


「そりゃあ俺もゲームプレイしてた時から思ってたけどさぁ!そういうのは突っ込まないのがお約束でしょ!」

「は、はぁ。何かすいません」


 残念ながら少年店主のプレゼンは失敗に終わり、買ってくれるどころかそれがどのような効果の商品なのかすら理解してもらえなかった。 


「それなら!」


 だがそれで諦めるようなタイプでは無かったらしい。

 今度は赤い宝石のようなものを持ってきた。


「力のしずくです。これを使うと力が永久に上昇します!」


 見るからに戦いが仕事に見える男連中なら興味を惹かれるだろう、という狙いでチョイスした一品だ。特に斧を武器としていて力自慢そうなカインなら買うかもしれないと思い、彼に向かってアピールしてみた。


「何その怖すぎるアイテム」

「え?」

「永久に力がつくとか絶対ヤバいブツだろ」

「え?え?」


 胡散臭いし、本当にそうなるとしてもデメリットがあるように思えてならない。

 絶対に手出ししたくないアイテムだった。


「そんなの俺だって分かってたよ!しずくを使うってどういうことだよ!羽使うとスピードがあがるとか意味わからねーよ!盾使うたびに守備力が上がるとか、複数使ったらそれ全部手に持ってるのかよ!でもゲームだからそういうものだって割り切ってたんだよ!ドーピングアイテムもダメなのかよコンチクショウ!」

「お、おう、大丈夫か?」


 意味不明なキレ方をする少年店主を、彼らは可哀想な者を見る目で見つめている。

 言っている意味が全く分からないため、頭がおかしくなってしまっているのだと憐れんでいるのだ。


「はぁ……もう良いです」

「そ、そうか、すまんな」


 少年店主は彼らに何かを買ってもらうのを断念したようだ。


「くそぅ、神様もそれならそうとちゃんと説明してくれれば良いのに」


 何かブツブツと小声で文句を言っているが、彼らには聞こえておらずそっとしておいてあげることにした。


「さて、そろそろ行くか」


 水分と糖分を補給し、椅子に座って休憩できた。

 まだ体は休めと悲鳴をあげているけれど、これ以上ここに居たら開戦までに王女を国王の元へと届けられなくなる。

 森の中の地獄の強行軍を再開することになるのだが、多くの命が懸かっているのだから仕方ない。


「お待ちください」


 だが立ち上がり店を出ようとする男達に王女がストップをかけた。


「姫様。これ以上は時間が……」

「分かっています。ですが一つだけ確認したいことがございます」


 先ほどまで甘いものを食べて喜んでいた無垢な少女とは雰囲気がガラっと変わり、王女としての立ち居振る舞いをし始めた。

 王女は凹む少年店主に向けてある質問をした。


「店主様」

「何ですか?」


 まだテンションが下がっている少年店主だけれど、だからといって客を蔑ろにはせずに笑顔で応対した。


「遠くまで一瞬で移動する道具は販売しておりませんか?」

「!?」

「!?」

「!?」


 その質問に驚く男達。

 そしてすぐに、どうしてそのことを思いつかなかったのかと激しく後悔した。


 この店が世界中をランダムに転移しているのならば、その転移に関わるアイテムが存在してもおかしくない。それがあれば森の中を通らずに一気に目的地まで移動できるかもしれないのだ。最優先で聞かなければならないことだった。


 このまま森の中を進んだとして、本当に開戦までに間に合うかは分からない。

 いや、むしろ間に合わない可能性が高いと誰もが感じていて、それでも微かな可能性を信じて諦めずに進もうとしていた。


 だが転移アイテムが存在すれば無茶な行軍をせずとも王国は確実に救われる。

 王国の未来は少年店主の答えにかかっている。


 そんなことは全く知らない少年店主は、彼らの高まる緊張感に全く気付く様子もなく、これまでと同じように何でもないかのように答えた。


「ありますよ」


 彼は棚へと向かい、一本の杖を持ってきた。


「ワープの杖です。なんと魔力による制限が無い初期版なので好きなところに転移できます。使用回数は七回、と言いたいところなんですが、店でいくらでも買えるとバランスブレイカーになってしまうので、三回になってます」


 意味不明な説明もあったけれど、重要なのは『好きなところに転移できる』という点だ。

 まさに彼らが欲しがっていたアイテムだった。


「買います!」

「そっかぁ。こっちの方が欲しいのかぁ。まぁそれはそれで良いか」


 おすすめのクラスチェンジアイテムやドーピングアイテムよりもワープの杖の方に食いつかれたことが釈然としないらしい。とはいえ欲しいと言われたのならば売るのが商人だ。


「一万ゴールドになります」

「一万!?」

「高すぎんだろう!」


 王女が驚きカインが激怒する程に、一万ゴールドという金額はとてつもなく高価な金額だった。 

 気軽に持ち歩けるような額では無い。


「いや、仕方ないでしょう。むしろその性能でその値段は安いですよ」


 この世界では人を転移させる方法など存在せず、もしもそれを可能とするアイテムが存在するのであれば、アベルの言う通り一万ゴールドはあまりにも安すぎる。オークションに出せば数百万ゴールドはくだらない。


 とはいえ一万ゴールドも大金だ。

 行軍に不要なものは極力捨ててしまっているため、今は現金などほとんど持ち合わせてはいない。


 ゆえに団長が交渉を試みる。


「店主よ。申し訳ないが我々は偶然ここに立ち寄ったため手持ちが無いのだ。どうにかして後で支払うから譲ってもらえないだろうか」

「どうにかしてって言われても、先ほど言ったようにここはランダムに世界中を転移するので無理ですよ」

「なんとしてでも見つける!」

「そんな根性論を言われても」

「頼む!それがあれば王国が救われるのだ!多くの民が血を流さずに済むのだ!」

「そんな感情論で脅されても」


 少年店主としては困っている人を助けるためにプレゼントすることは吝かでは無いのだが、とある理由からそれは出来ない。


「せめてシルバーカードをお持ちであれば半額でお譲りするのですが。それすら無いというのならば、やはり一万ゴールドお支払い頂くしかありません。ここは商売の神様に見守られておりますので、正しく売らないと私が怒られてしまうのですよ」

「そこをなんとか!お願い申す!」

「うわぁ。この世界にも土下座ってあるんだ」


 頭を床につけて必死で願う団長だが、どれだけ言われてもダメなものはダメなのだ。

 少年店主を困らせるだけで何も解決には至らない。


 そのことをしっかりと理解できている王女は、団長の行動を咎めた。


「みっともない真似はおやめなさい。彼を困らせるだけです」

「で、ですが姫様!」

「私に任せてください」


 王女は指に嵌めた指輪をそっと外し、少年店主に手渡した。


「こちらを代金の代わりとしてくださいませんか?」

「姫様!その指輪は御妃様の形見ではございませんか!」

「これで民が救われるのであれば、母も認めて下さるでしょう」

「おお……なんということだ……」

「そんな重いアイテム、販売不可に設定しといてよ……」


 とはいえ受け取ってしまったからには査定しなければならない。

 果たしてその指輪はワープの指輪を購入するに値する価値があるものなのか。


「司祭の指輪ですね。五千ゴールドです」


 残念!

 まだ半分足りない。


 しかしこの査定に団長が食いついてきた。


「そんな馬鹿な!王家の宝だぞ!そんなに安い訳が無い!」

「そんなこと言われても事実ですから。うちにも似たような指輪ありますよ」

「嘘をつくな!さては騙して指輪を奪い取ろうって魂胆だな!」

「えぇ……」


 それなら一万ゴールドに値付けしてワープの杖と交換できるようにしなければ手に入らないでは無いか。王族がつけているから高いものに違いないという思い込みと、急がなければならないという焦りのせいか、団長は冷静な判断が出来ていない。


「そもそもこのような場所で勝手に商売するなど王国法に反している!それでも対等に取引せんとする姫様のお心遣いを侮辱する気か!」

「ダメ!」


 王女が声をかけるも止まらず、団長は腰にさした剣を手にしてしまった。

 そしてその切っ先を少年店主へと向けてしまった。


「あちゃー」


 恐れるどころか『あ~あ、やっちゃった』的な表情になった少年店主は、同情するような視線を団長に向けていた。


 その理由はすぐに明らかになる。


「え?」

「え?」

「え?」


 突如として団長の姿が消えてしまったのだ。


「団長!?何処ですか!?」

「店主!団長を何処にやった!」


 慌てるカインとアベルが周囲を探すものの、団長の姿はどこにも見当たらない。


「多分外に居ますよ。ほら」


 窓の外を見ると確かに店の外に団長がいた。

 店の中に入ろうとするものの、見えない何かに遮られているかのようで足止めを喰らっている。


「ここは商売の神様に見守られてるって説明したのに」


 少年店主の言葉に王女が反応した。


「どういうことでしょうか?」

「そのままの意味ですよ。このお店はエィビス様のご加護を頂いておりまして、商売を侮辱する行為を働く者は神罰を与えられた上で店の外に追い出されてしまうのです」

「神罰!?そ、それは一体どのようなものなのでしょうか!?」

「一生買い物が出来なくなるそうです」

「なんと……なんとむごい……」


 買い物が出来ないということは、何かを入手するには奪うか貰うしか無いということだ。

 しかし貰うにしても労働などの対価を払うのであれば、それは買い物に含まれてしまう可能性がある。


 無償の善意で貰うか、奪うか。


 そうしなければ新たな何かを得ることは出来ない。

 食べ物を得ることすら難しいだろう。


「どうにかならないのでしょうか」

「私に言われても困ります。神様と自由に・・・お話しできるわけじゃないので。神殿とかそういうところにお願いしたらどうですか?」


 自由でなく何らかの条件があれば話が出来るような言い方だが、だとしても少年店主は団長について恩赦を求めるようなことを神様にお願いするつもりは無かった。


「(あの神様、商売については滅茶苦茶厳しいから、下手なこと言うと俺まで怒られるもん)」


 ゆえに残念ながら暴力でことを解決しようとした団長は罰を受けなければならないのだ。


「それで、この指輪を売るとしても残り五千ゴールドですが、どうしますか?」

「……エィビス様が見ているから、不当な値下げをしてもらうことも出来ないということなのですね」

「はい、そうです」


 何故少年店主が情に訴えかけても靡かなかったのか。

 その理由が今になってようやく王女は理解できた。


 商売の神様に見られているのであれば、たとえ相手にどのような事情があったとしても価値が釣り合わない売買は許されないだろう。


「でしたら、わたくしが体で支払うというのはいかがでしょう」

「何言ってるの!?」

「姫様!?」

「姫様!?」

「何を驚い…………そ、そういう意味ではございません!あなたのお手伝いをするという意味です!」


 自分の言葉の意味に気付き真っ赤になる王女様。

 その可愛らしい照れ姿を見られただけでも、この店を開いて良かったと思う少年店主であった。


「そういうのもダメみたいです」

「そう……ですか……」


 価値ある物と物を交換することがこの店のルールとなっている。

 エィビスの商売の基準がそうなっているわけでは無く、あくまでもこの店に課せられた独自のルールだ。


「他に何か貴重品は持っていませんか? 丸い宝玉とか。出来れば青か白の奴があると良いのですが」

「そのような物を持っていたら、もうお出ししています」

「ですよねー」


 だとすると彼女達にはワープの杖を手に入れることが出来ない。

 それは戦争を止められないということでもある。


「(このままでは不要な戦争により多くの民が血を流してしまう)」


 王族として、王女として、そして何よりも一人の人間として、絶対に戦を止めなければならない。


「ちょっ、何脱ごうとしてるの!?」

「姫様お止めください!」

「それは流石にマズいですって!」


 なんと王女は自らの服に手をかけ、脱ぎ捨てようとしたでは無いか。


「放して下さい!こうなったら売れるものは何でも売るしかありません。私の衣服も、下着も全て、必要であればこの髪すらも売りましょう。それで国が救われるのなら!」

「御心は立派ですが、この店ではそういういかがわ……げふん、普通の洋服は買い取れないんです!」

「そんな……」


 決死の覚悟で選んだ最終手段すら効果が無いと言われ、王女は床に膝をつき絶望してしまった。


「(個人的には全力で買い取りたいけれど、そんなことしたらマジで天罰喰らっちゃいそうだしな。いやでもいかがわしくても価値が見合った売買ならセーフなのか?)」

「(アウトです。この痴れ者が)」

「ぎゃああああああああ!」


 邪なことを考えていたらどこからともなく声が聞こえて来たと同時に全身が激しく痺れた少年店主であった。軽い天罰である。


「どうしました?」

「イ、イエ、ナンデモ」

「(もっと観察しなさい。売り物ならあるでしょう)」

「(え?)」


 神様の声に従い三人を観察してみるが、いずれもボロボロの軽装で貴重品を持っているようには見えない。もちろん指輪やネックレスなどの装飾品も見当たらない。


「あれ?」


 だが良く見るとカインが腰に小さな袋を下げていた。

 しかも丁度宝玉が入ってそうな大きさだ。


「すいません。それって売り物になるやつが入ってませんか?」

「うぇ!?」


 何故かカインがとてつもなく焦っている。

 これではその袋の中に貴重品が入っていると言っているようなものでは無いか。


「カイン!お前まさかこの状況で隠していたのか!」

「ち、違う!違うんだ!本当はすぐに出そうと思ってたんだが、タイミングを逃しちまっただけなんだ。どうして言わなかったんだって怒られるかと思うと言い出せなかったんだよおおおお!」


 そう釈明しながら差し出してきた袋の中には青い宝玉が入っていた。

 換金用のアイテムだ。


「一体どこでこれを……まさかあの屋敷でカードだけじゃなくこいつも!」

「な、なんのことかなぁ」

「やはりお前、こっそりこれを手に入れて隠し通す気だっただろ!」

「違う!誤解だ!俺がそんなことするような奴に見えるか!?」

「見えるわ!」

「アベルうううううう!」

「はぁ……こんなのが同期だなんて悲しすぎる」


 王国の命運がかかっているというのに宝玉を出し渋るとは、カインとは中々にアレな人物らしい。同期のアベルはかなり苦労しているに違いない。


「カイン、これを売っても構わないわよね?」

「もちろんです!」


 カインの行動に不快感を隠せないが、それでも念のため許可を取ろうとするところ王族らしからぬ感じだ。だがその庶民にも寄り添う姿勢が民に人気だったりもする。


「ではこの宝玉と私の指輪で、ワープの杖を購入したいのですが」

「はい、丁度になります」


 司祭の指輪も青の宝玉もどちらも売却価格が五千ゴールドであるため、合計が丁度ワープの杖の値段と同じである。これならば正しい価値で売買したと判断される。


 少年店主はワープの杖を王女に手渡した。


「これがワープの杖……」


 これで転移すれば王国は救われる。

 安堵と、本当にこれで転移など出来るのかという不安が王女の胸の中をぐるぐると渦巻く。


「あ!」

「な、なんですか、突然大きな声を出して」


 これからいざワープしようというその時、少年店主は大事なことに気が付いた。


「その杖、僧侶とか神官じゃないと使えないけど大丈夫?」




ーーーーーーーー




 王国を襲った未曽有の危機は、王女の無事が確認できたことでギリギリで回避された。

 また、隣国でも好戦派による似たような事件が起きていて、そちらもまたギリギリで回避された。

 両国の好戦派同士で通じ合っており、戦争になるように誘導していたのだ。


 これにより怒りの矛先は首謀者である好戦派の貴族達へと向けられ、両国で徹底的な粛清が行われることとなる。そして今回のようなことが二度と起こらないようにと、両国の仲をより深めて何かあったときは正確な情報を迅速に伝え合える体制を作ることが決まったのだった。


 そして無事に王城へと戻った王女は、城の者からある報告を受けていた。


「報告します!ご指定された森の中を探索しましたが、建物らしきものは発見できませんでした!」

「そう……報告ありがとう」


 カインから没収したメンバーカードを使い念のため秘密の店を探させたところ、やはり少年店主が言うとおりに見つからなかった。


「アベルは今頃あの杖をどうしているかしら」


 僧侶や神官しか使えないと少年店主は言っていたが、少しだけ魔力を持っているアベルが扱えたのだ。国を救った功績を称えてその杖を押し付け……褒美として与えたのだが、あまりにも貴重すぎるその杖を個人が管理できるはずもなく、アベルは王女に近しい大貴族に召し抱えられて保護されている。


 いざという時にすぐにアベルを呼び寄せその杖で目的の場所へと向かうため。


「秘密の店があの場所に無くとも、世界中のどこかにあるはず。絶対に見つけてみせるわ」


 それは母親の形見を買い戻すため、ではない。


「あの焼き菓子をもう一度食べるために!」


 彼女にとって秘密の店で一番価値がある物は、美味しい焼き菓子カン〇リーマ〇ムだった。

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秘密の店へようこそ! ~クラスチェンジアイテムはいかが?~ マノイ @aimon36

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