9.泥酔
―亮―
「あー、お腹いっぱいだね」
「うん。美味しかった」
「でしょー。じゃあ、そろそろ行こっか」
「うん」
半個室の造りになっている席から立ち上がる。
近くの席からは、肉の焼ける音や笑い声が聞こえてくる。今日は朝陽に連れられ、久しぶりに焼肉を食べに来ていた。
「ここの店、『star.b』の子達に教えてもらったんだよね」
「あ、そうなの」
「そう、よく来るんだって。ひょっとして、今日も来てたりして」
「まさか」
話しながらレジへ向かっていると、トイレから派手な髪色の男性が出て来た。アニメキャラクターのようなシルバーヘアに見覚えがあり、つい顔を見てしまった。
「あっれー?英先生だ!朝陽くんも!」
嬉しそうに声を上げた彼は、『star.b』で一番年下メンバーの新井さんだった。
朝陽が驚く。
「千隼、お酒飲んだの?」
「うん、めっちゃ飲んだー!あはは」
「待って、飲んで大丈夫なの?」
「うんっ」
朝陽に向かって、得意げにピースサインを出して見せる。
「今日でハタチになりました!」
「まじ?誕生日なのか!おめでとー」
「ありがとー!」
万歳して喜ぶ新井さんの吐く息からは、かなりのアルコール臭がしてくる。
「随分、飲んだんですね」
思わず言うと、少しだけバツの悪そうな表情をされた。
「ちょっと飲み過ぎちゃったかも。あ、そうだ朝陽くん」
何か思い出した様子で、朝陽の方を見る。
「あおくんが酔って寝ちゃったの。どうしよう」
「え、碧生が?」
「あおい……」
名前から、牧野さんの顔を思い出すまで少しかかった。
「そんなに飲んだの?」
朝陽が聞くと、新井さんは頷いた。
「泡盛がダメだったみたい」
「泡盛い?」
朝陽が目を見開く。
「何でまた、そんな強い酒を」
「そうなの?」
聞くと、朝陽は困った表情で頷いた。
「俺は飲んだ事ないけど、結構度数高いと思うよ」
「へえ……」
僕も朝陽も、あまりお酒が好きじゃない。今日も、お互い烏龍茶しか飲んでいなかった。
「どこにいるの?」
朝陽が聞くと、新井さんは奥の個室を指差した。
「あっ、朝陽くん!」
個室の中を覗くなり、内海さんが朝陽に気づいてほっとした表情になった。
どうやら『star.b』メンバー全員で来ていたらしい。僕と目が合うと、櫻井さんがお化けにでも遭った様な顔をした。どうやら嫌われているらしい。
「おいおい、大丈夫か碧生ー」
朝陽が内海さんに近づく。
見れば、あぐらをかいて座っている内海さんの腰に抱きつくようにして、牧野さんが真っ赤な顔で寝息を立てていた。
「どうしよう、これ」
内海さんが弱った声を出す。
「起きそうにないし」
「ほんとだね……おーい、碧生」
朝陽が、少々強めに牧野さんの肩を叩く。んん、と呻くような声がしたかと思ったら、すぐにまた寝息が聞こえてきた。
「飲ませ過ぎだよ」
朝陽がため息をつく。
「千隼が飲ませたんやで」
「だってあおくん、そんなに弱いなんて思わなかったんだもん」
「俺は止めたけどね」
「あおー。頼むで起きてや」
「無理だよ、もう。タクシー呼んで詰め込もうぜ」
メンバー達があれこれ言い合う中、僕は内海さんの傍に膝をついている朝陽に近づいた。
「僕、送って行くよ。ちょうど車で来てるし」
「あ、そっか。じゃあそうしよう」
「とにかく、ここから運び出さないと」
「よし。亮、そっち持って」
朝陽と二人がかりで、牧野さんを内海さんから引き離し抱き起こす。
「朝陽、外まで連れて来れる?僕、車とってくるから」
「うん、よろしく」
「朝陽くん、手伝うよ」
「だめだめ、お前らみんな飲んでるだろー。先帰れよ」
「気をつけてね」
言い残し、近くの駐車場へ停めた車をとりに急いだ。
店の前に車をつける。
結局目を覚まさなかったのか、牧野さんは朝陽に背負われたまま眠っていた。
「泥酔だね」
「ほんとだよ、雅人に叱ってもらお。マネージャーしっかり管理しろよ、ってね」
冗談を言いつつ牧野さんを後部座席に座らせ、朝陽は自分も隣に乗り込んだ。
「支えてないと転がるわ」
「そうね」
運転席に乗り込む。
「寮、どの辺り?」
「えっとねー……」
朝陽は自分のスマホで何やら検索すると、画面を見せてくれた。地図が示されている。
「ここ!分かる?」
「あー……じゃあ先に、朝陽を下ろした方が早いね」
「えっ、大丈夫だよ。先に碧生の事送ってから」
「いいよ、すごく遠回りになる」
シートベルトを締める。
「朝陽、牧野さんにもシートベルトしてあげて。そしたら、座っていられるでしょう」
「良いのかなあ。亮、ほんとに一人で大丈夫?」
「大丈夫。任せて」
エンジンをかける。まずは、朝陽の住むマンションへ向かった。
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