死神だったのかもしれない

坂本 光陽

死神だったのかもしれない①


 社会や周囲とうまく折り合えない人は、世の中に大勢いる。


 もしかしたら、あなたも理不尽な怒りにさいなまれ、不平不満はたまる一方で、常にストレスに苦しんでいるのかもしれない。


 もっとも、人間には理性と忍耐力がある。不平不満をなだめすかし、何とか自分を抑え込む。美味しい料理やアルコール、カラオケ、温泉などレジャーや趣味に没頭することで、ストレスを発散し、平穏無事な日常生活をキープしている。


 だが、そうしたことができない人がいる。不平不満やストレスが日常的に暴発して、周囲の人間とトラブルを起こしてしまう。


 アパート暮らしをしていた時、隣の部屋の住人が、まさに、そういう人だった。


 仮に、Rさんとしよう。50代の小柄な男性である。引っ越してきた時にゴミの出し方を尋ねられたので、僕は自治体発行のマニュアルをプレゼントして、懇切丁寧こんせつていねいに説明した。


 Rさんの第一印象は、腰の低い、気の弱そうな人というものだった。

 しかし、数日後、その印象は一変することになる。


 深夜、ぐっすり眠っていると、いきなり玄関のドアを叩かれた。こんな時間に来る人間に心当たりはない。放っておいたのだが、相手は執拗にドアを叩いてくる。仕方がないので、ドア越しに話してみた。


 どうやら、その人はRさんの友人であり、隣の部屋と間違えたらしい。その友人は自分の間違いに気づいても一切謝らず、それどころか悪態をついて帰っていった。


 騒ぎはこれだけでは収まらなかった。しばらくして、隣の部屋が騒がしくなったのだ。どうやら、Rさんが友人と一緒に帰ってきたらしい。酒が相当入っているようで、かなりの大声で騒いでいた。


 壁の薄い安アパートだし、周囲が静まり返っているので、隣室の話し声は筒抜けである。控えめで言っても、それは騒音だった。とても、眠ってはいられない。


 僕は耐えかねて、110番通報をした。相手は酒が入っているし、直接顔を合わせたら間違いなくトラブルになる、と思ったからである。


 しばらくして、近くの交番から警察官がやってきて、Rさんに注意をしてくれた。その夜は、それで静かになり、どうにか事なきを得た。


 だが翌日、さらにトラブルが待っていた。


 出かけるために、玄関を出たとたん、Rさんの友人とばったり出くわしたのだ。昨夜はドア越しに話しただけなので、顔を合わせたのは初めてである。しかし、相手は直感で、警察に通報したのが僕だとわかったらしい。けんのある目つきで睨みつけてきた。


 だから、僕はつい言ってしまった。

「アパートの壁が薄いので、深夜に騒がしくするのは、やめてください」


 友人はカチンときたらしい。部屋の中にいたRさんを振り返り、

「おい、隣の奴に文句いわれたぞ。警察に通報したのも、きっとこの野郎だ」


 Rさんが勢いよく飛び出してきた。怒りに染まった表情で罵詈雑言ばりぞうごんをぶつけてきた。気弱そうな第一印象とは全然ちがう。チンピラのように威嚇いかくしてきたのだ。


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