第3話 職業:農民
次の瞬間、目を開けると街の広場のような場所にいた。
周りには俺と同じ様にキャラクリエイトを終えたであろうプレイヤーたちが、続々光の柱と共に出現している。
ざわざわとした人々の声。
これは……水飛沫の音だろうか? 擬音で言うザァーという音が背後から聞こえてくる。
振り返るとそこには立派な噴水が佇んでいた。
その淵にはプレイヤーや、恐らくNPCの老人が座っている。その老人の足元には白内障っぽい老犬がお座りしているのが目に入った。
「へぇ……すごいな」
俺は精密過ぎる街の再現度に感嘆する。
一歩、二歩と前へ足を踏み出すと、噴水の霧のような水飛沫が肌の表面撫でるのが分かる。
身体の感覚も、視覚も、嗅覚も。恐らく味覚も。
完璧に再現されているようだ。
俺の横をプレイヤーらしき長髪の金髪少女が走り過ぎていく。
キャラクリエイトで髪色を変えたプレイヤーだろうか……。そう思っていると、そのプレイヤーの後を追う風が俺の鼻孔をくすぐる。
花のいい香りがした。
それにしてもあのプレイヤーは何を急いで走って行ったのだろう。
何かクエストでも受けているのだろうか? それとも早く戦いたくて仕方がないとか……?いや、流石に――。
戦い……狩場……この人の数……そうか!
魔物の狩場が人であふれる前に、少しでも経験値を稼いでおこうという事なのか!?もしそうだとしたら、俺も早く狩場に急がなければ!
そう思っている間にも、広場に降り立ったプレイヤーたちが何かを操作して続々と広場を離れていく。
ん? 何かを操作……あっ! 職業!
俺としたことが、あまりのリアルさに惚けて職業の確認を忘れていた。
危ない危ない。
IPOの公開β攻略板にはいろいろなお役立ち情報が書かれていた筈。そこにもウィンドウを開く方法が書かれていたと思うのだが……。
確か、あのウィンドウを開くにはステータス、オープンだっけか?
そう考えた瞬間、ヴォンという音と共にキャラクリエイトの時に見たウィンドウが目の前に出現した。
「おお……出たぞ」
俺は少し目を見開きながら呟く。
さて、どれどれ職業は……?
「な、んだと」
俺は人目を憚らずその場でがっくりと項垂れる。
俺の職業欄に書かれていた名前。
それは――
――農民だった。
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PN:フィエル 職業:農民
Lv.0
体力:34/34
魔力:39/39
筋力:26
魔攻:33
物防:19
魔防:17
素早さ:27
知力:11
精神力:17
器用さ:12
運:31
SKILL 【剣術/Lv.0】【火魔法/Lv.0】【風魔法/Lv.0】【水魔法/Lv.0】【土魔法/Lv.0】【闇魔法/Lv.0】【錬金術/Lv.0】【召喚術/Lv.0】【使役/Lv.0】〖植物採取/Lv.1〗〖農耕/Lv.1〗〖品種改良/Lv.1〗〖植物知識/Lv.3〗
所持金:1000
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よりにもよって、農民。
公開β板で一番使えないと言われていた職業、農民。
最悪だ……。
俺の悪役人生ここで終わったと言っても過言ではないだろう。
しかし、悪役になりきれなくともこのゲームを楽しむことはできるかもしれない。
それだけが救いか。
しかし、キャラクリエイトをし直すって言う手段もある。だがそれだと時間のロスが大きい。『史上最悪の悪役』になるにはやはり時間ロスは惜しい。
いや、俺はまだ悪役に未練を持っているのか。
それに、俺は仕事を辞めた。
稼ぎ口はここしかない。地道でもいいから稼いで何が何でも楽しむしかないな……。
そう思い至り立ち上がる。
すると辺りの視線がこちらに向いているのに気づいた。中には指をさしているプレイヤーもいる。
そんな者達の目には好奇の色が浮かんでいた。
やべっ、変に目立ち過ぎた。
俺はその場を離れるべく、街の外に向かって走ったのだった。
大草原なう。
まあ、大草原と言っても見晴らしがいい感じではなく、所々木や丘が点在している感じだ。
そんな地形の中、プレイヤー達は魔物狩りに勤しんでいる。
見えた魔物の種類はβ板の情報通り、
まだプレイヤーが埋め尽くすほど草原に集ってきている訳ではないので、VRMMO初心者の俺でもまあまあ狩れそうだ。
さて、俺もぼちぼち魔物を狩っていきますかね。
「——あ、その前に一応農民の詳細確認しておこう。割と有能かもしれんしな」
ステータスを開いて、農民の文字をタップする。
するとステータス画面が横にズレて、新しいウィンドウが現れた。
使えないと事前に知っていても、どこか期待していた部分があった。
しかし、現実――VRMMOの中だけど――は無情だった。
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職業:【農民】
詳細:リンファーレにおいて最もメジャー且つ、就職者が多い職業。
(外なる世界の旅人がこの職業を持って世界に降り立った時、農具セットが支給される)
鎌、鍬、シャベルの適性に大幅補正。武器の適性が中程度下がる。
職業スキルとして〖植物採取/Lv.1〗〖農耕/Lv.1〗〖品種改良/Lv.1〗〖植物知識/Lv.3〗を取得。
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おうふ、戦闘に全く使えない職業だと判明いたしました。
しかも武器適正が下がるとか嘘だろ?
職業スキルの内容も完全に農民だ。
現実を突きつけられ正直テンション駄々下がりである。
俺は何気なくステータス横のインベントリを開く。
確かにそこには『初級農具セットBOX』なるものが入っていた。
タップで開いてみる。
すると農具セットの表示が消え、入れ替わりで『初心者の鎌』『初心者の鍬』『初心者のシャベル』『手袋×2セット』『採取物袋×3』が現れた。
BOXというだけあって結構色々入ってたな。
俺は取り敢えず『初心者の鎌』取り出す。インベントリに取り出したいものを念じながら手を突っ込む感じだ。
すると取り出せたのは、綺麗な曲線を描いた新品の草刈り鎌だった。
草刈り鎌。それから連想するものはやはり雑草だ。
自然と俺の視線が、近くの背丈の高い草――俺の膝上くらいはある――に向く。
切れ味を試す為にあれを刈ってみるか。
俺は草に近付く。
すると突如としてその草にエネミー表示が立った。
「は?」
え? これ、敵mobなの?
草が敵mobって何の冗談だよ……いや待てよ? 公開β板にそう言えば草型の魔物がいるって書いてあったな……。って事はこの草は――
「鑑定」
俺はプレイヤー標準装備である鑑定を草に飛ばす。
すると目の前に新たなウィンドウが現れた。
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《リトル・グラス Lv.1 危険度:G》
詳細:リンファーレの草原の草が魔物化したもの。
討伐するとなんらかの薬草に変わるとされている。
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危険度は最低のG。という事はそこらにいる初級魔物と変わらないって事だ。
俺は手元の鎌とリトル・グラスを交互に見る。
こりゃ……狩るしかねえよなぁ!?
俺は慎重に後一、二歩の距離をそろりそろりと近付く。
周りから見たら、ちょっと背丈の高い草に忍び足で近付く変態にしか見えないだろう。
他人の目なんか気にしてられるかよ!俺はやっぱり悪役を諦めないぞ。
そのためにはまず、二次職に就けるレベルに達せねば。
農民でも最恐に成れるってことを証明して見せるんだ。
二次職に就けるレベルは20のはず。先ずはそこまで上げてみよう。
そんな事を考えながら、サッとしゃがんでリトル・グラスの上の方を纏めて掴み、鎌で切り取る。
すると瞬時に身体が軽くなったのを感じた。
もしやこれは……。
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PN:フィエル 職業:農民
Lv.1
体力:34/37
魔力:39/41
筋力:28
魔攻:34
物防:20
魔防:18
素早さ:29
知力:14
精神力:19
器用さ:14
運:31
SP:2
SKILL 【剣術/Lv.0】【火魔法/Lv.0】【風魔法/Lv.0】【水魔法/Lv.0】【土魔法/Lv.0】【闇魔法/Lv.0】【錬金術/Lv.0】【召喚術/Lv.0】【使役/Lv.0】〖植物採取/Lv.1〗〖農耕/Lv.1〗〖品種改良/Lv.1〗〖植物知識/Lv.3〗
所持金:1000R
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やっぱりだ! レベルが上がってるぞ!!
ステータスも軒並み上がっている! 素晴らしい、素晴らしいぞ!!
俺はその場で小躍りしたい気持ちを堪えて、手に持っている草を鑑定する。
なぜなら先程の魔物の鑑定結果に『討伐するとなんらかの薬草に変わる』と書いてあったからだ。
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【ギレフ草 等級:G 品質:B 分類:薬草】
詳細:リンファーレにおいて一般的な薬草。
そのまま食べると体力が15回復する。
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おおっ……! やっぱり薬草だ! 食べるだけで15回復は序盤は有難いぞ。
しかし、匂いを嗅いでみた感じ、この青臭さ。恐らく食べるととんでもなく苦いのではなかろうか。
やっぱりそのまま食べるのは勘弁。ポーションにして使おう。
いや? そのまま売る事もできるかもしれないな。
どちらにせよ、この調子で草狩りじゃあ!!
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