18.デート

―碧生―

「お待たせしました、タコライスです」

細かく刻んだレタスとトマト、挽き肉の載ったボウルが目の前に置かれる。向かい側では、キノコがたくさん入ったクリームパスタが湯気を立てている。

「ごゆっくりどうぞ」

店員さんが伝票を置いて立ち去る。恐る恐る、カトラリーの入った籠を覗いてみた。

「はい」

俺が手に取るより早く、先生がスプーンを拾い上げて差し出してくれる。

「これって、スプーンで食べるの」

「はい」

頷き、先生は自分用にフォークとスプーンを手に取ると、器用にスプーンの中でパスタを巻き始めた。

「すご。俺、それ無理だわ」

「慣れですよ」

上手い具合に一口サイズに巻かれたパスタが、先生の小さな口の中へ消える。

俺も、タコライスをスプーンですくって口に入れた。ほんの少し、辛味がある。こういう味がする物なのか、と初めて知った。

「先生って、こういう所によく来るの」

聞きながら、伊達メガネ越しに店内を見回す。

半ば強引に事務所から連れ出され、先生の車に乗せられてやって来たのは、繁華街の一角にあるカフェだった。平日とはいえ、お喋りに花を咲かせている女性客が結構いる。学生らしきカップルの姿もあった。

「あ、分かった」

「はい?」

「ここ、先生の定番デートコースなんでしょ」

すると首を傾げられた。

「定番、というほどデートをした経験は無いけど。ここには、何度か朝陽と来たことがあって」

「朝陽くんと?」

心の奥がざわつく。

こんなおしゃれな場所に、朝陽くんと二人で。

何度も?

「朝陽くんと、本当に仲良いんだね」

何気なく呟いた一言に、随分と拗ねた響きが混ざってしまって戸惑った。

先生は特に気にした様子もなく、パスタをくるくると丸めている。

「朝陽は、元々同じマンションに住んでたから。それでよく、一緒にご飯を食べてたんですよ」

「ふうん……」

食べ慣れない味のご飯の中に、スプーンを差し込む。

「……先生って、俺らの事は”さん”付けで呼ぶくせに、朝陽くんのことは呼び捨てなんだね」

「え?」

先生が少し、戸惑った表情を浮かべた。

「それは……」

「ごめん、やっぱ何でもない」

顔が熱くなる。一体何を言ってるんだ、俺は。

「えっと」

どうにか話を逸らしたかったけれど、先生は何か考えるように首を傾けた。

「先生と生徒なんだから、そこはきちんとしないと、と思って」

言いかけ、先生はふとフォークから手を離した。

「ああ、そっか」

切れ長の一重が、俺の事を真っ直ぐ見てくる。

「デートなんだし、名前で呼ぼうか?」

「……え、っ」

手から滑り落ちたスプーンが、ボウルに当たって派手な音を立てた。

「いや……いい。いい!」

伊達メガネが飛んでいきそうな勢いで首を横に振る。

「そっ、それより!映画、何観る?!」

「ああ、映画ね」

俺の狼狽なんか気にした風もなく、先生は自分のスマホを出すと上映スケジュールを調べ始めた。

派手に暴れる心臓を宥めるように胸をさする。

何で、こんな。

名前で呼ばれるのを一瞬、想像しただけでこんな―。

「何か観たいのある?」

「う、えっ?」

声がひっくり返った。

「大丈夫?」

「いやちょっと、これ辛くて」

タコライスのせいにして水を呷る。

「今調べてたけど、丁度良さそうなのがなくて。恋愛ものが良いんじゃないかと思ったんだけれど」

「は?何で」

「デートだから。ロマンチックな雰囲気にしないと」

先生の顔は、大まじめだ。

「いや、男二人で恋愛映画は恥ずかしくない?」

「そんな事を気にしたらいけない。観たいものを観ればいいんだから」

「観たいって言った覚えはないんだけど」

しかし、じゃあ何がいいと言われても困ってしまう。

「先生は普段、どんなの観るの?」

「特に好みはないけれど。話題のものとか、たまたまテレビで放送されたものとか」

あとは、と何気ない調子で情報が追加される。

「朝陽に勧められて観たりとか」

「……へえ」

ああ、まただ。

その名前を聞くと、何故か心の奥の方で、ざわつく音がする。

「朝陽くんと、映画観に行ったりもするんだ」

「いや、行かない」

「え?」

「朝陽と観る時は、部屋でご飯食べながらだから」

「……そうなんだ」

段々と声のトーンが落ちていく俺に気づいたのか、先生が怪訝な表情を浮かべた。

「どうかしたんですか」

「ん……やっぱり、映画いいや」

「どうして」

「観たいもの、ないし」

そうですか、とあっさり先生は頷いた。

「では、どうしますか。海に行きます?」

「海……」

迷っていると、そうだ、と先生は何か思いついたように手を打った。

「海じゃなくて、水族館はどうですか」

「水族館?」

「デートといえば、定番では」

「そう?でもさ……」

店の壁に掛かった時計を見る。

「もう遅いし、閉まる時間なんじゃ」

「あ。確かに」

言いつつ、先生はスマホで何か調べ始めた。あ、と手が止まる。

「大丈夫そうです」

「え?」

「この時期は、遅い時間まで入れるみたいですよ」

「そうなの?」

「どう、行きませんか」

提案され、少し迷って結局頷いた。

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