文スト短編集
高間晴
ビー玉
事件を見事にものの数分で解決して、乱歩は道案内役の敦とともに帰途につく。
「今日の乱歩さんもすごかったですね」
「当然さ。だから敦君は最高の頭脳である僕を、探偵社まで確実に連れて帰るように」
こういった不遜な物言いも、慣れてしまうとなんでもない。敦は少し笑って頷いた。
探偵社に向けて二人、街路樹の影を選びながら歩く。空には真夏の太陽が眩しい。おもむろに乱歩は「のど渇いた」と口にする。
「確かに……この暑さ、たまりませんよね。
そこの自販機でなにか買いましょうか?」
敦はポケットから小銭入れを取り出す。乱歩は頬をふくらませて抗議した。
「莫迦だなあ、君は。あっちにある駄菓子屋が目に入らないの?」
乱歩が指差す先は、すぐそこの横断歩道を渡ったところ。道の向かいで小さな駄菓子屋が看板を掲げている。
「僕は缶ジュースよりラムネが好きなの。それくらい覚えておいてよね」
「わかりました」
返事をして二人は駄菓子屋に入る。
駄菓子屋の中はどこでもたいてい同じだ。子供でも手の届く高さの棚に、目移りするほどたくさんの種類の駄菓子が並んでいる。
乱歩は店の隅にある、氷菓とラムネが詰まったケースの蓋を開けた。ラムネを二本取り出す。それから店主であるふくよかな老婆に会計を頼む。
「おばちゃーん。ラムネ二本もらうね。いくら?」
「二百円だよ」
そこで敦が小銭入れから硬貨を取り出す。
「あ、はい。じゃあこれで」
「はい、二百円ね。ちゃんとお代はもらったよ。よかったら店の横のベンチが日陰だから、そこで飲んでいきな」
ありがとうございます、と敦が軽く頭を下げてから上げると、すでに乱歩の姿はない。店の外から声がした。
「早くしてよねー。ラムネぬるくなっちゃうー」
「い、今行きます!」
店の横のベンチに乱歩が座っている。確かに建物の関係で日が遮られて、ちょうどよい日陰だ。敦はその隣に座ると、安堵に近いちいさなため息をついた。
「ほら。これ君の」
ぞんざいにラムネを一本、乱歩が差し出してくる。受け取るととても心地よく冷たくて、少し驚いてしまう。
慣れた様子で乱歩はラムネの栓を開けると、一口飲む。敦もそれにならって、ラムネに口をつけた。はじける炭酸の爽快感は、夏にぴったりだった。
「あ、全部飲んでもビン捨てないでよね。持って帰って割らないと」
「ビー玉が取れない。でしょう?」
「わかってるならいいけど」
それからしばし二人、無言で甘い炭酸を味わう。
「……乱歩さんって、ラムネのビー玉はどれくらい集めてるんです?」
「うーん、ここではっきりした個数を教えるのは簡単だけど、それじゃあ君が驚いておしまいになる」
乱歩はいたずらっぽく笑う。
「何個か当ててみなよ。そのほうが絶対面白いからさ」
「えっ、あの……ヒントくださいヒント」
さすがに何の情報もなしに当てるのは至難の業だと思い、敦はそう云う。乱歩はいかにもおかしそうに「君は本当に真面目だなあ」と笑った。
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