春泥棒
加賀 魅月
本編
今年の桜は見頃が少し遅いらしい。花見に沸く喧騒を、一人空を見上げながら歩いていく。
「桜の嫌いなところと、その理由を三つ挙げなさい」
去年の春、
俺は未だにその答えを見つけられずにいる。
当時隣の席だったというだけのクラスメイトに出された謎の問いを律儀に覚えているのは、きっとその時の朝倉の意地悪な笑顔が魅力的だったからだ。
「私はね、綺麗なところと、かわいいところと、名前に『さくら』が入ってるところが好き」
「それ、朝倉の好きなところだろ?」
「そう。素敵でしょう?」
桜の木の下には死体が眠っているのだと言う。だったら朝倉は、この一番きれいに咲き誇る桜の下にいる。この桜は朝倉の持つ全てでここに咲いている。一文字足りないくせに、さくらは朝倉だ。「綺麗でしょう?」と胸を張って、不敵に笑っている。
風に揺れて花びらがひとひら舞った。ゆっくりと降りてきて、俺の肩を撫でる。柔らかい風に包まれて、朝倉と同じ温度を感じた。
「ね、綺麗でしょ」
もう一度聞こえる。
だからだよ。心の中で返す。
俺は桜が嫌いだ。綺麗なところと、かわいいところと、名前に朝倉を感じるところが。
一文字足りないところが、大嫌いだ。
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