第14話 誘拐と口付
両親の公開処刑が始まろうとしている。
広場には大きな処刑場が建てられていて、その周囲には処刑を見物人が集まっている。
王都中の人が集まっていてもおかしくないほどの数だ。
獣人も人間も、人の首が飛ぶところを見に来ている。
処刑台の中心にあるのは、断頭台。
だけど、民衆の視線は
周辺で一番高い建物の屋根。
そこにいるのは、もちろんわたしだ。
処刑人すらもポカーンと口を開いている。
そりゃそうだよね。
今処刑されそうになっている2人の娘が、とんでもない状態で戻ってきたんだから。
土魔法で道をつくり、処刑台の上へと移動する。
わたしの通った跡はすべて花畑になり、
この王都にいる人間はみんな知っている。
これは『土の聖女』になった証。
わたしがお父様とお母様の縄を解いても、誰も何も言わない。
「そうか。お前、なってしまったのか」
いや、お父様だけが容赦なく口を開いた。
「予想してたんですか?」
「なんとなくそんな予感がしていた。前の土の聖女様に似ているところがあったからな」
「それは初耳です」
「言ったら調子に乗るだろ」
わたしは反論できずに、歯ぎしりをした。
「お前、これからどうするつもりだ?」
「一緒に逃げましょう。火の国だったら、あてがあります」
わたしが言い切ると、お父様は目を伏せた。
なんか嫌な予感がする。
「そうか。では、俺は置いていけ」
「何でですか!?」
お父様の手を引っ張ったけど、全くうごかない。
どんな足腰してるの!?
「俺は責任を取らなくてはいけない。責任を放棄してしまえば、それは貴族として失格だ」
「もう爵位は無いではありませんか」
「それでも果たさなくてはならない。それが、貴族としてふるまい続けた者の責務だ」
「ですが、わたしはお父様に生きてて欲しいです」
お父様は突然、わたしの頭をグシャグシャと撫でた。
髪が乱れるし痛いし、最悪だ。
だけど、不思議と嫌な感じはしない。
「ああ、俺も生きていたい。孫の顔を見たり、」
「なら……っ!」
「だが、俺は1人の父親や夫である前に貴族だ。そういう生き方を選んだ」
お父様は立ち上がって、民衆
「お父様。何をするつもりなんですか……?」
「やっとわかった。これが俺の命の使い方だ」
お父様は土魔法を発動させて、小さな円錐状の物体を作り出した。
そして――
自分のお腹に、深く突き刺した。
「……え?」
致命傷なのは明らかな、出血量だ。
「聞け!!!!」
お腹に穴が開いている人間が発しているとは思えないほどの、鬼気迫る声。
誰もが息を呑んでいる。
「『土の聖女』様は暗殺された! 直接手を下したのは、ハイエナ獣人だった」
お父様は毅然とした態度で叫んだ。
だけど、お腹からは鮮やかな血が流れ続けている。
「だが、本当に殺したのは彼らだろうか」
民衆が少しざわついた。
「ハイエナ獣人は昔から差別されてきた。その復讐のため『土の聖女』様は殺された。そして、差別したのは我々だ。これは間違いない事実だ」
お父様はわたしの手を握った。
すでに手が冷たい。
「どうか耳を傾けてほしい。娘はこれから、この国を大きく変えるだろう」
それだけ言うと、お父様は倒れてしまった。
触らなくてもわかってしまう。
もう、事切れている。
「ひっ……!」
お父様の死に様を横で見ていたお母様は、パニックになったように走り出した。
すると断頭台から落ちて、ぐしゃっと音をたてた。
あれ?
悲鳴も聞こえなかったよ?
「えっ……」
お父様もお母様も、死んじゃった?
なんで?
みんな、わたしの顔見てる。
じっと見てる。
ちょっとお父様。わたしのこと買いかぶりすぎだって。
わたし、ただの16歳の女の子だよ。
そんな『土の聖女様ならここで素敵な言葉を言ってくれる』と期待されても困るんだけど。
でも、お父様の命を無駄にするわけにはいかない。
何を言えばいい?
何を言えば、お父様の命に釣り合う?
本当は言いたい。
お前たちのせいでおばさまも、お父様も、お母様も、死んだんだ。
でも、怖い。
もし言ってしまったら、石を投げられるかもしれない。
そうなったら我慢できなくなってしまう。
今のわたしは『土の聖女』。
ここにいる人間を一人残らず殺す力がある。
お願い。
1人にさせて。
ふと、隣に誰かが舞い降りた。
「……ペリット」
「ロコス様。失礼します」
反応する暇もなかった。
腰に手を回されて、ペリットの顔が近づいてくる。
唇同士が、触れた。
そして、ペリットの大きな舌が唇を 前歯をノックした。
わたしの脳内は大混乱。
叫ぼうとして少し口を開いてしまって、その隙に舌が入ってきた。
(そんな友達の部屋にお邪魔するみたいな感覚で、舌入れてこないでくれます!?)
どんどん口の中に舌が入ってくる。
めっちゃでかい。
ザラザラしてる。
わたしの舌で押し返そうとしても、全然敵わない。
あ、さらに大胆になってきた。
口の中がペリットの舌でいっぱい。
歯茎の裏まで舐め回されてるっ!?
息が苦しい。
鼻で息しないと。
でも、鼻息かかるの恥ずかしくない!?
あ、やばい。
全身の力が抜けていく。
あ、ダメ。
限界……。
「彼女は俺のものだ!! この国のものでも、お前たちのものでもない!」
周囲を見渡すと、王都中に花が咲いていた。
もしかして、これ、わたしがやったの!?
興奮しすぎじゃない!? 恥ずかしくて死にそうなんだけど!
ペリットはわたしをお姫抱っこすると、処刑台から降りた。
「ちょっとペリット!? さすがにやりすぎじゃない!? キスなんて聞いてないんだけどっ! しかも……あんな、激しいの……」
「すみません。我慢できませんでした」
ペリットはお茶目に舌を出した。
こんな大きな舌が、わたしの口に入ってたんだ……。
って、そうじゃない!
「あの状況で我慢とかある!?」
「あれでも我慢した方なんですよ。本当はもっとすごいことをしたかったです」
「もっとすごいのがあるの!? わたし、初めてだったんだけど!?」
「大丈夫です。俺も初めてでした」
いや、嬉しいな!?
だからそうじゃないって、わたし!
「じゃあいっか、とはならないからね!? あのばあやの仕業!?」
「いえ、俺の両親、いつもあんな風にキスしていただけですので」
ああー。お盛んな家庭だったのね。
英才教育だ。
やっと興奮が冷めて、冷静になってきた。
お父様の死に顔と、お母様の落下していく姿がフラッシュバックした。
「これで良かったのかな。お父様。お母様」
「…………」
ペリットは何も言ってくれなかった。
そうだよね。
彼も家族を亡くしているからわかっているのだろう。
これは、わたしの気持ちの問題だ。
◇◆◇◆◇◆
わたしとペリットはウンコ博士の研究所にやってきた。
ここならそう安々と見つからない。
だれも近寄ろうとしないし。
まあ、もう旅立つ準備はできちゃったんだけど。
「行くのか」
「お世話になりました。ウンコ博士」
「これからどうするつもりだ?」
「今から火の国に行こうと思います。もしかたらコーラルに助けてもらえるかもしれないし、一度行ってみたかったので」
「じゃあ、これを持っていけ」
ウンコ博士から投げ渡されたものを見て、わたしは小首を傾げた。
羊皮紙の束だ。
「なんですか? これ」
「火の国で使える可能性がある浄水設備の。あとは下水道設備などの草案だ。うまく使え」
「いいんですか!? こんな大事なもの……」
「構わん。技術というのは常に発展すべきものだ。僕が後生大事に持っていても仕方がない」
わたしは思わず気おくれしてしまった。
国を揺るがすレベルのものなんだけど……。
「あの、どうしてこんなによくしてくれるんですか?」
「お前は死んだ妻に少し似ている。まあ、ちょっとした気まぐれだ」
あ、ペリットの目つきが変わった。
ステイステイ。
「それで、代わりと言ってなんだが、最後にお願いがあるんだ」
ペリットはわたしを守るように立ちふさがった。
だけど、ウンコ博士の手が伸びた先は、彼のお尻だった。
「お前のウンコをくれないか!?」
「なにを言ってるんだ!?」
ウンコ博士はペリットのお尻と下腹部をさすり始めた。
刺激して排泄を促しているのだろう。
「~~~~~~~っ!!!」
ペリットはわたしをお姫抱っこして、逃げ出した。
「あーはっはっはっはっは」
ペリットは笑っていた。
なんだかとってもテンションが高い。
でも、ちょっとわかる気がする。
この国とのお別れは、ジメジメしたものになると思っていた。
でも、彼のおかげで少し愉快な旅立ちになった。
あれ?
でも、わたしの顔、うまく笑ってなくない?
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