口寄せ
キングスマン
口寄せ
まず、昨日の話を聞いてください。
朝の六時、夏の暑さと誰かの気配を感じて目を覚ますと、可愛い女の子の顔がありました。
どこか古風な雰囲気のその子は、ゆっくりと口を寄せてきて
僕はベッドから体を起こしました。
女の子は赤い着物を着ています。そして顔と体は綱引きでもできそうなくらい長い首で、くねくねとつながっていたのです。
いわゆる、
他にも全身に矢をうけたボロボロの落ち武者や、正式な名前はわからないんですけど、和製のゾンビみたいなやつ……亡者っていえばいいのかな?
とにかく僕の
ちなみにお化けたちはみんな、タネも仕掛けもない本物です。
まあ、はじめて見たときは失神しましたけど、慣れればどうってことないですよ。
毒を持ってるわけでもないし、無害です。
僕が水族館で魚をながめる感覚でお化けたちを見ていると、部屋のドアが開いて、僕の部屋をホラーハウスにした張本人がアイスを食べながら入ってきました。
彼とは幼馴染で親友で悪友です。
早乙女の家は代々つづく霊能者の名家で、その力を
早乙女は数ある霊能力の中でも、生まれつきの才能に左右される『口寄せ』と呼ばれる
この世ならざるものたちを呼び寄せることができる。それが口寄せ。
自分にはそういう力があるんだと言い張る彼を嘘つき呼ばわりすると、グロテスクなモンスター映画でもお目にかかれないような怪物を目の前に出されて、僕は見事に失神させられたものです。幼稚園児のころの話ですけどね。
それでこづかいが稼げるのではと考えたのが中学のとき。
公民館の一室を借りて、即席のお化け屋敷をやってみたんですけど、それなりに評判で、中学生には十分すぎるくらい儲けることができました。
お客さんはからの評価は高かったですよ。なにせ本物を呼んでたんですから。
それで高校生になった今年、夏祭りの目玉として去年よりも大がかりなものをやってくれないかと町内会長から頼まれました。高校生でも納得できるくらいの報酬を提示されて。
僕はすぐに早乙女に連絡をしました。
彼は了承してくれたのですが、夏祭りの日取りを聞くと、難色を示したのです。
手伝えないかもしれない、と言うのです。
僕が理由を訊ねると、彼は、説明はお祭り当日の朝にすると言いました。
そしてお祭り当日の朝。
部屋には僕と早乙女とお化けたち。
早乙女がパンと、
僕は早乙女に今日は手伝ってくれるんだろ? と聞くと、彼はそれをはぐらかすように、とりあえず現場を見たい、としか言いませんでした。
夏休みの午前七時半だというのに、外は驚くほど多くの人であふれていました。
ラジオ体操でもやっているのかもしれません。
そこで僕は中学生くらいの女の子から一枚のチラシを渡されました。
『さがしています!』という手書きの文字の下に、頭にリボンをつけているとおぼしき、おそらくなんらかの動物のようなイラストが描かれています。名前はジュリエットというみたいです。たぶんペットなのでしょう。
絶対この近くにいるはずなんです! 見つけたら連絡をください! 女の子は必死にうったえてきました。チラシには彼女の電話番号も書いてあります。
力になってあげたいけれど、このイラストに描かれてあるのは犬なのか猫なのか、はたまたヤマアラシなのか教えてほしいと
しばらく歩いて、現場であるお化け屋敷にやってきました。
外観はおどろおどろしい装飾がほどこされていますが、中身はからっぽです。
早乙女はチョコレートをむしゃむしゃしながら広い空き部屋の中を、ふむふむとうなずいて、何やら納得しています。
何枚目かのチョコを食べきったあと、早乙女は僕をじっと見つめて言いました。
やっぱり今日、俺はここで口寄せをできない、と。
それは困る! 僕は全力で抗議します。
だから、代わりにお前が口寄せをしろ、と早乙女は言いました。
は? 僕はへし折れるくらい首をかしげました。
そもそもどうして今日、早乙女がここで口寄せができないのか説明を求めたところ、ずっと前から憧れていたスイーツの有名なカフェに奇跡的に予約が取れた時間が、夏祭りの真っただ中だったという、こっちの魂が抜けてしまうようなあきれた理由だったのです。
しかし早乙女が甘いものに目がないのはわかっていたことだし、これまでさんざん世話になっているので
だからといって、霊能力者でもない僕に口寄せなんてできるわけないだろうと反発すると、早乙女は安心しろと言うのです。
口寄せは先天的な才能の世界、お前にはそれがある、と彼は断言します。
そして早乙女は古びた紙の挟まったクリアファイルを僕によこします。
クリアファイルは彼が楽しみにしている有名なスイーツのカフェのもので、本当に好きなんだなと脱力しますが、問題は中にある奇妙な紙です。
ところどころ痛んで、古びているけれど、まるで生き物のような存在感をこちらに伝えてくる不思議な紙。
僕が確実に口寄せを成功できるために霊気を込めた特別な紙だといいます。
いいか、よく聞け。
珍しく真剣な表情の早乙女に
これから口寄せの手順を教える。絶対に正しくやれ。間違えるな、省略もするな。いいな?
早乙女から教わった手順は以下のようなものでした。
・口寄せをはじめるのは、夏祭り開始の一時間前から。
・必ず一人でやること。
・誰にも見られてはいけない。
・見られた場合、その者を一週間、暗い場所に
・部屋のいたるところに合計で十七本の
・部屋の中心にクリアファイルを置いて、その前でなるべく頭を低くして、そこにある名前を、ゆっくり、はっきり、ていねいに読み上げること。
・名前は全て様付けで呼ぶこと。
・名前を呼ぶ順番はないけれど、必ず全て読み上げること。
・全て読み上げたあとで『ありがとうございます。感謝いたします』と、読み上げた名前の数だけ口にすること。
以上。
いかにも儀式的だな、と僕は思いました。
呼び出したものたちは、祭りの終わったあとに早乙女がここにきて片づけをしてくれるそうです。
僕はクリアファイルに挟まれた古びた紙に書かれた名前たちに目を向けます。
有名なものからそうでないものまで、お化けや妖怪の名前が確認できます。
ただその中で一人、違和感のある名前を見つけました。
なあ、この名前って、有名なアイドルじゃないのか?
それは間違いなく今この国で最も有名な少女の名前でした。
そうだよ、と早乙女は肯定します。
このアイドルって死んでたっけ?
いや、生きてるよ?
僕はわけがわからなくなりました。
生きてる人の霊を呼ぶのか?
ああ、生霊を口寄せする、と早乙女はうなずきます。
そんなことして大丈夫なのか?
不安になる僕を、早乙女は笑いました。
生霊っていうと魂を引っこ抜くイメージでもあるのかもしれないけど、そんなことないぞ。魂の一部っていうか、魂からあふれる精神の
それを聞いて、ほっとします。
だけど気をつけろよ? 早乙女は警告してきます。アイドルみたいな存在の生霊はそれだけエネルギーがでかい。万が一にも名前を呼ばなかったりしたら、その反動はそこらの悪霊なんかより、よっぽどきついぞ。
名前を呼ばなかったら、どうなるんだ?
おそるおそる訊ねる僕に、早乙女は、はっきりこう告げました。
呪われる。
僕は言葉を失いました。
僕がよっぽど怯えていたのでしょう。早乙女は苦笑しながらこう加えました。
心配するな。呪いっていってもホラー映画に出てくるような、死んだり死ぬほど苦しめられたりするようなものじゃないから。
じゃあ、どんなものなんだ?
呼ばなかった名前に関連した呪いを受けることになるけど、そもそもそんなやばい呪いが返ってくる名前はその中にないぞ。
そうなんだ。
ようやく僕は安心できました。
ただ、万が一、呪われた場合、呪いがとけるまでに一ヶ月くらいかかるから、そこだけは用心しろよ?
え?
おっと、そろそろ時間だ。じゃあ、しっかり口寄せしろよ。
そういって早乙女はスイーツの楽園に旅立ったのです。
この世界がありきたりなホラー映画の中だとしたら、今後の展開は容易に想像できます。
ちゃんと説明を受けたにもかかわらず、単純なミス、あるいは想定外の妨害が入って僕は口寄せに失敗して、呪われてバッドエンド。
もちろん、そんなことは起こるはずありません。
僕は言いつけを守り、時間と環境を徹底して、紙にある名前を全て読み上げ、無事に口寄せを成功させ、お化け屋敷を盛況のうちに終わらせたのでした。
めでたし、めでたし。
夏祭りの終わりと同時に、スイーツを
僕が口寄せしたものたちをしげしげと眺めていた彼の表情が、なぜか徐々に強張りはじめます。
そして、彼はこう言いました。
一つたりない、と。
早乙女は僕の肩を強く掴んで叫びます。
どうしてあいつを呼ばなかったんだ!
僕が呼び忘れた名前などないはずです。断言できます。
それでも早乙女は、その場に崩れて、まあ頑張って一ヶ月ほど呪われてくれ、とつぶやいたのでした。
翌日、つまり現在。
朝の六時、夏の暑さと誰かの気配を感じて目を覚ますと、可愛い女の子の顔がありました。
彼女はこっちに口を寄せて、僕に噛みつこうと歯を見せます。
寸前のところでそれを回避して、僕はベッドから飛び起きます。
少年、おじいちゃん、犬、招き入れた覚えのない不法侵入者たちが、物欲しそうな瞳で僕に口を寄せてこようとします。
たまらず僕は家から飛び出します。
遠くから亡霊のような足取りで、人や動物が僕をめがけて近づいてくるのがわかります。
これが口寄せに失敗した僕への呪いです。
あのとき僕は、あそこにあった名前を全て呼べていなかったのです。
古びた紙に書かれた名前は全て読みました。
問題は、それを
早乙女が憧れていた有名なスイーツカフェのアイテム。
あれも呼ぶべき名前の一つだったのです。
それを呼び忘れてしまったせいで、僕はスイーツカフェの呪いを受けている真っ最中なのです。
一部の人や動物たちは僕を人気スイーツだと思い込み、僕を味わおうと口を寄せてくるのです。
とはいえ精々、噛まれるくらい。そこまで害はありません。
なんだったら、部屋に鍵をかけて閉じこもっていればいいのです。
そこまで怖くありません。
ふと、すぐそばに中学生くらいの女の子が立っていました。
どうやらこの女の子は僕をスイーツと認識していないようで、不安そうな顔で僕に一枚のチラシを渡してきました。
『さがしています!』という手書きの文字の下に、頭にリボンをつけているとおぼしき、なんらかの動物のイラストが描かれています。名前はジュリエット。
そういえば昨日もいた、ペットを探している子です。
まだ見つからないの? という僕の声に少女はうなずきます。
ところで、このジュリエットっていう子は、犬なの? 猫なの?
僕の問いに少女は、ヤマカガシです、と答えました。
ヤマカガシ?
首をかしげる僕に向かって、少女は親切に教えてくれました。
毒蛇です。
口寄せ キングスマン @ink
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます