29 闘技場へ
王者決定国家武闘会の本選は、王宮に隣接した闘技場で開催される。
今日は本選初日だけど、僕の試合は午後からなので午前中がぽっかり空いてしまった。ウキョウとサキョウは午前中の開会式直後から出場が決まっているので、準備の為先に会場入りしてしまい僕と一緒にはいない。
実は双子は、「アーネスと離れるなら……」と出場辞退まで検討していた。だけどエンジが呆れ顔で「俺とベニがいても心配か?」と言ってくれたことで、後ろ髪を引かれつつも出かけていったんだよね。勿論、僕とエンジで二人の応援をする予定だ。
ちなみにエンジも本選参加者のひとりだった。「俺は予選なしの本選強制出場なんだよ。面倒くさいがな」と半分ボヤきつつ教えてくれた。
予選なしってどういうことなんだろうと僕が不思議そうな顔をしていると、王宮関係者は大体みんなそうだと教えてくれた。
成程、つまり王宮務めの人はみなさんムッキムキの強者ばかりということか。うわ……、ちょろっとでいいから彼らが働いている姿を見てみたい! 筋肉隆々の漢たちが書類仕事とかしてる姿なんて垂涎ものじゃないか!
少し想像しただけでニヤけてしまった僕を見て、エンジが「……お前が何を想像しているか分かるぞ。筋肉隆々な男たちが集まって仕事をしている場面だろう」と遠い目をしながら言ってきた。
「えっどうして分かるんですか!」と素直に驚いたら、溜息を吐かれた。え、なんで?
それにしても、筋肉が素晴らしいだけじゃなくて洞察力も凄いなんて、さすがは僕の推しだよね。
尚、元々王都に住んでいる人は、関所ではなく闘技場で予選を戦いコインを五枚集めたら本選出場権が得られるんだそうだ。この国は五って数字が好きなんだな。国王も最多で五回までだし。
そんな訳で、朝のお祈りから鍛錬、更には家事まで終えた後、僕はエンジと闘技場見学に訪れていた。僕の腰には当然のようにベニの尻尾が巻き付いている。これももう、すっかり慣れてしまった。慣れって恐ろしい。
「うわあ……迫力……!」
闘技場は、巨大な建造物だった。
デカいものに憧れをいだ
どことなく誇らしげなエンジが頷く。
「だろう。俺もガキだった頃に初めて見た時は、いつかここで戦って頂点に立ってやるって興奮したもんだ」
「エンジの子どもの頃って想像できないです。若い頃からムキムキだったとしか思えなくて」
僕が率直な感想を述べると、エンジが上唇を尖らせて文句を言いたげな目で僕を見た。
「おい、若い頃とはどういうことだ。俺は二十四だぞ。まだ若者の部類に十分入るだろうが」
「え、二十四だったんですか!? てっきりもうちょっと上だとばかり」
「お前な……はあ」
エンジは溜息を吐くと、当たり前のように僕の頭を上から片手でボールのように掴んだ。ちなみにエンジ曰く、「持ちやすいから」掴んじゃうんだそうだ。エンジの手首を掴んで力一杯持ち上げようとするも、ビクともしない。
「ちょ……っ、エンジの方こそ、僕は大人だって言ってるのにこうやって子ども扱いしてるじゃないですか! もう、いつもいつも人の頭を簡単に掴んで!」
僕の抗議に、エンジが一瞬キョトンとした顔になった後、おかしそうに吹き出す。
「……プッ」
「ああ! 笑いましたね!? くっそー! 僕だって少しずつ食べられる量も増えてきたし、きっともうすぐ爆発的な成長を遂げてみせるんですからね!?」
「あー頑張れ頑張れ」
「二回繰り返すのって嘘吐いてるって言うの知りませんっ!?」
「はいはい、分かったからそうムキになるな」
エンジは笑顔のままぐしゃっと僕の髪を掻き乱すと、僕の背中を押しながら闘技場に向かって顎をしゃくった。
「ほら、中に入るぞ。中は相当広いからな、しっかり位置を覚えておかないと本選出場に間に合わない羽目に陥るぞ」
「えっ!? わ、分かりました!」
エンジは何がおかしいのか、もう一度「ブフッ」と吹き出すと、僕の背中に手を触れたまま僕を促して闘技場内の案内を始めたのだった。
◇
闘技場はローマのコロッセオを彷彿とさせるもので、中央の一番低い部分に舞台が、それをぐるりと囲むように階段状の観客席が全部で四階に区切られて設けられていた。
それにしてもデカい。観客席は人だらけで、ひとたびエンジを見失ったが最後、もう会えないんじゃないかという盛況っぷりだ。前世で言うならば、テレビやネットで見かけた有名歌手のドームコンサートみたいなイメージが近いかもしれない。
「ほらアーネス、ぼうっとするな。迷子になるぞ」
「は、はいっ――うわっ」
一歩前に出たエンジを追いかけようとした途端、横から割り込んできた屈強な男に正面からぶつかってしまった。
だけど僕の腰にはベニの尻尾がしっかりと巻き付いている。お陰で吹っ飛ばされることがなかったのはよかったけど、また宙ぶらりん状態にされてしまった。
周りの人たちが、ぎょっとした目で僕たちを見る。う、うわあ……っ、注目しないで!
視線が痛すぎて、慌ててベニに頼み込んだ。
「ベニ、ありがと! でも下ろして、頼むから!」
「ガウッ?」
え、なんでみたいな顔で見ないでくれるかな?
と、僕が宙吊りになっているのを見たエンジが呆れ顔で戻ってくる。
「おい、何してるんだ」
「エンジ!」
助けを求める目でエンジの方を見ると、エンジがベニに「もういいベニ、下ろしてくれ」と言ってくれた。ベニはすぐさまエンジの目の前に僕を下ろす。……僕の言うことは一切聞かないのに……。
エンジに向かってペコンと頭を下げた。
「トロくてごめんなさい! ぶつかって吹っ飛ばされそうになったらベニが助けてくれたんですけど、あの状態に……はは……」
「……まあ、アーネスは小さすぎて見えにくいからな」
その通りなんだろうけど、ぐさっとくる。思わずムスッとすると、エンジが破顔した。
「ぶ……っ! すまんすまん、小さい人間の感覚はもう大分昔のもんだからな、抜けていただけだ。気付かず悪かった」
「あ! また小さいって言いましたね!?」
上目遣いで睨むと、エンジが頬を緩ませる。
「そういじけるな、アーネス。お詫びに運んでやるから許せ」
「え? 運んでやるって一体――わ、わわっ!?」
なんと、エンジは突然僕の腿に腕を回すと、ひょいと持ち上げてエンジの肩の上に乗せてしまったじゃないか。
一気に開けた視界とエンジの逞しさに、思わず感嘆の声を上げる。
「うっそ……、僕を軽々ですか!? エンジ凄いです! 格好いい!」
「ぶは……っ、そうか、ならよかった」
僕の手放しの褒め言葉に、何故か吹き出すエンジ。
「あれ、今もしかして子ども扱い……」
「してないしてない」
僕が疑わしい目でエンジを見下ろすと、エンジが我慢し切れないとばかりに大笑いし始めてしまった。
「あはは……っ! ほら、そんな不貞腐れてないでよく見ておけ。今ならどこに通路があるかも見えるだろ」
「わ、分かってますもん!」
周囲の視線が集まっていることよりも、エンジが楽しそうに笑っていることが何故か嬉しくて、からかわれているのが分かるのに僕まで笑顔になってくる。
ひと通り笑ったエンジの青い瞳が、優しい弧を描きながら僕を見上げる。
「ほら、俺の頭でも首でもいいから、しっかり掴まっておけよ」
「……はい!」
エンジの頭に両腕でしがみつくと、エンジはまた「ふはっ」と笑いながら、闘技場の中の説明を始めたのだった。
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