14 新鮮
「ここの麺はうまいぞ」とエンジが薦めてきた、日本のラーメン屋台そっくりな屋台で舌鼓を打った後。
市場に寄って食材を購入すると、四人で手分けして屋敷に持ち帰ることになった。重さの大半を占めるのは、「この酒はうまいぞ」「えっうまいんですか……ジュルッ」というやり取りを交わしていたエンジとウキョウが大量に購入したお酒だ。
最初はエンジを警戒していたウキョウも、エンジが怒りもせず何事もなかったかのように接し続けたお陰か、気付けば最初の頃にあったようなわだかまりは消えたように見えた。それか、大好物のお酒を前にして警戒が吹っ飛んじゃったのかもしれない。
それくらい、お酒を前にしてはしゃぐ二人はとっても楽しそうだった。好きな物の前では敵も味方もないってやつかも。
誰も止めないせいで、「さすがにこれは買いすぎじゃない?」と思うくらいの量を買った二人を見てサキョウは呆れ顔になっていた。でもやっぱり、エンジにはクレームを付けられないらしい。何か言いたげな表情を浮かべているだけだった。
屋敷に到着すると、ウキョウとサキョウは大量の洗濯物を取り込みに向かう。僕はひとり台所から階段で下りられる地下貯蔵庫にやってくると、置き場所を考えながら並べていった。
こういう時、『力の腕輪』は本当に便利で助かる。重い筈の酒瓶をそれぞれの指の間に四本挟んで持ち上げても軽いもんね。
パワーイズパワー! なんて心の中で決め台詞を言いながら酒瓶八本を逆さにして万歳のポーズを決めたタイミングで、背後から声がかかった。
「――アーネス、分からないことはないか?」
エンジだった。うおっ。恥ずかしい!
慌てて手を下ろして棚に酒瓶を収める。
「はははは、はい! こんな感じで置かせてもらいました! 問題ありませんかっ!」
「ああ、殆どスカスカだったからな。好きに使ってくれ」
ふう、どうやら僕の決めポーズは見られなかったみたいだ。
エンジが手に抱えていたのは、まだ上に残っていた食材が入った袋だ。逆光を背負って「上にあるのはこれで全部だぞ」と言いながら下りてくる様は、正にヒーローの登場シーンそのもの。くうーっ! シルエットだけなのに漢!
「あ、すみません! ありがとうございます」
「いや。俺だけ手持ち無沙汰だったからな」
貯蔵庫に降り立ったエンジが、自然な笑みを浮かべた。
彼はきっとそこそこ偉い人なのに、驕ることがない。様づけは嫌がるし、こうして荷運びを当たり前のように手伝ったりしてくれる。
僕に正体を明かしたがらないところを見ても、エンジは少なくとも僕とはある程度対等な関係を求めているのかな? なんてちょっと思い始めていた。
身分のせいで孤独になるって、漫画や小説ではあるあるだよね。僕も学園やお城ではずっと孤独を抱えていたから、気持ちは分かる気がする。
あ、そうだ! とペコンと頭を下げる。
「あ、あと、ありがとうございます! 結局全部払ってもらっちゃって!」
「おお……?」
僕だってお金はない訳じゃない。なのにエンジはポンとそこそこ重い財布をサキョウに投げて寄越すと、「そこから払え。絶対だ」なんて言ったんだよね。
勿論、サキョウはエンジに逆らうことはしない。「畏まりました!」と返すと、僕の懐から財布をサッと奪ってウキョウに渡してしまった。一瞬の出来事に、「えっ?」て目が点になったね。
淀みのない流れるような動作に、ちょっとばかりスリっぽいと思ってしまったのは内緒だ。二人とも、まさか経験とかないよね?
それにしても、エンジは行動も漢そのものだ。同じことを僕が言ったとしても「なに格好つけてんだこいつ」って見られそうだなあと思うと、漢にはやはりある程度の貫禄が必須なのかもしれない。体格にも、内面にも。
貫禄……。どうやって身につけられるんだろう。自分の細い身体に目線を落とすと、ちょっとばかり悲しくなった。僕だって、僕だっていつかは……!
とにかく。
家で料理をするから食べてくれと言い出したのは、僕だ。なのに全額出してもらってしまったので、やっぱりちょっと申し訳ない。
そんな気持ちでエンジを見上げると、何故か笑うのを堪えているような表情になっているじゃないか。……ん? なに、その顔は。
「エンジ? どうしました?」
「いや……新鮮だなあと思っただけだ」
ニヤつくエンジ。どういう意味かと考えて、あっと気付く。
「新鮮? ああ、市場の野菜はみんな鮮度抜群でしたもんね!」
ゴウワンは豊かな国で、僕らがいるのは中心地である王都。だからだろう、市場は僕ひとりだったら迷子になるのは確実な広大さだった。品揃えも凄くて、見たことのない食材も沢山あって、ウキョウに手首を掴まれてなければとっくのとうにひとりはぐれていたと思う。
南国を思い起こさせる色鮮やかな果実や野菜はヘルム王国では見ることがないものばかりで、眺めているだけでワクワクする光景だったんだよね。
僕の答えに、エンジが「ブッ」と吹き出す。大きな手で僕の頭を掴むと、髪の毛をわしゃわしゃ掻き混ぜた。わわっ。
「えっ? 突然どうしたんですかっ」
エンジはクスクス笑いながら、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃにしていく。反対の手の中指でツー、と僕のうなじを撫でた。
「ひゃっ!?」
ゾクッとして思わず震えたけど、エンジは気にせず僕を観察するようにジロジロと見る。
「本当にちっこい頭だなあ。首なんか片手で折れちまいそうな細さだぞ? 俺の栄養なんかより、お前の肉を増やす方が先決じゃないか?」
「ちょ……っ、もう、髪の毛ぐしゃぐしゃじゃないですかっ」
「ははっ」
ここで僕は、ハッと気付いた。もしかしてこれって、子供扱いされてるってことでは!? 小さくて細いと子供っぽく見えるってウキョウが言ってたあれだよ!
エンジの手首を両手で掴んで持ち上げながら、キッとエンジを睨んだ。
「もう! 僕のこと子供扱いしてますよね!? こう見えても僕は大人ですからね!」
「分かってる分かってる。うん、大人だよなー。そう吠えるな」
「本当にそう思ってます!?」
思わず上唇を尖らせて抗議すると、エンジは「クハッ」とおかしそうに前のめりになったじゃないか。夏空みたいな真っ青な瞳で、楽しそうに僕を見つめてくる。く……っ! 揶揄われているのに格好よくて、目が眩しい!
エンジは頭を掴んだ手で僕を上に向かせると、顔を近付けてニカッと笑いかけてきた。
「あのなあ。俺はお前の存在が新鮮だって言ったんだよ。野菜の鮮度の話なんかしてねえぞ? あんな風に礼を言われるとは思ってもなかったって意味だ」
「え?」
あれってそういう意味だったの? でもあんな風に礼を言われるって、え? 普通買ってもらったらお礼を言うよね? ……うう、にしても、どうしてこう相手の言葉の意味をきちんと受け取れないんだろうなあ。悔しい……!
前世でも今世でも、僕は近しい人以外との会話の経験は殆どなかった。もしかして、それが原因だったりして?
エンジが可哀想な子を見るような目つきに変わる。
「……なんというか、お前を見てると純粋すぎて毒気を抜かれる」
「また子供扱いしてません?」
「してないしてない」
「……二回繰り返すのって嘘吐いてるって言うの知りません?」
「知らん。ヘルム王国だけの話じゃないか」
しれっと返されて何も言い返せなくなった僕がまた唇を尖らせると、エンジが穏やかな、だけど少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「お前は俺を知ってもそのままでいてくれるかねえ……」
「え?」
僕がもっと詳しく聞こうと口を開いたその時、上から「アーネス! 終わったかー?」というウキョウの声が聞こえてきた。エンジは僕の頭から手をパッと離すと、秘密だぞとでも言わんばかりに器用に片方の口角を上げる。
「ミカゲのところの坊主はうるさいからな」
通りすがりざま耳元で囁かれて、ゾクリとした感覚が首から背中にかけて走った。
「ああ、今丁度終わったところだ」
下りてきたウキョウにエンジが声をかける。ウキョウはほんの少しだけど警戒したような目で、エンジを見た。
「……エンジ様もいらしたんですか」
「手伝ってたんだよ。酒だらけだったからな」
ウキョウがすぐに納得したように頷くと笑顔に変わる。
「確かに大量に買いましたもんね」
「暫くは毎日酒盛りできるぞ」
「サキョウの血管が切れそうですけどね」
「はは」
すれ違いざまにウキョウの肩を叩くと、エンジが僕を振り返った。
「そうだ、アーネス」
「はい?」
「帰ったら聞こうと思っていたんだ。ヘルム王国のあの元気な爺さんにそろそろ連絡しなくていいのか?」
「あ」
そうだった! と僕がハッとした顔になると、エンジがニヤリとして続ける。
「じゃあ、酒を飲み始まる前に連絡を取ってやるからついてこい」
「は、はい! ありがとうございます!」
エンジがスタスタと先に行ってしまう後を、急いでウキョウと追いかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます