短編小説の置き場所 ~過去作から新作に至るまで~
ネムノキ
久しぶりに帰省した地元。久しぶりに再会した同級生。そして僕は僕を好きだった女性と意味もなく寝て年を越した。
☆☆☆公開日☆☆☆
2024年1月4日
☆☆☆キャッチコピー☆☆☆
―――――――――――――
☆☆☆紹介文☆☆☆
久しぶりに帰省するごとに、僕は僕ではない自分と、地元じゃない地元を見つめてしまう。
変わっていく風景、薄れていく記憶。
そんななかで僕たちは時のなかを生きていく。
何かを思いながらすれ違いながら、ただただ生きていく。
僕と君も。
その例外にはなれない。
☆☆☆本文☆☆☆
大学生になった僕はそれなりに勉強を頑張り、それなりに友達と遊び、それなりに都会の女の子とも恋をした。
なんの変哲もない普通の大学生活を送れたと思っている。大学入学直後は世界的に流行した感染症のおかげで少々イレギュラーなこともあったが……
その苦しかった記憶も時の流れのなかで次第に薄れていって、忘却されかけている。本当に人間の記憶は残酷だ。どれだけのことがあっても、それを鮮明に思い起こしたり、当時のままに苦しんだり楽しんだりすることはできない。
だからこそ人はデバイスにそのときの記憶の全体を残しておきたいと思い、カメラを作り、解像度の高い画像を求め、そのはてには動画という、ある種の時の再現を追求していったのだと思う。
記憶のその増えはしない忘却性という性質に抗うため、少しでもこの時の不可逆性という物理の流れに抵抗するため……
僕たちはその現代科学の生み出した光景にかなりの割合で記憶という概念を依拠させてしまったようだ。
…………
…………
…………
年末の帰省。
僕は小さな頃とは変わってしまった、その地元の情景に打ちひしがれていた。
今年は特にその感傷が胸をかすめていく。
「国道沿いにできた新しい大きなパチンコ屋。駄菓子屋のおばあちゃんが亡くなってから一方的に荒れ果てていく、その空き家。田んぼを潰して作られた小さな区画の新しい団地。枯れていくしかない町にどうしてこんな空き家にしかならないものを建ててしまうんだろう……」
僕は久しぶりに再会した古くからの親友と年末の地元をドライブしていた。
すっかり大人びてしまった親友の顔。年末だからか無駄に髭を伸ばしている。
親友は前方をぼんやりと全体的に見つめているような感じで、そのまま口をぼそぼそと動かしてこう言った。
「俺たち若者とはまったくもって、感覚が違うのさ。生まれ育ったその時代で受動的に育んだ気質というものは努力でそうそう変えられるもんじゃない。なぁ……。俺はこの国は一回落ちるところまで落ちるしかないと思ってるんだ」
『ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン』
親友の運転する親と共用の軽自動車が軽い音を鳴らして、スカスカの国道を走っていく。後ろに遠ざかっていく新しく出来たパチンコ店に一台、また一台と高齢者マークのついた軽自動車がせわしなく入っていった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「久しぶりー!!!元気してた??」
「おー!!元気元気!というか全然顔変わってないな、お前!」
僕は同窓会にきた。さっきの親友に同窓会の会場となった飲み屋まで乗せてもらったという次第だ。
都会ではたいして必要にならない車。そういう理由で僕は大学生になって時間が経った今でも免許を持っていなかった。しかしこういう帰省のタイミングでつくづく運転免許の必要性を思い知らされる。だからいつもこうして帰省した大概の時間は家でゴロゴロするしかなくなるのだ……
「私~実は結婚してもうこの5月に出産するんだ~」
「ええええ!!!!おめでた!!!!すご!!!!」
「ほら写真みてみて、こんなにお腹も……」
「触ってもいいか」
「ん~。いいよ~」
少し離れた席が何やら騒がしくなっていた。遠目に見やると、その女性の服が捲られた隙間からお腹が覗いていた。
ぽこんと出たそのお腹。大学生の僕。少し前に別れた向こうでそれなりに続いていた彼女の顔。いろんな光景や思いがフラッシュバックした。
都会とここ地元では明らかに違う時間が流れている。同じ日本だというのに。同じ年代だというのに。どうしてここまで考え方とか生き方が別れていってしまうのだろう。
僕は幸せそうにお腹を撫でて、みんなにわいわいと囲まれてる、その名前も顔もすっかり忘れてしまった女性をぼんやりと眺めることしかできなかった。
「おい!なにぼんやりしてんだよ!!!せっかくの再会だ!昔話でもなんでもかんでも雑にしようぜ!!!」
「おう、そうだな。すみませーーーん、ハイボール2つ!!!」
僕はこうして少しばかり羽目を外して、昔の友達と、記憶が徐々に薄れはじめてきている、この懐かしい同級生という空間で……
目一杯、今と昔の記憶を楽しんだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ふぅ~」
少し調子にのって飲みすぎたようだ。
頭がくらくらする。しかし心地のよい酔いだ。
年末はどうも気が緩む。僕もかなりの人たちと同じ似通った性質を持っているのだと実感する。
飲み屋から外へ出た。会計は幹事の人に電子決済アプリですでに送った。つくづく時代は進化しているなと感じてしまう。
「どうしたの?酔っ払った?」
建付けの悪い飲み屋のドアから、一人の女性が出てきた。
うっすらと見覚えがある。
「……うん、夜風にあたろうと思って。ここは随分と星が綺麗に見えていたんだね。久しぶりに思い出したよ」
「都会に出ていくと田舎の美しさを相対的に評価するようになり、そして帰ってきて自分のこれからの生き方について、思いを巡らしているって感じかな?」
僕の隣にすっと女性が入ってきた。自然な流れだった。
「……これからの生き方なんて田舎に来なくてもずっと考えている。今のこのご時世だからね。なにかと思い悩む機会が増えてしまった」
「都会に出てみてどうだった?」
「あそこは住む人を選ぶ場所だ。僕たちが選ぶんじゃない。あそこが選ぶんだ」
「またどうしてそんなややこしい言い方をするの?」
「そうでもしないとあの尋常じゃない魔力には説明がつかない」
「理系の学部に進学したのに、そんな言語的説明でいいんだ」
「そんな理解でもしないと気が狂ってしまいそうになる瞬間は誰にだってあるさ。それがいまだ」
「……この時代だ?」
…………
…………
「僕はすっかり人間が変わってしまったと思ってる」
「私も、とてもそう感じるわ」
隣を僕はちらりと見る。
彼女は僕のことをじっと見つめていた。
だけど、思い出せない。鮮明には思い出すことができない。
名前はしっている。記号はしっている。しかし、その意味としての彼女の人生を、彼女の存在を……
僕は何も過去の中に見いだせなかった。
「あのころ好きだったあなたは今はもういない。そこにはまだ今も好きなあなたがいる」
「……僕のことが好きなのか?」
「今のあなたはどんなあなたなのかしら」
「僕の高校のころにあった志は、すでにもう跡形もなくなってしまった。そして僕は僕の人生の意味を物語の創造のなかに見出すようになったんだ。いま目の前にある何かを変えるのではない。変えたいと願うその思いをもとに、何かに自分の人生の意味を見出したいがために、物語を書く。物語のなかで僕の人生を形作っていく」
「物語を書いているのね」
「そうだ。僕が物語に救われていたあの頃のように、僕はまたそれ自身を書くことによって救われようとしている。そっちのほうがいろいろと考えることもできるしね」
「あの頃って、大学入学直後のこと?」
「そうだ」
「どうしてこっちに帰ってこれなかったの?」
「あのころの僕ができなかった、とでも言っておこうかな。社会が許さなかったのではなくて、それに呑まれた僕が許さなかった」
「つくづく人間という生き物は社会的な生き物なのね」
「残念ながら、所詮はぼくも大多数のうちの一人というわけだ」
上空を一つの轟音が流れていった。
国際線だろうか、国内線だろうか。ずっとそんなことは調べずに生きてきたから、今もそれを調べることはない。
僕たちはいつも、そんなことを繰り返して生きているのだろう。
「僕はたぶん昔の自分とは全くもって異なる存在になってしまったのだと思う。だからこうして記憶というものは薄れていくんだと思う。今の自分のものではなくなりつつあるから」
「そういう言語的な説明は、いいね。とてもロマンチックだと思う」
「自分が自分であるという牢獄から、思い込みであるとはいっても、抜け出すことができたから、僕は今もこうして生きていることができている」
「……向こうでかなり苦しんだのね。どうして苦しまなければならなかったのかしら」
…………
…………
「少し寒くなってきたね。僕は歩いて帰ろうと思う。運動がてらにね」
もう十分、僕は楽しんだ。昔の記憶も、今の同級生も。もう十分だ。
歩いて50分ほどの距離に実家はある。
運動不足の年末にはもってこいの運動量ではないだろうか。
「ごめんね。急に話しこませちゃって」
「いいんだよ。とても昔を思い出すことができたから」
「……ねぇ」
「どうしたの?」
「これから私の車に乗らない?」
「……どうして?」
「もっといい運動しようよ」
昔の僕を好きだった女
今の僕をまだ好きな女
どうしてそうなっているのか、僕は聞くことはなかった。
たぶん、おそらくだけど。今からも聞くことはないんだと思う。
僕たちはそうしていい加減に生きていくと、ちょうどよく生きられる生き物なのかもしれない。
『チッカチッカ』
隣の女が、遠隔で車の鍵を開けた。
「もう少しだけあなたと居たい」
彼女はそういって、僕の手を握った。
ひんやりと冷たくなった手。
僕はそれをただ、握り返した。
「それはなにかのメタファー?」
「野暮はごめんよ」
こうして僕は彼女の車の助手席に乗り込んだ。
ヤニ臭い香りの底に沈んでいった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
彼女が暗闇のなかで激しく動いている。
たゆん
たゆん
白い、その大きな胸を揺らして。
僕たちはお互いに求めあった。
この瞬間を。時間を。ときの流れのなかで。
心地よい。罪悪感なんて感じない。
よくあること、物語でよく描かれていることをしている実感はある。
でも、そんなこと。どうでもいい。
彼女のことを思い出せなくてもいい。あくまでもこれは僕の思いではあるけれど。
ただひたすらに彼女と気持ちよくなって、言葉を交わしてあって、何かを感じあって、求め合って……
それに一生懸命になりさえすれば。
それでいいと思う。
人の目を、他人にどう思われているかを、気にして、それで行動の意味を評価することが、おそらく現代の僕たちには呪いのように降り掛かっている。昔よりも、遥かに莫大な物量でそれはせまってくる。
どうしてそうなってしまったのだろうか。社会的な動物とは、果たしてそのような哀れな現代を生きる僕たちのことを言っているのだろうか……
「はっ……ああっ……」
君が気持ちよさそうに揺れている。
軋むベッド。
少しだけ臭う、田舎のラブホテルの一室。
クリスマスを過ぎたからだろうか。年末だからだろうか。人は少なかった。
「はぁ……はぁ……ううっ」
「ああっ」
君と僕の声が溶け合う。
僕はそのときだけ、いまこの瞬間だけは、悩みとか苦しみとか、いろいろな雑念を忘れることができた。
そうだった。こういう行為自体。好きとか愛してるとかそういう意味を付加されていない、ただの純粋なこの行為には、こんな効果もあったんだと思い出した。
ながらく忘れていた、自分の本能的な性質。
どこまでも動物的な僕という存在。
「ずっとこうしていられたら、いいのにね」
「……こういうことは偶にあるから、意味があるのよ」
「僕のこと好き?」
「大好き」
君はそういって、また戻っていった。
人間から動物へ。
賢く馬鹿になっていった。
年末という時分。
暗闇に二匹の現代に生きる、若者がお互いを求め合った。
………
………
………
年が明けた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ただいま」
2024年。彼女に車で家まで送ってもらった。彼女と僕の間にあった変化としては、少しの会話と、体の繋がりと、交換した連絡先くらいだった。
深夜の実家は静まり返り、僕は帰ってこない返事を待つことなく家に上がった。
ぎしぎしと軋む床。
さっきまで、きいていたそれとは、意味がかなり異なる。
すっかり寝るのが早くなってしまった両親。
今頃では9時前に寝ることなんてしょっちゅうだと言う。
…………
…………
…………
なにもかも変わってしまう。そしてそれは廃れゆく変化のほうが多いというのが、時の流れに生きるしかない僕たちの定めだ。
今まではそれに目をつぶってきた、いや自明の事実がモノで覆い隠されていた時代だったと思う。
ほんとうに。そんな時代だったと思う……
「ふぅ……。あと何日ここにいようかな」
真っ暗な家のなか。
僕はスマホのライトで空間を照らして、自室へそのまま入った。
そして、そのまま深く、ずっとずっと落ちていくような……
そんな眠りについた。
夢はなにも、なにも見なかった。
【完】
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