水神様の話

やざき わかば

水神様の話

 その土地には、水神様が住んでいた。豊かな水を蓄えた川を操り、肥沃な土を生み、生命が育まれる。そんな毎日が愛おしい水神様であった。


 少し時代が進むと、そこに「人間」という種族が移り住んできた。彼らは肉体的には少し貧弱だが、すこぶる頭が良く、自分たちよりも強い獲物を狩り、山菜やどんぐりなどの木の実をとり、仲間同士で寄り添い、上手に生きていた。


 水神様は彼ら「人間」に興味を持った。


 時代がさらに進むと、彼らは農耕をするようになった。稲から米を作るためには、田んぼが必要だ。水神様は、川から水路を引く彼らのために、少しだけ水量を増やす。


 元々、水神様が育てた肥沃な大地である。そこに水神様の手助けも加わり、稲も他の作物も、面白いように育っていった。


 またまたさらに時代が進む。戦国末期、江戸時代の初めあたりだろうか。村も大きくなり、村人たちが水神様のためにお社を作った。水神様はとても喜んだ。人や神といった種族の隔たりなく、やはりいつの世もギブアンドテイクで成り立っている。


 ただ、やはり生物が増えると賑やかになる。賑やかになると、騒がしくなる。騒がしくなると、常識をわきまえないやつが出てくる。水神様は次第に、フラストレーションを溜めていった。


 それでも我慢していたのだが、ついにある日、爆発した。川の水量を激増させ、田んぼを壊滅し、家々を浸水させ、神のちからを目の当たりにさせた。


 村人は恐れ困惑し、村人の中で、若い女を生贄に捧げることに決まった。


 途端、さらに大きな水害にみまわれた。雨も降っていないのにである。これは、水神様が「若い女の生贄」など好んでいないのではないか、ということになった。


 ではどうすれば良いのかとなる。考えても埒が明かないので、水神様を祀ったお社へ行ってみると、まったく手入れがされていない。


 水神様の怒りの前に、まずこれをなんとかしようと、村人総出で清掃にかかる。雑草を抜き、溜まった埃を掃き出し、拭き掃除をし、傷んだ箇所を改修した。


 最後に、みんなで拝む。やり遂げた達成感。なぜここに来たのか、その場にいた全員が忘れていた。


 だが、水害は収まった。

 

 「なぁ。今までの水害って、お社が汚れてしまった水神様の癇癪じゃないのか」


 それから村人たちは、定期的にお社を掃除し、ささやかながらお供え物をするようにした。すると、壊滅させられた田畑がみるみると甦っていく。


「癇癪を起こすと厄介な神様だが、わかりやすくて助かるな」

「それに、こちらが報いるとそれ以上に助けてくれる。良い水神様だ」


 水神様は、村人たちや周囲の生きとし生けるものと、たまには助け、たまには助けられ、穏やかに暮らしていた。


 さらに時は流れ、現在。


「この水神様、まだその村にいるんだよ。俺の出身地なんだけどな」

「へぇ。それで、今でも癇癪を起こして、水害を招いたりするのかい」

「いや、最近の川は、護岸や防壁が整っていて、増水してもあまり影響がないだろ」

「そうだね」

「だから最近は、検査のときに、ほんのちょっとだけ水質を悪化させるんだよ」

「セコい神様だな」

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