第10話 最古の魔王…その名はガルベシア
アリアたちが課外授業の二日目を迎えている頃、その裏で起こっていた出来事です。
「ただいまー」
そう言って家に入ってきたのは、レクリエーション中にグスタフたちと戦った糸目の剣士でした。その男は髪を解き、高めのポニーテールに結び直します。
玄関ホールを抜けると、広々としたリビングダイニングキッチンが広がっています。中心にある大きなテーブルには、ボロボロの黒い鎧を身にまとった男が上座に座っています。その男は糸目の剣士が入ってくるのを見て、穏やかな声で声を掛けます。
「おかえり、クレオメトラ。調査ご苦労だったな」
「ただいま、父さん。聞いてよ! 学校で面白いことがあったんだ!」
「後でゆっくり聞こう。まずはお母さんに挨拶をしておいで」と、落ち着いた声で返す。
「分かりました」
クレオメトラは仏壇の前に座り、お鈴を鳴らしました。飾られている写真に写るのは、優しい笑顔を浮かべた青髪のツインテールの女性でした。
「ただいま、母さん。顔を出せなくてごめんね。今度、母さんの好きだったカスミソウの花を買ってくるね」
そう言い終わると、クレオメトラは二人分のお茶を注ぎ、先ほどの父親の元へと戻りました。笑みを浮かべたまま、彼にお茶を差し出し、椅子を引いて下座に座ります。
そして、黒い鎧の男が口を開きます。
「潜入調査はどうだった?」
「父さんの言った通り、人間でも魔族でもない異形の者が数名紛れ込んでいました。潜入して生徒名簿を改竄するのも簡単にできましたし。あれが古封異人ってやつですか?」
「ワシの見解が正しければ、そうだろう。奴らは古の魔道具を集めているらしい。我々魔族は、奴らよりも先にそれらを手に入れなければならん」
「邪神様の封印を解くためですか?」
「その通りだ。本来はサファイアスの役目だったが、今回の調査は魔族と人間のハーフであるお前にしか頼めなかった」
クレオメトラは首を縦に振り、言います。
「確かに、普通の魔族とは違って、僕は半分人間だから怪しまれにくい。実際、僕が魔族だと気づいた者はいないと思う。こうして父さんのお役に立てるなら嬉しいよ」
「うむ。これからも学園での潜入調査を続けてくれ。古封異人や人間たちに動きがあれば、すぐに知らせよ」
「はい、お任せを。ところで、最近サファイアス様を見かけませんが、お元気にしておられますか?」
息子の言葉に、彼はしばらく沈黙の時間が流れます。
「父さん、どうしたの?」クレオメトラが問いかけると、父親は言いにくそうに息を呑んでから口を開きました。
「落ち着いて聞いてくれ。魔王、蒼琿のサファイアスは……新たな魔王に殺された」
クレオメトラは「え?」と呟き、持っていたコップを手から滑り落としてしまいました。
コップは床に落ち、砕けます。
「ワシも長年、魔王として邪神様に仕えてきた者がいなくなるのは寂しい。しかし、我々魔族の掟では、敗北した者は魔王の座を剥奪される。そして勝者が新たな魔王となる。我々魔族にとって、強い者こそが正義だ」
「サ、サファイアス様が……」
「お前は魔族でありながら、人間でもある。その心が痛むのだろう。しかし、魔族として生きると決めた以上、それを乗り越えなければならない」
「そうですね、父さん。小さかった頃、サファイアス様は僕を鍛え、面倒も見てくれました。残念な気持ちはあるけど、魔族だから仕方ないよね」
クレオメトラは唇を噛み締め、そう言い切りました。
その目は、何かを狙う獣のような鋭さを帯びていました。
「そうだ。悲しみを乗り越えた先に、本当の強さがある。お前には才能がある。もっと高みを目指し、ワシを超えてみせよ」
「そんな……父さんを超えるなんて無理だよ。生きてる年数が違うんだもん」
「確かに、長生きする魔族は強い。それは正しい。しかし、サファイアスを倒した者は、まだ十歳程度だ。お前より一回り歳下の子供だ。それほど、今の魔族は強くなっている」
「十歳!? そんなの、赤ちゃん同然じゃないか!」
その言葉に、クレオメトラは驚きを隠せなませんでした。
それも無理もありません。魔族は年数を重ねるごとに魔力量が増し、能力も強化されていきます。魔族はおよそ百歳で人間でいう成人を迎えることになるのです。
一方で、人間は三歳から二十歳の間に魔力や能力の開花を終え、歳を重ねるごとに魔力量が減少していきます。
「クレオメトラ、最後に言っておきたいことがある」
「なんですか?」
ガルベシアは少し言葉を溜めてから、ゆっくりと語り始めました。
「秋頃に魔王会議がある。その時、ワシはお前を新たな魔王候補として立てたいと思っている。ワシは歳を取りすぎた。だから、魔王の椅子を降り、若い者に任せるつもりだ」
「僕が新たな魔王に……? 父さんはどうなるんですか?」
「ワシが魔王を辞めたところで何も変わらん。クレオメトラの父親であり、ルネ……お前の母さんの夫であることに変わりはない。お前はまだ魔王になるには力不足かもしれんが、ワシが魔王にふさわしい存在に鍛え上げる。どうだ? やってみるか?」
クレオメトラはその言葉に感極まり、「母さん……」と涙を一滴こぼしました。
そして、クレオメトラはその場で立ち上がり、強い意志を込めて言いました。
「はい、喜んでお受けいたします。どうかご指導、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げました。
ガルベシアは満足そうに微笑み、少し弾んだ声で言います。
「そうか、受けてくれるか。ワシは信じていたぞ」
―そして次の日の朝―
クレオメトラは学園に向かうため、家を出ようとしたとき、ガルベシアが声をかけました。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫だよ、父さん。昨日ちゃんと確認したから」
「そうか。次はいつ頃帰ってこれるんだ?」
「一週間後に実力考査があるんです。それが終わったら、数日で夏季休暇になります。だから、十日後あたりになると思います」
「分かった。ワシもその頃に戻ってくるとしよう」
「行ってきます!」
クレオメトラは元気よくそう言って家を後にした。その表情には、覚悟が宿っていました。
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