第26話 ぼうさい甲子園

 「ぼうさい甲子園」なるものがあります。


 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の経験と教訓を未来に向けて継承していくため、学校や地域で防災教育や防災活動に取り組んでいる子どもたち学生を全国から募集し、顕彰する事業……と説明されています。


 この中で昨年度、岩手県大槌町の吉里吉里中学校は「巾着で命をつなげ〜HAPPY&SAFETYプロジェクト〜」と題した取り組みで「ぼうさい甲子園」のグランプリに選ばれました。


 具体的な内容は、「防災巾着を高齢者に配り、これを持ってお年寄りに避難してもらう」というもの。


 これだけ見ると、巾着袋に防災グッズを詰めて避難を促す、というよくあるものにも思えます。


 このアイデアのユニークかつ卓越した真価は、


 『お年寄りに、という『役割』を担ってもらうことにより積極的に避難する意識と意欲を持ってもらう』という誠に画期的で素晴らしい着眼点にありました。納得のグランプリです。



 高齢者の被害が7割、という事実──。


 東日本大震災における、自治体ごとの被害の実態を紐解いたときに特に目を引くデータです。お年寄りは避難を最初から断念してしまっているという実態、それら心理的な壁を乗り越える取り組みとして、私も非常に注目しているところであります。


 第一期での内容でも述べましたが、津波浸水域に居住する高齢者は、被害想定を聞いた時点で「あ、無理だ、諦めよう」という心理にもなってしまっているのが実情らしいのです。もちろん、避難後の過酷な生活を思えば自宅で最期を迎えたいという気持ちも理解できなくはありません。しかし、そんな人達までも含めて救助にあたろうとする自衛隊や消防団の人達もいるということを忘れないでほしいのです。


 現在の制度、仕組みの中で被害を最小にするためには何よりもまず「避難行動」に移る意志と意欲が大切です。


 その中で、お年寄りの人にどうやったら避難してもらえるのか?


 この課題に、正面から向き合いかつ一つの答えを導き出した点で、このアイデアは誠に素晴らしいと思えました。


 避難所での心理については第一期にて触れておりますが、被災者として一方的に支援、援助を受けているだけという状況は被災者にとっても多大なストレスとなり得ます。そのため、どんなに些細なことでもいいので、避難所の被災者一人ひとりに役割を持ってもらうことがトラブルの抑制にもなりうることは先に述べたとおりです。

 前述の吉里吉里中学のアイデアはまさにここに着目し、避難したお年寄りに、「避難所で子どもたちにお菓子を配ってもらう」という役割をあらかじめ担ってもらうことに主眼が置かれています。


 そうです。

 前述のお年寄りに配られた巾着の中には、防災グッズなどではなくが入っているのです。


 そして、お年寄りにはこの巾着を持って避難してもらうことで、避難所で子どもたちにお菓子を配ってもらうというをもたせることにもなります。


 ただ避難するためではない、社会の中において自分に役割があるということは強力にその人を動かす意欲をもたせることにも繋がります。

 実際に被災地で経験したことを余さず受け取り、子どもたちが自分たちで導き出した答えとして、称賛したいアイデアでありました。

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