中目黒の小噺タクシー

はた

第1章 小噺タクシーの掟

 東京の夜は長い。夜になっても眠らない人々が行きわたっている大都会だ。そして、その一人一人が人生の物語を抱えている。そんな、東京にはある都市伝説があった。


 中目黒に時折、変わった個人タクシーが現れる、と。


 40代後半、サタケはとある企業の会社員。今日もいい仕事をして、軽くビールと焼き鳥をつまんで帰路に着く。


 中目黒の飲み屋の脇で、サタケは右手を上げ、タクシーを止めて乗り込んだ。


「お疲れ様です。どちらまで行かれますか?」


 ドライバーの名前はコバヤシ。これといった特徴のない、似顔絵に書く時、一番困るタイプの、どこにでもいる顔の青年だ。


サタケは、


「赤羽に向かってください」

 と伝えると、


「赤羽ですね?」

 と、コバヤシが返す。何てことのない普通のやり取りだ。


 タクシーは一路、赤羽に向かう。サタケはネクタイを緩め、疲れを後部座席に落とし込む。その時、このタクシーの妙に気が付いた。


「あれ?」

 サタケは声に出した。


「どうされました、お客様?」

 コバヤシは聞き返す。


 それもそのはず、このタクシーにはあるべきものが無い。


「…君?メーターは?料金メーターが無いよね?」


 そう、このタクシーのどこを探しても、料金メーターが無い。運賃はどうするんだ?コバヤシは慣れた口調で、こう説明した。


「このタクシーは、小噺タクシーと言いまして。お客様からお話をいただいて、それに合わせて料金を決めさせていただいています」


「小噺…タクシー?」


 コバヤシの説明にサタケは少し困惑した。当然、そんなタクシーは聞いたことが無い。そんな面白い話なんて用意していない。サタケは困ってしまった。  


 ぼったくられるのかと、不安にかられる。そんなサタケの様子を見てコバヤシは、


「いやいや、何も滑稽なお話でなくて結構です。お子さんがテストでいい点を取ったとか、ペットが可愛いとか、そんなものでも結構ですので。高額な運賃は基本、いただきませんよ」



「はあ…そうだなぁ…うーん…」



 コバヤシは敷居を下げたが、それでも咄嗟に出るものではない。だがサタケにひとつ、思い浮かんだ話がある。それを口にし始めた。

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