第43話 割り込む声
「お嬢」
聞こえるはずのない落ち着いた低い声が落ちてきて、浅い眠りについていたシィリンは身じろぎした。
何度か瞬きすれば、顔を覗き込むように優しげなトパーズの瞳とぶつかる。
「……ビズー……?」
「はい。ふふ、寝ぼけていますね。普段はきりっとしているお嬢にしては珍しいことです」
「なんで、ここ……にいるの?」
眠ったのは確かにジッケルドクラ伯爵家だというのに。
ビズーは父の秘書で、右腕だ。父の傍から離れることがない。
「ファム様の話を聞いたんでしょう。大丈夫ですか?」
ファムはシィリンの母の名前だ。ファムリアという名前で、父の部下たちからはファム様と呼ばれ慕われていた。
だから、こうして忙しいはずなのに、シィリンの元に来てくれたのか。
心配してもらえたことが嬉しい。
父の部下はシィリンには甘い。
シィリンの教育はある程度教師をつけてくれるが、基本的には放任主義だからだろう。
父の方針はわかっているけれど、実際にこうして部下たちに甘やかされるとシィリンはふにゃりと表情をやわらげてしまう。父に別に甘やかしてほしいわけではないと思うけれど、どうしても家族としての触れあいを心地よいと感じてしまうのだ。
腕を伸ばせば、ビズーは身を前に倒してくれた。
きっちりとした高いスーツを着こなしているくせに、皺など気にならないらしい。
彼に抱きしめられながら、胸に顔を押し付けた。
一呼吸してから、シィリンは顔をあげて尋ねた。
「あの男は、何者?」
穏やかな笑みを絶やさずに、ビズーは小さく頷いた。
「小者ですよ」
父に心酔しているビズーにかかれば、どんな相手でも小者扱いだと知っている。
相変わらずの彼に、シィリンは小さく吹き出した。
「ビズーにかかれば、誰でも同じ評価でしょう?」
当然だという顔をしている彼に安心する。
だとしてもこうして心配して駆けつけてくれるから。
「一方的にボスを逆恨みしているんです。とくに、怖がる必要はありません」
「そう……そうなのね」
確信を込めて告げられれば、シィリンは納得するしかない。
けれど、あの男は現在、ジッケルドクラ伯爵家と懇意にしているのだ。父に恨みを持つ相手が、シィリンの婚家に近づいたのは偶然だろうか。
いやむしろ、父がシィリンを嫁がせた目的が、あの男にあるのかもしれない。
判断するためにも、婚家を助けるためにも、どちらにしても敵を知ることが大事だとシィリンは思う。
「ビズーが教えてくれるの?」
「そんな甘い男だと思われるのは心外ですね」
「こうして来てくれている時点で十分に甘いと思うのだけれど?」
「じゃあ、上手におねだりできたら、考えてあげますよ?」
厳しい顔をしてもビズーの顔は優しい。もともと柔和な顔立ちであるので、迫力がないのだ。
そして一見断っているようで、結局は教えてくれることもちゃんとわかっている。
だから、シィリンはほほ笑んで答えようと口を開いた。
「何を教えるのか、説明してもらおうか?」
その時、硬質な声が割り込んできて、シィリンは目を瞬いた。
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