私はキミに向かってる

剣城士

第1章 Lily of the valley

第1話 世界中に一人だけみたいだな

 あいつ、細川京子とは幼稚園の入園式で出会った。

 人当たりが良くて顔もいい、皆の人気物だった。

 クラスは数クラスあるのに何故かいつも同じで、中学も高校も同じクラスで三年間過ごした。

 何かの運命なのだろうか。

 だけど、流石に大学までも同じとはいかなくて、同じ市内の別々の大学に進学した。

 そんなこんなあって私達はルームシェアをしている。

 京子は仕送りの額が凄いし別にルームシェアしなくても良さそうなんだけど、何故か誘われたから乗って今に至る。

 京子と一緒に過ごした時間はかなり長いと言えば長い。

 でも、小中高と比べると顔を合わせる時間も減った。それぞれ大学も違うし京子はサークル、私はバイトがあるんだから当たり前なんだけど。

「ただいま……って寝てるか」

 リビングの電気はついていないから、もう寝ているのだろう。

 電気をつけて荷物を置き、ひとまずソファーに腰を下ろす。

 講義終わりから日が変わるまでバイトして帰ると、京子は基本的にはもう寝てる。

 親からの仕送りも無い私は、毎日働かないと家賃が払えないのだ。

 なのにあいつは実家が太いもんだから最初にルームシェアの話をされたとき家賃払わなくてもいいとか言ってきた。

 流石にそんな条件は飲めないと思って折半にしたんだけどそれでも週六は働かないと厳しい。

 家賃や学費以外にもいろいろ出費があるのだ。

「私が毎日クタクタになるまで働いてるってのになあ……」

 一人で悪態をつく。

「はいはいお疲れ様~」

 京子が部屋から顔を出して、心臓が少し跳ねた。

「起きてんじゃん……」

「明日は講義もサークルもないしね、待ってた」

「私は講義もバイトもあるってのに」

「はいはい、頑張ってね」

「言われなくても頑張りますけど」

「ご飯食べる? 作ってあるけど」

「ん、食べる」

「食べたらお風呂入りなさいね~」

 そんなことを言いながら、京子は作り置きを温めていく。

「母親か」

 京子は昔から勉強もスポーツも私より出来て料理もできる。

 大学も私の通ってる大学なんかよりレベルが高い。

 なんで私と同じ高校に通ってたのだろうか。中学も私立のいいところに行けただろうに。

 それにしてもこれだけ長く一緒にいて京子の浮ついた話を聞いたことがない。

 大学で彼氏を作ってる感じもなさそうだし結婚相手が既に決まってるのだろうか。

 京子の実家は、何やら大きい企業グループの一員らしく、身内の繋がりが強いらしい。

 だから、その内々で結婚相手を見繕って……と、時代錯誤な風習があるとか言っていた。

「京子っていまだに彼氏とかいないの?」

 京子の料理を食べながら今まであえて聞かなかったことを聞いてみる。

「いないよ?」

「なら、許婚……的なのが?」

「まあ、そういうのはいる」

「いるんだ」

 そう言われて、私は少し心を抉られたような気分がした。

「もうそういう時代じゃないからって、結婚してもしなくてもいいとは言われてるんだけどね。でも親の顔があるから」

「ふーん」

 さして興味もない風にする。

 やっぱり聞かないほうが良かったかもしれない。というか聞きたくなかった。

 なんで今更そんな事を聞いてしまったんだろうか。自分でもわからない。

「だから多分卒業したらすぐ結婚する……と思う」

「ふーん……」

 本当に聞かなきゃ良かった。私はバカか。

 そんなの聞かなくてもなんとなく前から分かってたのに。

「なんで今さら?」

 ドキリとした。心中を見透かされてるようだった。

「別に?」

「ふーん?」

「何?」

「別に?」

「あっそ、ごちそうさま」

「おそまつさまー」

 会話を打ち切って風呂に向かう。これ以上話してたらおかしくなりそうだった。

「おやすみ、京子」

「おやすみ、美鈴」



 風呂に入って考える。

 私はいつから京子の事を意識してたのだろう。

 女性が好きというわけじゃない……と思う。

 私だって浮ついた話は今まで無かった。

 自分から告白したことも、されたこともない。

 京子はよく男から言い寄られていた。でも全て断っていた。

 それが気に食わない女子はいたけど、京子には味方も多かった。

 私も味方だけど……特に何かしたわけでもない。

 ただ、一番の親友という自負だけがあった。

 いつからか親友ではない関係に憧れるようになった。

 クラスの男子のように京子に告白して付き合いたいって。

 でも、いくら多様性だなんだの時代とは言え、女同士で付き合うなんてというのが頭にあるし、今の関係が壊れてしまうんじゃないかという恐怖で踏み出せないままだった。

 その上大学を卒業したら結婚するだろうという。

 こんなこと京子本人には相談できるはずもないし、京子くらい仲の良い友人も私にはいない。

「世界中に一人だけみたいだなぁ…」

 小さく零した。

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