4 昔の話

交代で見張りをしつつ、ある程度休憩をしたあと私たちは再び森の中を探索することとなった。


 湖の魔方陣が必ずしも原因だとは限らないからだ。


「あ、あれがダミーの可能性もありますから、もう少し探すべきかと……」


 というミネルバの進言と、他も探索できる範囲でしておいた方がいいだろうというラジェの判断だ。


 それで、行けるとこまで行った見たら似たような、魔獣達の水呑場だろう場所の底には同じ魔方陣が刻まれていた。


「これ、さっきのと同じですね!」


「やっぱり、ぞわぞわする〜。チュウ」


「うん……」


 これを最初に見つけたものと会わせて三つ発見し、十中八九、この魔方陣が原因である可能性が高いと怪しい湖の水を持ち帰り、一旦トゥウィシュテの森の捜索は終わることとなった。


 トゥウィシュテの森から帰還して、書類を王太子に提出したあと場内を歩いていると向かい側からラジェが歩いてきた。


 一瞬、昔のように声をかけそうになったが幸いにも、すぐに口をつぐんだお陰で音はでなかったが、ラジェは私がいることに気がついたらしい。


 ラジェの冷めた目が私を射貫いた。


 スッと、無礼にならないように礼の形をとった。


「……君か。書類を出した帰りか?」


「はい。先ほど、王太子様に」


「そうか」


 業務的なやりとりが終われば、ラジェはスタスタと歩いていった。


 よくシェナと呼んでくれたのに、今では名前すらも呼ばれることがない


 王族と王族に使える者という関係性なら、こんなものなのだろうか?


 いや、私とオリーは別として、ハウさんとグランさんのやり取りを考えれば私とラジェのやり取りは冷たいものと言われても仕方がないのかもしれない。


 ひっそりと、進んでいくラジェの背中を眺める。


 昔はラジェの背中を見る機会なんてほとんど無かったのにな……。


 寂しく思いながらも、私に足を進める以外の道はない。




 昔のこと、私はある理由によって家族だった人たちに捨てられてしまった。


 幸いにも一緒に放り出された現在の腹心がとても腕のたつものだったことから、死ぬことはなくなんとか生きていけた。


 そこから流れてスラムに行き着いた。


 食料一つ得るのに危険な橋を渡り、苦しい思いをして、見捨てるのも憚られて倒れたスラムの子供の看病をしていると、いつのまにかスラムにいる子供達__年上もいる__をまとめる立場になった。


 その子供たちの中にはトゥウィシュテの森の捜索についてきたカイトやネジュ、カンネ、ミネルバもいた。


 この極寒の地で、スラムでどうやったら生き残れるのか、日々生き残ることばかりを考えていた。


 生き残るには襲われても追い返せるだけ後からがいると判断して、私について回ってくる子供達を鍛えた。


 そして、ある日のこと、盗賊に襲われている馬車に乗っている貴族をネジュが見つけた。


 助ければ、何か恩恵が得られるかもしれない。


 そんな風に考えた私たちは、後に仕えることになるオリーと、その父親であるドラゴノフ・アルデンヌ様を助けた。


 怪我はしたものの、盗賊を追い払って素直に褒賞を求めた私たちをドラゴノフ様は気に入ったようで、ドラゴノフ様の領地であるポイラー領に連れて帰られた。


 スラム出身だからと不当な使いを受けるのではないかと警戒していたが、結果的に警戒する必要は全く無かった。


 それで、ドラゴノフ様に連れて帰られた、私が率いていた者達が後のドラン騎士団である。


 そして父であるドラゴノフ様同様、娘であるオリー__オリビアに「衛兵みたいでかっこ良かった」と気に入られたるという、よく分からない状態にもなっていた。


 血まみれなのに、お気に入りだなんだと言うなり私に飛び付いてきたのだ。


 本来ならば抱きついている人間も、周囲も血塗れな状態、怖がると思うのだけれど、王妃候補者だからか、はたまた貴族だからか、あの年の頃には荒事になれてしまっていたようだ。


 ドラゴノフ様が私たちのことを拾った理由はポイラー領が国境沿いの領地であることが起因している。


 王国から派遣された兵士は人数や広さの関係上、ほとんど防衛戦に回されており、領内の警邏などが不足していると感じていたらしい。


 それで領地を守る役割を担う部隊の結成を検討していたところで私たちの登場と言うわけだ。


 私たちを拾ったドラゴノフ様の判断を安易と思うかもしれないが、私たちが暴走した場合、きちんと始末をつける計画をたてていた。


 その始末も、領民を悦のために傷つけることと言うか明確なラインがあったし、忠告もされていた。。


 ドラゴノフ様に拾われてすぐの頃の私たちの住む場所は領民たちが暮らす町から少し離れたところだった。


 けれど関わりを断つことはなくて、小さい私たちでも出きる仕事を定期的にさせていた。


 戦闘訓練よりも教育を優先させて倫理観や道徳、社会性を養い、暴走する可能性を減らした。


 教育するだけの資金も、人材もあったし、領主であるドラゴノフ様が教鞭をとることもあった。


 私たちが暴走しないと確信してからは、戦闘訓練が始まり、領民たちがいるところの近くに住む場所が変わった。


 ミネルバのように戦うのは怖い子達は治療部隊なんかに回された。


 なんで拾ったのか気まぐれで聞いたときに聞かせてくれたけど、最後に「優秀な人材を無駄する結果にならなくてよかった」と笑っていたときは背筋がゾッとした。


 普段からそうなのだが、本人からしたら冗談だったんだろうけど、強面なのと貴族らしく腹黒いところがあるから、冗談と本気の境がわからない。


 倫理観や道徳の教育が終わったあと、私はオリーの方がいくらか年上だが年が近いし、同性であると言うこと、そして気に入られていることからからオリーの護衛をしろと、言い渡されて護衛になった。


 恐らくだが、当時のオリーが私を護衛にしてだとか、私と遊びたいだとか言って、護衛に選ばれることになったのだろう。


 そして、騎士としてポイラー領を守るために活動する私たちにドラン騎士団と言う名が与えられた。


 団長は誰にするか、と言う話しになれば私が指名され、私の補佐には私と一緒に家から放り出された腹心が指名された。


 そして名字を捨てた私は護衛任務とともに、ドラベルフの名を貰った。


 ドラベルフの名はドラゴノフ様の名前をもじったものなのだそう。


 そこからオリーの隣にいるのならば、オリーの護衛をするのならばと、アルデンヌ家に仕える使用人達から色々と知識を詰め込まれることになった。


 オリーの護衛が決定した日や、初めてオリーの護衛をした日は思い出したくないぐらい大変だった。本当に……。


 私たちの仕事は国外からやってきた盗賊や、トゥウィシュテの森からきた魔獣の討伐、それから領内を定期的に巡回して、良民と交流を持ちつつトラブルの解決なんかだ。


 あと小規模で短期間だったけど戦争に駆り出されたこともあった。


 その時、私率いる戦闘が得意な者や国軍が大暴れしている、その隙に諜報活動が得意なものに重要情報を抜き取らせた。


 抜いた情報のお陰で戦争が早期終結したと、褒賞としてドラゴノフ様には土地と私たちには質のいい装備を貰った。


 そして日常の戻り、そのうちにドラン騎士団は国内の騎士団の中でも最強の騎士団だと吟われるようになった。


 注目の的であるドラン騎士団を国王が見逃すことはなく、元々オリーが王太子妃候補だったのもあって、オリーと王太子と会わせることをドラゴノフ様に提案した。


 王の提案を辺境伯爵が断れるわけもなく、私とオリーはドラゴノフ様に連れられ王宮に入ることになった。


 私はドラゴノフ様からなるべく気配を消すこと、自分から王族と関わらないこと、王太子を不快にしないこと、二人を必ず守ることを言いつけられた。


 そしてオリーと王太子の初対面、一方的ではあるが私がグランさんのことを認識したのは、このときが初めてだった。


 二人はお互いを気に入ったらしく、交流は盛んになった。


 そこからある程度__大体半年程度がして、ラジェに会うことになる。


 いつも通り、私が目立たないところからオリー達を見守っていると少し離れたところに年の近そうな少年がいるのが見えた。


 最初は警戒したものの、私を前にして「どうしたらいいかわからない」と言いたげな表情に警戒心を解くことにした。


 頬をピンク色にして、こちらをじいっと見つめられることに戸惑ったが、当初は使用人か、宰相か……ともかく誰かの子供が迷い来んでしまったのだろうと考えていた。


 だから、私はここで見たことを外部に漏らさないようにしぃっとジェスチャーを行ったあと、出口の方向を指差した。


 少年は私が指差した方向に駆けていった。


 これがはじめての出会いであり、そして次にあったのは舞踏会だった。


 その日も私はオリーの護衛とした、少し離れたところに待機していたのだが、現れた王族のなかに例の少年がいたのだ。


 正式に第二王子であり、グランさんの弟であるラジェを紹介されたとき、あのときは本当に驚いたし、失礼な真似をしてしまったと、これでは首飛ぶのでは?何て余計なことを考えていた。


 まあ、なにも起こらなかったんだけど。


 ただ、当時のラジェは私のことを気に入ったのか、王宮で見かけると話しかけてきて、たまに王宮の花畑なんかにも誘われた。


 私はオリーの護衛だから、と断ろうとしてもオリーから許可が出てしまいグランさんに「弟をよろしく」何て言われるようになった。


 そうして、一緒にいるうちにラジェのことを無意識に好きになっていたが、あのときは恋愛感情とか、良くわからなかったから自覚はないに等しかった。


 それで、それでラジェは私に____。


 ……。


 仲良くしていた、はずだった。


 私たちが青年期に入った頃、急にラジェが私に対して冷たくなった。


 理由は深くは探ってはいない。知りたくなかったし、わかりたくなかったからだ。


 オリーやグランさん達は私たちの仲を取り持とうとしてくれたが、ラジェの私に対する冷たさは変わらなかった。


 唯一、兄であるグランさんには名にか話したのか、「待っていてやってくれ」と言われた。


 だから、諦め八割、希望二割で待つことにした。


 ラジェが説明してくれることなんてないし、私も探ろうとしなかったから、状態が変わらぬまま時間が流れて、今になった。

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