第32話 なんとしてでも sideクロード
「エミリアが行ったのは、オルディナ地方にある侯爵家の領地、それしか考えられない」
父の言葉が静かに響いた。その言葉に、かすかな記憶が蘇るのを感じた。オルディナ地方――彼が幼いころ、何度も耳にした地名。エミリアが領地に行くたび教えてくれた地。一度旅ができるくらい体調が戻った頃、父が連れて行ってくれた。一緒に過ごした日々が、まるで昨日のことのように思い出される。彼女と仲良く遊んだあの頃、無邪気な笑顔を浮かべていたエミリアの姿が脳裏に浮かんだ。
義兄か。確かに幼いころは仲良くしてもらっていた。エミリアとのあまりの距離の近さに嫉妬したこともあるが。
「珍しい髪と瞳の色だ。馬車に乗り継ぎながら向かったら、情報も得られるだろう」
エミリアの特徴的な外見は、彼女の足取りを追うための手がかりになるに違いない。心の中で、その情報を頼りにオルディナ地方へ向かう決意を固めた。
「必ず連れ帰り…いえ、それが無理でも協力してくれるよう、誠意を込めて頼みます」
「…お前に言っていなかったが、のんびり探す時間はない。半月だ。半月後のお前の誕生日に間に合わなければ…」
父の顔が苦渋に満ちた。
「誕生日?どういうことです。」
戸惑いを隠せなかった。父の言葉に隠された意味を探ろうとしたが、その答えは容易には得られそうになかった。
「…誕生日に体調を崩すのを忘れたか?エミリアが言うには、誕生日に黒い靄が一気に膨れ上がり、黒々とするそうだ」
「その靄は…いったい何なのです」
よくわからない恐怖。その靄が私にどのような影響を与えるのか、そしてそれがエミリアにどれだけの負担を強いてきたのかを想像するだけで、心が締め付けられるようだった。
「確信は…ある、が、今はそれを知るときではない。それをわかったとしても、エミリアにしかどうにもできないものだ。」
父の言葉には何かを隠しているような響きがあったが、それを深く追求する余裕がなかった。今はエミリアを見つけ出すことが最優先であり、父が言葉を濁す理由は後で問いただせばいい。
「とにかく、今すぐ向かいます。無事にたどり着いてればいいが…手掛かりがないか、聞きながら行こうと思います」
***********
「クロード早く、乗り合いの馬車あと10分で出るって!」
急いで馬車に乗り、窓から外を見る。雨はまだ降り続いている。よく考えたらあの日から、ずっとだ――あの日、エミリアが突然姿を消した日から、この憂鬱な天気は私の心を映し出すかのように続いていた。
出発を待つ間、窓から外の様子を見る。土砂降りの街の通りで、転んで泥で汚れた子がいた。
「母ちゃん!アリー転んじまった!」
少年が泥だらけの妹を支えながら叫ぶ。
「ああ、泥だらけじゃないか…」
その声には愛情と心配が込められていた。
「かあちゃん、ごめんなさい、ぐす…」
「いいんだよ、けがはないかい?ったく、こんな天気じゃ洗濯物も乾かないし参ったね。」
母親が娘を優しく抱きしめる光景に、一瞬、胸の中に温かいものと複雑な思いを感じた。
「…なあ、母ちゃん。アリーには、優しいよな。俺が汚したら怒るくせに…」
「コリーはわざと汚すだろう?そんなの怒るに決まっているだろ」
少年は不満げに言い、母親は笑いながら言う。
「あ!そういうことか」
「はは、とにかく急いで帰るよ、父ちゃんが腹をすかして待っているからね」
身を寄せ合い家路を急ぐ、母と妹と兄…
私は、私の家族は…母ではなかった、妹ではなかった…兄ではなかった
「クロード?」
心配そうに見つめるフルールの手をしっかりと握りしめた。
そうだ、今は感傷に浸っている場合ではない。エミリアを見つけ出し、彼女の力を貸してもらわなければならない、なんとしてでも。
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