3 トゥウィシュテの森
私はいつもの服装で、体躯に見合わない大ふりな剣と細身の剣を腰に下げて、首から下げている古い鍵をいじっていた。
回りにはドラン騎士団に所属しているものが四名。
魔族だが年齢は下から数えた方が早いドラン騎士団、偵察部隊所属のカイト。
「シェナさん!お供します!」
鼠の獣人でドラン騎士団、諜報部隊隊長、ネジュ。
「チュチュ、しっかりと情報持って帰らないとね~?」
体が大きく無口、人魚と虎獣人のハーフ、ドラン騎士団戦闘部隊所属、カンネ。
「……がんばる」
気弱だが、いざというときは頼れる、氷の妖精と人のハーフ、治療部隊隊長、ミネルバ。
「よ、よろしくお願いします……」
国軍が六名、そして私とブレナ殿、ラジェの計十三人の少数精鋭が集まっていた。
馬に荷物を積む風景を、武器の手入れをしながら眺める。
煙幕や医療品を詰め込んでいるが、準備している馬の数では足りないだろう。
魔境と言っても過言ではない場所に突撃していくことを考え、被害を少なく、そして動きやすくするために実力者を集めた少数精鋭でいくために馬の数も人数分と少なくしているから仕方のないことだ。
本当は色々と持っていきたいところがあるのだが、それで大事な機動力であり食料にもなりうる馬を失うわけにもいかない。
次第に準備はすみ、私達は国民や防衛戦線の兵たちに見送られながら出発した。
魔境、トゥウィシュテの森の最北端から踏み入り幾ばくかしたところ、もはや振り替えれども村が見えなくなるほどに深いところに足を進めていた。
馬は足が早くて力もあって良い。
ここ最近は乗馬よりも馬車に乗ってることの方が多かったからか、今は魔境の中にいると言うのに気分が良い。
だが、その気分を台無しにする生物が現れた。
「チュチュ。来た!」
「各位、戦闘準備!」
「う、後ろにいるので、怪我をしたら言ってください」
気配を感じてすぐに馬から降りる。
現れたのは通常個体よりも巨大なサイクロプスが一体、フェンリル、キラーベアー、その他複数。
おそらくリーダーはサイクロプスで、私たちのことを食べようと考えているんだろう。
フェンリルが飛びかかってくるのをラジェの魔法が牽制するのを見て、すぐに飛び出してサイクロプスに斬りかかる。
続いてドラン騎士団の者とブレナ殿、国軍達、ラジェが私が動きやすくなるようにフェンリルやキラーベアー達を相手取る。
むろん、ミネルバの待機している後方に魔獣をやるヘマはしない。
サイクロプスもフェンリルもキラーベアーも、通常個体よりも大きく頑丈で攻撃力も強い。
国境付近を魔獣達が襲い出した頃から、この異常性は確認していたらしいし、この異常性が状態が拮抗のままになっている原因だ。
魔獣達の狂暴性は、この異常性が関係しているのだろうか。
サイクロプスを倒し、周りを見渡す。
数の有利は向こうにあるが、こちらが簡単に負けるわけもなく、苦戦しているところに割って入ったりと次から次に魔獣達を処理していく。
……ブレナ殿、妙に魔獣と戦いなれてないか?
怪我をしたものはミネルバに治療をしてもらい、足を進める。
「入って早々にこれか……」
うんざりした様子のラジェが言葉をこぼす。
「魔獣の多くは元々狂暴ですけど、この件が始まってから会う魔獣はどれもこれも臆病な種類でさえも好戦的になっていますね。ほんと、何が起きてるんでしょう?天変地異を見てる気分です」
カイトの言っていることは言いすぎな気もするが、とてもわかる。
サイクロプスが引き連れてきた魔獣の中には臆病で、人を見るなり逃げ惑うような魔獣だったし、そんな生体を持つような魔獣は好戦的な魔獣と組むことは殆どないと言っても言い。
そんな個体でさえも強化されて好戦的になり徒党を組んでいるのは、魔獣達の影響を与えているだろう“何か”の効果の強さがうかがえる。
さらに先に進んでいくと、何度も魔獣達から襲撃を受けることになった。
致命傷は負ってはいないものの、ちらほらと怪我をしているものが出始めていた。
それから、他の魔獣に殺されてしまったのか、魔獣の死体がちらほらと見つかった。
原型は保っていたし、死んでからそれほどの時間もたっていないはずなのに腐敗臭がするという不自然な部分も異変のせいなのだろうか?
見つけた数は少なかったけれど、はやく事態を終息させないと疫病の元になりかねないな……。
「これだけの効果を考えると、あの“噂”もあながち間違いではないかもしれませんね」
一人の国軍が言葉をこぼした。
「“噂”?」
「クルシェナ殿も知っているかも知れませんな。民の間でささやかれている噂です。魔獣が暴走しているのは“彼の遺物が原因ではないか”とね」
「遺物……。“パンドラ”か」
「えぇ、そうです」
「あの、怖いお話ですか……」
“パンドラ”、それは我が国、アニエス王国に伝わる昔話に登場する厄災。
“パンドラ”はアニエス王国や、アニエス王国と仲の悪い隣国バースノンク国、プルトペア帝国、そして周辺諸国の前進となる超大国であるリベア皇国が一夜にして破滅の道をたどる原因になった物といわれているものだ。
単純なおとぎ話ではない、ほとんどが実話であるのが厄介なところだ。
アニエス王国やプルトペア帝国、その他周辺諸国の中心地となる場所にはリベア皇国時代に使われていただろう古城が残っている。
滅びの過程でリベア皇国の資料の一切合切は消失してしまったので詳しいことはなにもわからない。
強いて言うのならば、リベア皇国と交易していたらしい国に“様々な種族の集まる、とても良い国”といったような内容の文が書かれていたことくらいか。
あと、わかっていることと言えばリベア皇国時代に使われていただろう古城の地下室に禍々しい呪い痕跡が残っていたことだ。
そこで“パンドラ”が作られたのではないかとも、言われている。
この話、ミネルバなんかの怖がりな子達から不評であまり騎士団の中では話題に上がらないんだよね。
「まぁ、民達の言うこともわかるな。不安で仕方なくて原因もわからないから、感情を向ける物が欲しいんだろう」
「過去例に見ないような事態が起こっていますからね。不安なのも仕方ないでしょうが、どこから“パンドラ”の話が出てきたんでしょうか?“パンドラ”よりも魔法が使われてる方が現実的でしょう」
森の魔法をかけて魔獣達を凶暴化させていると言う方が、あるかどうかわからない御伽噺の中の存在の“パンドラ”よりも現実的で、ありえることだ。
現に、何度にもわたって行われたグランさん達との話し合いでは、そんな感じの話が上がっていた。
魔法だって、それっぽい効果の魔法はいくつもあるのだ。
「ふむ、確かに言われてみれば変だな。俺達が調査したあと、なにもなかったと報告したあとに、この噂が出てくるのなら変でもないが……」
「気にしすぎではありませんかな?民の魔法についての知識は、それぞれですが全く興味のないものは生活に必要なものくらいしか知りませんよ」
ブレナ殿の言うこともわかるが、どうも違和感があるような……。
まぁ、どうせ“パンドラ”なんて、この世にないんだし、気にするだけ無駄か……?
いや、調べるだけ調べさせるか。
「ネジュ」
「チュチュ。はいは~い」
私の意図は伝わっただろう、もうかれこれ十年近くの仲だからな。
「この際どれだって良い。俺たちに解決できることならな」
「同感ですな」
「えぇ」
「ですね!」
「ん……」
そう、解決できれば良い話なのだ。
相手が魔法であれ、人間であれ、亜人であれ、“パンドラ”であれ、叩き潰して、現状を打破してしまえば良い。
森のなかには言って三時間、トゥウィシュテの森の最北端から南下していきつつ森のあちこちを探索するも、魔獣達が何度も襲いかかってきた。
魔境にいるという精神的疲労と、移動と戦闘での物理的な疲労が目に見えてきた頃、やっと怪しい場所を発見した。
そこは開けており、元々は魔獣達の水呑場だっただろう湖があった。
だが、湖の底から怪しい光を放っていた。
「なんだこれ……」
「これは、原因なのか?」
ついてきた国軍達が小さく言葉をこぼす。
「あ、ラージェナシュタン様!」
ブレナ殿が止めるのも無視してラジェは臆することなく、険しい顔つきで湖に近づいていく。
私はその後をついてきて、何が起こっても対応できるように剣の柄に手を添える。
「古い形式の魔方陣だな」
「効果のほどはわかりますか?生憎、私は魔法に関してはからきしなのでわからず…」
「いや、わからない。古いものは総じてごちゃついているから判別がつけにくい……」
あぁ、結構よく聞く話だ。
遺跡の奥深くや、古い魔導書などに旧式の魔方陣が発見されることがあるのだが、それを見つける度に学者達は頭を抱える。
今のように簡略化されているわけではないので色々と書かないといけないし、そのせいで複雑になって今だ効果がわからない旧式の魔方陣も存在する。
「……これ、危ない」
「なんか、ぞわつく。チュ~……」
獣人や人魚の血が入ってるネジュとカンネが反応したところを見るに、辺りの可能性が高いな。
「原因だと思うか?」
「私は魔法はからきしですので……」
この場でラジェ以外に一番魔法に詳しい人物と言えばは、治癒魔法を扱うミネルバだ。
「ミネルバ」
「は、はい!えっと、こ、これがなんの魔法かはわかりませんが、様々な種類の魔獣達がやってくる水呑場がここなのだとしたら、水を媒介として簡単に魔法をかけられるでしょう」
「人魚や獣人の勘も、無下にできません」
「ネジュとカンネか。確かに、人よりは察知できるものは多いからな」
一見、綺麗な水があると思っても、そこに透明な毒が混じっていたら気がつかない者の方が多いだろう。
「えっと、戦い続きでしたし休憩しますか?」
「賛成ですな。馬を一旦休めたい」
「なら、俺が……見張り、する……」
そこから水に直接触れないように、水を持ってきた採取用の瓶の中に入れ、一時休憩となった。
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