妄想無敵のメガロマニアReBoot

巡屋 明日奈

Chapter-1・終わりの始まり

耳をつんざくようなブレーキ音が聞こえる。何か、金属同士が衝突する音。タイヤがアスファルトと激しく擦れ合う音。ひしゃげたタイヤが空回りする音。

激しい日差しが降り注ぐ。暑さと緊張による汗が頬をつたい、顎から地面へと落ちる。

全てが現実のように感じられるのに、脳はなぜかこれを現実ではないと処理していた。


つまり、これは夢だ。


八葉野はばのりんは、強い衝撃と共に目覚めた。辺りを見回せば、上下反転した自身の部屋が目に映る。しばらくその景色を眺めたあと、彼は自分がベッドから半分落下していることに気づいた。

「あら燐、おはよう。もう十時よ」

正面にあるテーブルの側に少女が座っている。彼女は浦瀬うらせ有紗ありさ、燐の幼馴染だ。

「……なんでいるんだよ」

「鍵、開いてたし。メッセージ送っても電話しても反応ないから」

その声で燐は起き上がり、自身のスマホを見てみる。その画面には数件のメッセージと着信履歴が並んでいた。

有紗はそんな燐を見て、わざとらしくため息をついてみせる。

「一人暮らしなんだから、鍵くらいちゃんと閉めなさいよ」

彼女の言葉の通り、燐は現在一軒家で一人暮らし中だ。両親が仕事の都合で海外にいるため、実家でありながら一人で暮らしているという奇妙な状況である。

はいはい、と返事をしつつ燐は先ほどまで見ていた夢を思い返した。詳しい内容はすでに頭の中から消えてしまっていた。残っているのは、不思議なまでにリアルな暑さだけ。

それもそのはず。今は八月、茹だるような暑さの夏休み真っ只中だ。夢の中だけでなく、現実も暑い。

「……じゃなくて、なんでいるんだよ。鍵開いてたからじゃなくて、理由」

「理由?これこれ、じゃーん」

有紗は笑顔で彼女のノートパソコンを見せてくる。そそくさとそれをテーブルに置くと、有紗はブラウザを開き何かのサイトを探し始める。どうやらフリーゲームのサイトのようだ。

これこれ、と有紗が見せてきたのはとある一つのゲーム。

「メガロフラッシュ……?」

燐がそのゲームのタイトルを読み上げる。

「そうそう、このゲームね、☆ちゃんで変な噂が流れてるのよ」

☆ちゃんというのは☆ちゃんねるの略。大規模なネット掲示板サービスのことだ。有紗はそう言いながらもう一つのタブで問題の☆ちゃんねるのとあるスレッドを開き、それを燐に見せてくる。


『このゲーム怖い』

『このゲームで起きたことは現実でも起こる』

『予知ゲームktkr』

『立ち上げるとPCが呪われるお』

『神社でお祓いを済ませてからプレイすべし!』


「なんだこれ……」

燐が眉を顰めてそのスレッドを眺めていく。

「ね、ね?面白そうでしょ?やってみようよ!」

有紗は笑顔を輝かせながらそう言う。燐は苦い顔をしながら画面を見つめる。

「やるならお前のパソコンな。万が一クラッシュしたらお前の責任」

「えー、いいけど……」

そう言い残すと、燐は朝食を食べるため階下へと降りていった。



燐が朝食を食べ終え部屋に戻ってくると、有紗は件のフリーゲームのスタート画面の前に座っていた。隣に置いてある有紗のスマホには先ほどの☆ちゃんねるのスレッドが表示されている。

ゲームのスタート画面は無機質な黒い画面。白い文字で「MEGALOFLASH」と書かれているだけだ。

「今時同人ゲームといえどタイトルイラストがないゲーム、あるんだな……」

「確かに一昔前って感じがするわね」

そう言いつつエンターキーを押す。メニューが開き、「START」「CONTINUE」「CONFIG」などと言った文字列が出てくる。有紗は迷いなく「START」をクリックする。

暗転したのち、キャラクターセレクトという画面が表示される。表示されているキャラクターは全部で四人。赤髪、金髪、緑髪、水色髪の2頭身のドットキャラクターが礼儀正しく並んでいる。

「……これ、燐にそっくりじゃない?」

有紗がそのうちの一つ、赤髪のキャラクターを指して言う。言われてみれば確かに、燐もそのキャラクターも赤髪に黒いシャツを着ている。

「そんなこと言ったらこっちはお前にそっくりだぞ」

そう燐が指したキャラクターは金髪にピンク色の服を着ており、確かに隣にいる有紗にそっくりだった。二人は怪訝そうに眉を顰め、しばらく考え込む。どう考えても気持ち悪い。こんな偶然があってたまるか。少しの後、二人は自分に似たキャラクターは使いたくない、とどちらのキャラクターを選ぶのかで喧嘩をし始めた。

数分後。押し負けた燐は赤髪のキャラクターにカーソルを合わせ、エンターキーを押した。するとキャラクター一覧が消え、赤髪のキャラクターが画面の中央に表示される。その上に「名前を入力してください」と書かれたウィンドウが浮かんでいた。

「名前……流石に本名を入れるのは嫌だな」

「いいじゃない、勇者に自分の名前つけるみたいなものよ」

「外見も名前も俺そっくりだったら気持ち悪すぎるだろ」

そう言っているうちに有紗がキーボードを奪い取り、「RIN」と入力してしまう。

「あ、お前、こら……」

燐が奪い返す間もなく、有紗は笑顔でエンターキーを押す。画面が進み、中央に青髪に白衣を着たドットのキャラクターが登場する。

『ようこそメガロフラッシュの世界へ』

キャラクターがお辞儀をする。

『どうぞ、お楽しみください』

やっとパソコン前を奪い返した燐が画面を見ると、お辞儀をしたキャラクターが消えていくところだった。

画面が切り替わり、廃墟の背景と赤髪のキャラクター「RIN」が映し出される。背景もキャラクターも、全てが細やかなドットで描かれている。よく見ると、退廃こそしているがこの近所に似ているような気がする。

キーボードの十字キーを押せば、赤髪のキャラクターはトコトコと足音を立てて歩き出す。しばらく歩いたところ、駅前のような場所でふとRINは立ち止まった。

「あ、なんかキャラクターいる」

そう呟くと、燐はRINをさらに前へと進める。そこにいたのは緑髪と水色髪のキャラクター。先ほどキャラクター選択の時に選ばなかった三人のうちの二人だった。頭の上にそれぞれ「DRAGOFIRE」「MINYA」というアルファベットが浮かんでいる。

「えっと……これって、話しかけられるのか?」

カチカチとエンターキーを押してみる。しかし反応はない。

「どうしたらいいのかしら……」

そう呟いたと同時に、ゲームが落ちた。正確にはパソコンごと落ちた。真っ暗な画面になり、うんともすんとも言わない。

「あ、あー!壊れた!?」

有紗が大声をあげ、パソコンを叩く。燐が横から冷静に電源を入れ直した。どうやら今の一瞬でシャットダウンしてしまっていたようだ。

再び点いたパソコンは何事もなくデスクトップを映し出している。ほっと息をついた二人は、再び検索欄に「メガロフラッシュ」と入力をする。しかし、☆ちゃんねるのスレッドやまとめサイトなどは見つかるが先ほどのフリーゲームは表示されなかった。

「……仕方ないし、☆ちゃんしっかり見ておくか」

「レビューにもいきなり落ちたって書いてやりましょう」

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