第二話 お前……すごいな
※第二話、第三話は最初の投稿から大幅な改稿があります。
「……ううぅ……」
うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開く。
おぼろげな視界が徐々に整っていき、数秒して焦点が合う。
そこには華やかな模様の天井と――豪奢なシャンデリアがあった。
宝石らしきものがふんだんに使われており、きらびやかな光を振りまいている。
俺の部屋のLED電球なんかとはぜんぜん違うなぁ……。写真でしか見たことないけど、やっぱりこういう家も、あるんだなぁ……。
なんだか中世ヨーロッパの貴族にでもなった気分……――
「……ってはあぁぁぁっっ!?」
大声で叫びながら、勢いよく身体を起こす。
バッと当たりを見回すと、俺を取り囲むのはまるで見覚えのない景色だった。
白いレースと赤い布のカーテンがかかった巨大な窓。壁を埋め尽くすほどに飾られた数多の絵画。
金色の装飾が施された椅子。雑多に道具らしきものが置かれた大きな木の机。草花の模様が細かく描かれたカーペット。
天井まである、ぎっしりと詰まった本棚。
そして俺が寝ているのは、王様が使っているかのような広すぎるベッド。
異様な光景に、俺は言葉を失う。
どこだここ……? 日本じゃない、よな……? さっきまで俺の部屋のベッドで寝ていたはずなのに……、いや待てよ、さっきの彼女はなんだったんだ……?
「あっ、お目覚めですか、リスタさまっ!」
俺が混乱しつつも必死に頭を回しているときに、左側から声が飛んできた。
「へぁっ……!?」
「……っふふ、なんですかリスタさま、そんな声出して? わたしです、リューアですよっ」
その声の主は、俺を見ておかしそうにくすくすと笑った。
リューアと名乗った少女は、ベッドの横に椅子を置いて座っていた。
俺は彼女の姿を目に捉えて、今までにない衝撃を味わうこととなった。
「気絶したというので心配しましたよ、リスタさま……。まったく、ルミニア姉さまはずるいですっ!」
腕を組みどこか憤慨した様子の彼女は、まことに小さかった。
身長は百四十センチにも届いていまい。俺からしてみれば、小学生ぐらいの背丈だ。
顔立ちも幼い。近所の子どもといった雰囲気で、年齢も十歳は超えないだろう。
だがその装いは、およそ小学生などじゃあなかった。
彼女が身を包んでいたのは、二色のみの単調な服。
着ているのは黒のワンピースだが、その上にいくつかの飾りがある。
ワンピースは膝下で切れており、ドレスのように口が広がっている。白い布でフリルまでついている。
胸には、肩からかかった下部が半円の白いエプロン。こちらも同じく、フリルに縁取られている。
服自体は半袖で、そこだけが白い袖口はボタンで留められている。おまけに彼女は、手袋を着用している。
そして最後、なぜか俺はおそるおそる、彼女の頭に目をやった。
輝いた茶色の長髪が両肩から流れている。
さらにその上、彼女の頭には――カチューシャ。
言わずもがな、彼女はいわゆる「メイド」の服装だった。
俺はそんな彼女を凝視してしまう。
「あの……えっと、リスタさま、そんなに見られるとわたし、恥ずかしい、です……」
リューアがもじもじとしだして、俯いて前髪を指でくるくる。
それはなんだか、子供っぽい仕草で可愛らしかった。
「あ、ごっ、ごめん……なさい?」
「ごめんなさい……?」
リューアは訝しげに俺の言葉を繰り返した。
「……すみません?」
「――ふふふっ」
唐突にリューアが笑い出す。
「お、俺、なんかおかしなこと言ったか……?」
「いえ、そういうことでは。ただいつもと様子が違っていらっしゃるようで、リスタさま」
――リスタさま? リスタさま、リスタ、リスタ…………。
その名前だけが脳内で繰り返される。今になってようやく、俺は先ほどからの違和感に気づいた。
ハッと、息を呑む。
それ……どういうことだ?
彼女が言う『リスタ』。
俺に向けられる『リスタ』という名前。
待て。俺はその名前を、知っている。よく、知っている。何度も目にしている――。
大人気ゲーム〈ラスト・クロニクル〉――通称ラスクロは、中世ヨーロッパを舞台に剣と魔法の戦いと冒険を繰り広げる、超大作RPGだ。
プレイヤーはゲーム開始時に三人のなかから主人公を選択する。得意にすることや性格、外見や言葉遣いが全く異なっており、まずこの時点でゲームの進み方が分岐する。
主人公を選んだプレイヤーは、魔法や剣技を習得しながら駆け出しの冒険者として旅をする。
ラスクロの魅力は、なんといってもそのリアリティだ。
ゲーム内に広がる広大な世界にはいくつもの国が存在していて、国同士の争いに巻き込まれることや他国へ差し向けられることもあり、プレイヤーの行動範囲は国内だけにとどまらない。
イベントやクエストも豊富だ。モンスターの討伐や敵対勢力の退治といった王道のクエストだけでなく、王族の後継者争いへの協力や新能力の探求など、一風変わったものもある。
また、魅力的なキャラクターも人気を博している理由の一つだ。
最初に選んだ主人公だけでなく、攻略の進め方や戦い方、暮らし方によって出会えるキャラクターがプレイヤーによって百八十度違ってくる。仲間の顔ぶれも違うため、戦力面にも影響がある。
ゆく先々で出会う誰もが個性的で、ゲームを面白く飽きないものにしているのだ。
ラスクロの奥深さにハマって、クリア後も繰り返しプレイする者もいると聞く。
主人公を変え進め方を変えれば、また新しい風景に出会える。様々な設定と壮大な世界観で、プレイヤーを楽しませてくれる。
それが〈ラスト・クロニクル〉だ。
そして俺も、ラスクロに魅了された人間のひとり。
発売当初に夜通しで店に並んで手に入れ、当日中にプレイを開始したほどだ。
始めてから一年経てど、何度も初期画面に向き合いチュートリアルを見て、新しいキャラクターとまだ見ぬ景色を求めてプレイし続けている。
こんな世界が現実だったらなぁ……と子供ながらに何度も願った。
――のだが。
「あの、リスタさま?」
リスタ、か……。
『リスタ』はラスクロに登場するキャラクターだ。
物語中盤の〈王位継承争い〉という大規模クエストで現れる、メインの人物。
プレイヤーは彼の手助けをし、彼自身も他の貴族と王位をかけて争うのだが、最終的には負ける。
やがて物語は次のクエスト〈統一戦争〉へと向かっていく。以降、リスタが登場することは一度もない。
つまるところ、彼はゲームを面白くするための布石にすぎないのだ。
そんなキャラクターの名前が、どうしてここで?
「えぇっと……リスタって、もしかして俺のこと言ってる?」
きょとん、とメイド少女の動きが止まる。
「は、はい、おっしゃるとおりですが……」
「……ほんとうに?」
「ええ、そうです、リスタさまですよ」
「絶対の絶対に……?」
「はい……あの、どうかなさいましたか?」
うーん……。どうやら俺が『リスタ』と見られていることは間違いないようだ。
どうしてくれるんだよ、リスタ……こんな状況に俺をほっぽりだして。
ゲームのようなチュートリアルはない。かといってシステムのサポートもない。
今はもっと彼――もとい俺――の情報が必要だ。
「あの、いつもの俺ってどんなことしてる……?」
「ええと、そうですね……リスタさまは毎朝、私たちメイドが起こしに参りますと、寝言を言ったまま抱きついてきますね。まあ、自覚がないのは仕方ありませんが」
「うへぇ……」
そりゃ初耳だ。クエストでは済まし顔だったあのリスタが、実際は甘えん坊だったなんて。
「そのあとは、我々におんぶされながら朝食に向かいます。朝食後は我々とともに湯浴みをします。それが済めば、我々とお出かけになったりお昼寝をなさったり色々です。昨日などは、ルミニア姉さまの部屋に入ってあんなことやこんなことを……していたと聞いております」
それは随分甘やかされてるな……。
「あ、あんなことやこんなことって……」
「……そ、それは、その……言葉にしなきゃ、だめですか……?」
うんなるほど、そういうことなら大丈夫です!
これ以上聞いたら恥ずかしさで気を失いそうだ……もう十分。
そこで俺は、さっきからずっと気になっていたことを聞く。
「ところで、変なことを聞くかもだけど……君は、誰なんだ?」
「ふふっ、冗談はおやめ下さい、リスタさま。そんなことをしなくても、我々はリスタさまを第一に愛しておりますので!」
彼女はふすん、と鼻から息を漏らしながら、胸に手を当てて自信満々に言った。
「いや、ほんとに……冗談じゃないんだ。君が誰なのか、まったく思い出せない」
だって、ラスクロにはこんなキャラクターは登場しない。
俺の言葉にリューアは硬直する。やがて心配した顔で眉を寄せ、
「リスタさま、それはまことですか?」
「ああ、悪いけど……君の名前も顔も、知らないんだ」
「そうですか……」
彼女はひどく落ち込んだ顔をした。俯いて小さな声をこぼす。
「やはり、我々の愛が足りないのですね……だからリスタさまはこんなことを……」
「え?」
「分かりました。リスタさまがそうおっしゃるのなら、我々も全力で応えましょうっ!」
なんだか話が食い違っているような。
だがリューアはそんな俺を差し置いて、いきなり椅子から立ち上がったかと思えば、
「さあ!」
そう言って両の腕をいっぱいに広げた。
さあ、とは? いったい俺に何をしろと……?
「どうぞ来て下さい、リスタさま!」
はい?
「いつでもいいですよ! そのお顔を、私の身体にうずめて存分に……味わって下さい!」
そう言われて、俺の視線は自然と彼女の身体に向いてしまう。
小さい、線の細い身体だ。それこそ、抱きしめでもしたら折れてしまうのではないかと思うほどに。
まだ筋肉も骨も成長途中であろう彼女は、年相応に幼い体つきだ――ただし一箇所を除いて。
俺の顔の正面、視界の真ん中。
白いエプロンには、優しく、しかしくっきりとした二つのふくらみがある。
それは、子どもと呼ぶには少々大きい、大人に近づいているしるし。
それを間近で見せつけられた俺は、数秒もしないうちに顔が熱くなりそっぽを向いた。
「だ、だいじょうぶだから……!」
いきなりなんてことを言うんだ、このリューアという少女は。
火照る顔でちらりと彼女を見ると、なぜか残念そうな顔をしていた。
「そうですか……」
しゅん、と両腕を下ろす。
だがすぐに明るい顔に戻って、
「来ないのならば……こちらから参りますよ、リスタさまっ!」
バッと両腕を開き、俺の目をしっかりと見据え、その小さな体が飛び込んでくる――。
「ゔふっっ」
すぐに視界がエプロンの白一色で覆われ、口が塞がれて息がこもる。
「あぁぁ、リスタさま……リスタさまぁ……」
ぎゅうっと抱きしめられ、身体が密着する。まるで小動物を愛でるかのように、リューアが頬をすべすべしてくる。
ねえこれどういうこと!? なんで俺は抱きしめられてるの!? この距離感なに――!?
混乱しだす思考。そこに追い打ちをかけるように、柔らかいものが押し付けられる。
その感触とこの状況、もはや大罪と言っていい。
リューアはほっぺすべすべ攻撃だけでは飽き足らず、純白のベッドに乗り上げてきて、布団に埋まった俺の脚の上にぺたんと座り。
真正面で向かい合って。
手を伸ばし、俺の耳に触れ、その顔を徐々に近づける――。
――なあリスタ、お前、すごいところに住んでたんだな……。
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