第15話 勇者の自責の念
勇者は何を語ってくれるのだろう――。ルエリアは膝の上に置いた拳に力を込めると、固唾を呑んで、続きを待った。
ギルヴェクスがゆっくりと息を吸い込み、そっと吐き出す。それを数回繰り返したのち、おそるおそる歩き出すかのように、静かに語り出した。
「僕ら四人で魔王を倒した際のことだ。僕は魔力を使い果たしてしまっていて、治癒魔法を発動できなくて……。仲間が衰弱し、死んでいくのをただ見ていることだけしかできなかった。だからきっと、彼らは僕を恨みながら死んでいったに違いないんだ。『なぜお前だけ生きているのか』と。『なぜ助けてくれないのか』と」
『そんなはずはありません』――。真っ先に思いついた言葉をルエリアはぐっと飲み込んだ。今必要なのは、その発言内容の正しさを追求することではない。
輝きの失せた瞳が絶望に染まっている。今まさに、どれほど胸を締めつけられているかが痛いほどに伝わってくる。
黙り込んだギルヴェクスを見つめているうちに、ふとルエリアは、目覚める前に見ていた夢の内容を思い出した。
幼い頃の自分は、動かなくなった両親を前に泣くことしかできなかった。
だから涙が出ていたのかと腑に落ちると同時に、そんな姿を患者に見せてしまって申し訳ないなとも思った。
(私も両親を亡くしたとき、ずっと自分を責めてたな)
今でもずっと――。
深いため息が、静まり返った部屋に響く。ギルヴェクスはおもむろに立ち上がると、顔を逸らしながら深くうなだれた。
「すまない。僕は、部屋に戻る」
「は、はい。お世話になりました。お見送りします」
「……。結構だ。君は、休んでいてくれ」
「わかりました」
拒絶されてしまい、ただ遠ざかる後ろ姿を見送る。扉が閉ざされれば、再び静寂が訪れる。
(ギルヴェクス様、また塞ぎ込まれてしまったように見えたけど。追いかけて様子を見に行くわけにはいかないし)
『休んでいてくれ』と言われたとはいえ、ひと寝入りして食事を摂ったルエリアは、すでに体は動かせるようになっていた。
(今、私にできることは……)
ベッドから降り立ち、部屋から出ようと扉を開けた途端、ヘレディガーに出くわした。
「ルエリア様。ヘレナロニカ殿下がお越しです」
「え! もしかして私が倒れたからでしょうか……?」
「はい。早馬を出しまして、殿下にもご報告申し上げたところ、駆けつけてくださいました」
「うわあああ……申し訳ないです……!」
ルエリアは、頭を抱えてしおしおとしゃがみ込んだ。どこかに定住してこなかったせいか、自分が起こした騒ぎが大勢の人に波及するという経験をした覚えがない。屋敷に常駐している近衛騎士だって、ルエリアの失態がなければ、王家の別荘へと伝令に行くという仕事など発生しなかったはずだ。
応接室に向かいつつ、光沢を帯びたタキシードをまとう背中に問いかける。
「ギルヴェクス様は、どうされてますか?」
「ヘレナロニカ殿下の御前でお伝えします」
「……。わかりました」
ヘレディガーの返事は、どこどなく叱責するような響きを帯びていた。たった今聞かされた声が矢となって胸に突き刺さる。
(本当に私、なんてことしちゃったんだろう。早く薬草を育ててギルヴェクス様に新しい魔法薬をお出しして差し上げたいって焦っちゃって、ギルヴェクス様ご本人だけじゃなくてヘレディガーさんにも嫌な思いをさせちゃった。きっと、ヘレナロニカ殿下だって絶対暇じゃないはずだから、私ごときの用件でお呼びたてしちゃってお怒りだろうな。ギルヴェクス様からお話は伺えたけど、また元気をなくされてしまったように見えたし。ご迷惑をおかけしてばかりで、なんてお詫びしたらいいんだろう)
応接室に入ったルエリアは、ソファーで待ち受けるヘレナロニカを見た瞬間、その場で土下座した。
「ヘレナロニカ殿下。この度はわたくしめの失態で殿下の大切なお時間を奪ってしまい、大変申し訳ございません」
「君は……、君も、か。思い詰めがちなのだな、ギルヴェクスと似て」
「え?」
まったく予想外の言葉を掛けられて、あっけにとられたルエリアはすぐさま顔を上げてヘレナロニカを見た。
その顔は怒りは示していないようだったが、そこはかとなく切なげな笑みを浮かべている。
「こちらにおいで、ルエリア」
「はっはい!」
あたふたと立ち上がれば、ヘレナロニカが膝に置いていた手を軽く持ち上げてソファーの向かい側を指す。ルエリアは申し訳なさに身を縮こまらせつつ、王女の正面に腰を下ろした。
姉のような優しさを帯びた眼差しが、ルエリアから執事の方に向けられる。
するとヘレディガーが、先ほどのルエリアとの会話を再開させた。
「ギルヴェクス様はお休みになられたようです。ルエリア様。ギルヴェクス様は、まるで酒でも呷るかのようにお薬を飲み下していらっしゃいましたが……。何かございましたか」
「……。はい。ギルヴェクス様が、魔王の討伐直後、お仲間のみなさまを立て続けに亡くされたときのことを教えてくださったのです」
ヘレナロニカの淡い水色の目が、わずかに見開かれる。
「なるほどな。それを話すにはその場面を思い出さねばならぬからな。彼の心に負担が掛かってしまったのだろう」
ルエリアは、ギルヴェクスがまた落ち込む切っ掛けを自分が作ってしまったことに、申し訳なさを感じた。一方で、その話を聞いたときからずっと抱いていた疑問を口にする。
「あの、ギルヴェクス様のお仲間ってどんな方たちだったのですか? 冒険者だった私たちには、彼らについては噂程度にしか話が伝わってこなかったんです。どの方も素晴らしい人格者だとは伺いましたが……。ギルヴェクス様は、お仲間が亡くなるときに『どうして助けてくれないのか』と思ったに違いないとか、『僕を恨みながら死んでいった』と、そうおっしゃってました。ですが、神聖国の巫女様の神託で選ばれるような人たちが、お亡くなりになるときに、仲間に怨嗟の念をいだきながら死んでいくとは思えないのです」
「それについては我々も同様の所感だ。ヘレディガー、ギルヴェクスは寝言でもそのようなことを言っていたと、以前ゼルウィドに報告していたな」
と、ヘレナロニカがヘレディガーに視線を向ける。
「はい。今までに幾度も耳にしたことがございます」
「……私も実際に彼らと接したことがあるからこそ、彼らが、大切な仲間であるギルヴェクスにそのような思いなぞ決していだかないと、断言できる。
「やっぱりそうですよね……」
記憶をねじ曲げるという行動には、ルエリアにも覚えがあった。
『どうしてもっと早く誰かを呼びに行ってくれなかったの?』と、かつて夢の中で母から叱責されたことがある。実際は、母は『大丈夫だから、そんなに心配しないで』と言って、力なく微笑んでいた。にもかかわらず、繰り返し夢に現れた母は、冷ややかな目付きで幼いルエリアを睨み付けるのだ。
自分がもっと正しい判断をして正しく行動できていれば、両親を助けてあげられたかも知れない――。夢で母に責められるたびに感じた罪悪感は、災禍から何年経っても心によみがえり、ルエリアをさいなみ続けたのだった。
ヘレナロニカを見送ったルエリアは、部屋に戻ると机に向かった。魔法薬辞典を開いて目的のページを何度も読み返す。
「
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