第9話 無責任な噂

 ルディアは、マソパリスターの二人を伴って街に出ていた。


「新しい太鼓は更に重厚な音が出せそうですな」


 毛深い太鼓腹が迫力の大男、ケブカイ・オナカポヨンは目をキラキラさせた。


 先程、新しい太鼓をオーダーしてきたところだ。二人に合わせたサイズと素材にこだわり、側面に彫刻も入る。


「出来上がりが楽しみでありますな!」


 筋肉を鎧のように纏った大男、フッキン・シックスパックの白い歯が輝く。


 ルディアは微笑んで、肉屋のカウンター越しに受け取った包みを二人に渡した。


「ステーキ用に切ってもらってあるわ。明日までに食べてね」


 その塊の大きさに二人は顔を見合わせた。


「こんないいお肉、本当にええんですか?」


 食べることの大好きなケブカイは、先程以上に目をキラキラさせている。


「あなたたちにはしっかり食べて、いいパフォーマンスをしてもらわないと」


 芸術家のモチベーションを上げるのも、パトロンの役割だ。報酬だけでなく、ちょっとした心遣いがクオリティに影響するとルディアは感じている。


「ルディア様、他に見るところはございますか」


 尋ねるフッキンにルディアは首を振った。


「大丈夫よ。そろそろ帰りましょう」


 二人を連れて歩くと、周囲がざわめく。

 大柄で目立つフトメンなので当然ではあるが、最近はアートデュエラーとしての知名度も上がっているようだ。


「キャー! マソパリスターの二人よ!」

「逞しくて素敵!」

「ルディア様も素敵ね」


 サロンで見たことのある面々が、遠巻きにかしましく眺めている。


 特に挨拶することもないかと素通りしようとして、聞こえてきた会話に肌が粟立った。


「どちらかと恋仲って噂は本当かしら」

「わたくしは両方と聞いたわ」

「ええっ、なんですのそれ! うらやましい」


 噂というものは、なんと無責任なのだろう。

 そんな振る舞いをした覚えはないのに、勝手に恋愛話のタネにされる。

 夢見るのは勝手だが、フィクションではなく現実であるかのように吹聴しないで欲しい。


 前世の記憶が、ちりちりと疼いた。



***



「ラーメンおいしかったね」


 満足気に笑う太一の隣で、瑠妃るきは幸せだった。


「撮影に備えてずっと我慢してたから、格別だったわ」


「あんな幸せそうに食べる人、僕初めて見たよ」


 太一は思い出したようにくすくす笑った。


 他の男たちはイメージや思い込みで瑠妃を扱いがちだが、太一はいつも瑠妃の気持ちを聞いて、一緒に楽しんでくれる。


 彼といると、自分の輪郭がくっきりして、余分な負荷から解放される気がした。


「あっ! 瑠妃よ」


 色めき立つ声が聞こえる。


 この頃の瑠妃は仕事が増え、街で認識される頻度が上がっていた。


 いつものようにやり過ごそうとしたが、


「ほんとだ! はー、実物見ると納得しかないわ」

「だよねぇ、お似合いすぎる」


 なんだか、いつもと違う雰囲気に足が止まった。


 『お似合い』?


(太一くんと私のこと……では、ないよね?)


「この前の香水のプロモーション、色っぽい雰囲気出してたもんね~」


 瑠妃が仕事で絡んだ相手の顔を思い浮かべると同時に、答え合わせの声が被さった。


「最輝と瑠妃の組み合わせは美形遺伝子ヤバそうだよね!」

「うん、すごいきれいな子供が生まれそう」


(やっぱり最輝くんか……でも、どうして?)


 彼はトップモデルで、女性モデルとの絡みなど無数にある。取り立てて組み合わされることに違和感があった。


「るきちゃん、どうしたの?」


 立ち止まった瑠妃に気づいた太一が戻って来てのぞきこむが、笑顔を作って首を振ることしかできない。


 思い過ごしなら良いのだが……嫌な胸騒ぎがした。



 ほどなく、瑠妃は自分が熱愛報道の当事者になっていることを知った。


 週刊誌の記事には、最輝と瑠妃それぞれの写真と共に、


  結婚秒読み

  車中キス

  お泊まり


 などの文字が毒々しく躍っていた。


 瑠妃が彼のマンションに通う姿として車に乗り込む写真が掲載されていたが、瑠妃は仕事の帰りに車を運転しただけだ。

 最輝が車に近づく写真もあるが、似ているだけで瑠妃の車ではない。


「……知らない、全部知らない!」


 あまりにも捏造だらけの記事に、瑠妃は目眩がするほどショックを受けた。



***



 ルディアは、ぎゅっと目を閉じた。


 今なら、知っているのに。


 人は願望を見て、真実を見ようとしない。


 面白い刺激を都合良く消費したいだけ。



 だから、私が揺らいではいけなかったのだ。



 ルディアは胸に手を当て、過去に絞られる心を静めた。


 その時、


「はあぁあああ……!」


 横合いから素頓狂な声が響いた。


 ルディアが驚いて目を開けると、そこにはフランロゼの令嬢、シェリアータがものすごい笑顔で立っていた。

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